五月十一日――――昼食
「圭兎君、今日はありがとう」
「へっ? あぁ……ほう」
家も近くなって来た所で、稟香が急に立ち止まってそんな事を言って来た。ありがとうって……どれに対してのありがとうだ?空港まで自転車で走った事だろうか……。
適当な返事になってしまったけど……。
「これからも……仲良くして、ね」
「もちろん」
ずっと強く握られていた手が、更に強く握られた。そこから伝わって来る稟香の温もりに、心までもが温かくなる。彼女には、不思議にもそんな力がある気がする。
一緒に居ると安心する。ずっと一緒に居たいと思わせる。そんな力がある。
「あ……お昼、どこかで食べようか?」
慣れないため口に四苦八苦しながらも何とか切り出す。
「でも……お金持って来てないですよ」
良いなぁ稟香は。たまに敬語も使えるし。
「俺持って来てるから……どっか入ろうか……」
今から家帰って作る気力も無いし……。何かまだ外で一緒に居たい気分だし……。
それにしても、タメ口って難しいんだな。今まで同級生と話す時はそんな事全然気にしてなかったけど、いざ意識してみるとどうにも不自然だ。
「それじゃあ……あそこのカフェにでも」
そう言って彼女が指差したのは、学校でも有名になっている洒落たカフェだった。
「いらっしゃいませ~」
店員さんの優しい声が耳を突く。それと同時に店内の甘い匂いが鼻を突いた。……なるほど、これは女子に人気な訳だ。
「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください~」
何だこのゆるふわな人。ゆるゆるだな。しかも何気に可愛いし。
「……はぁ」
「り、稟香? どうし――」
「――ああいう子が好みなの? ジーッと見つめちゃって……」
うぐっ……。そんな事を真顔で、若干のジト目入りで言われてしまった。……これは、嫉妬なのか?
「いや……そういう訳じゃ……」
「ふんっ……私、サラダで」
「へ? あぁ……じゃあ呼ぶよ?」
「どーぞ」
な、何でこんなに拗ねてるんだ……!?
ピンポーンッ。
「は~い、お待たせいたしました~ご注文お決まりですか~?」
「サラダとココア一つで」
「は~い。ご注文繰り返させていただきます。サラダとココア一つで宜しいでしょうか~?」
「はい」
何か……最初は可愛いと思ったけどこの話し方むかついて来た。
「……やっとイヤラシイ視線向けるのやめたわね」
「俺……そんなにイヤラシイ視線してた?」
「ええ。妊娠しそうでした」
する訳ねぇだろ! 何だこのよくありそうなノリは……。
「お待たせしました~サラダとココアです~」
流石にサラダとココアだけなら早いな。
運ばれて来たココアを一口飲んで息を吐く。……自転車の漕ぎ過ぎで喉が渇いて仕方なかったんだよな……。生き返った……。
シャリシャリ……。
そして目の前では稟香がレタスを草食動物の様に食べている。これは……可愛い。素直に可愛い。
「何見てるんですか……」
すると、再びジト目で睨まれてしまった。
「いや……可愛いなって」
その仕草に、ちょっとだけからかってみたくなった。普段、彼女は褒められたり感謝されるのが苦手なタイプだから、こういう言葉には弱い。
「ふんっ……そんな事言ってもミニトマトはあげません」
……うん? 要らないなぁ!
「要らないよ……」
何だか自分の攻撃が不発で沈んでしまう。……というか、この人鈍いのかあ? こんなに鈍い人は初めて見たな。
「ねぇ圭兎君」
「どうしたの?」
「ココア、一口ちょうだい」
「はっあぁ?」
俺が悲鳴をあげるのをお構い無しに、彼女は俺のココアを強奪して一口飲んだ。
「あっちょっ!」
「ご馳走様」
そのペロリと唇を舐めるのは……反則だ。




