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五月十一日――――歩道

 帰り道は、自転車を押して帰った。何となく、乗って帰る気分じゃなかったし、何よりこんな状態の稟香さんを後部座席に乗せて帰るのが怖かった。


「っ……っ……」


 こうしている今も尚、彼女は隣ですすり泣いている。


「……どうして……っ……」


 これで稟香さんは一人になってしまった……周りには今、血の繋がった家族が一人も居ない。稟香さんの周りには飽くまでも『他人』から成った家族しかいないのだ。でも、唯一の救われた点は仲の良い姉弟になれた事。


 ――そう。俺と同じだ。


 俺も今、血の繋がった家族は誰もいない。父さんはどっか行ったし、母さんは死んだ。俺は一人っ子だから、もう本当に誰もいないんだ。


「稟香さん、大丈夫ですよ。俺達が居ますから」


 だからこそ分かり合える。こういう時の共感出来る気持ちっていうのは無きにしも非ずだ。


「……じゃあ……っじゃあ私と付き合ってくれるんですか? ……私は本当に好きなんです」


 俺はこの一ヶ月で幾度かこの言葉を言われた。その相手は――姉。

 だが姉とは言えども、義姉。血なんて一滴も繋がっていない、元は赤の他人であった人だ。俺の母さんが橋﨑玄一さんと再婚した先で出会った人達。

 凄く優しくて、温かくて、俺の大好きな人達。でも俺の言う大好きっていうのは、家族としての好きだった。

 それが今では揺らいでいる。こうしてアピールされる事によって、揺らいでいるのだ。初めは本当に家族としてだけの気持ちだったのに……それなのに、今こうして『恋愛』の意味を持って好きだと言われると、自分の気持ちが分からなくなってしまう。

 この『好き』は……何だろうか。


「それは……」


 だから――俺は自分の気持ちが分からないから、いつもお茶を濁す形で逃げている。もちろんそれに、この姉達は気付いているだろ――


 Prrrrrr、Prrrrrr♪


 ――俺の心の叫びを遮って、稟香さんの携帯電話が鳴り響いた。……きっと朝バタバタしていたからマナーモードにするのを忘れていたのだろう。まぁ……とにかく助かった……。


「……知らない番号だわ」


 稟香さんが眉間に皺を寄せてそう言うので、俺も少しだけ覗いてみた。……何かの勧誘だろうか?


「……はい。どなたですか?」


 俺がいぶかしんでいる間にも、稟香さんは通話ボタンを押して電話を取ってしまった。


『稟香』


「「はっ……?」」


 スピーカーから漏れ聞こえた声に、俺と稟香さんの声がピッタリ重なった。今の声は……稟香さんの母親?


「お、お母さん……? どうしてっ……今、機内に居るはずじゃ……」


 俺と同様にパニックに陥っている稟香さんがうろたえながら言葉を紡ぐ。


『さっきの雨で時間がずれたのよ』


 聞こえて来る声を聞き逃さない様に細心の注意を払う。……って――ふざけるな……。

 強引に稟香さんの手から携帯電話を奪い取り、耳に当てて叫ぶ。


「ふざけんな! アンタ、一体どれだけ稟香さんを振り回せば――」


『圭兎君? ……圭兎君なの?』


 俺の不満の声を遮って、稟香さんの母親は俺の名前を呼んだ。


「……そうですけど」



『……ごめんなさいね』



「……は?」


 待て。待て待て待て待て。何でこの人が謝る? この人が俺に謝る事なんて……無いだろ。謝るなら、稟香さんにだろ……!


『稟香をあなた達に任せちゃって、ごめんなさいね』


「何言って――」


『――それから、ありがとうございます』


「っ――」


 この人のこんなに温かい声は、初めて聞いた。……いや、そもそも声を初めて聞いたのは昨日だけど、昨日今日の中では初めてだ。


『稟香の事、支えてくれてありがとう』


「……どうして今更……」


『……私はね、あの子と同じで自分の気持ちを伝えるのが下手なのよ』


 そして、稟香さんの母親の懺悔が始まった。


『あの子の事が大好きな程、冷たく当たって傷付けて……本当に馬鹿で最低な親だわ……私は』


 心なしか、声が潤んでいる。きっと自分の今までの行動が許せなかったんだろう。


『でもね圭兎君……こんな私が言っても説得力なんてまるで無いけれど……私はね、あの子の事を誰よりも大切に思っているのよ』


「……でも、アンタは愛情の裏返しのつもりでも、稟香さんはそれを全部真に受けたんだ。稟香さんだって人間だっ、傷付く事だってあるんだ!」


『ええ……だから、罪滅ぼしにはならないけれど……稟香に代わってもらえるかしら? 私の本当に気持ちを、あの子に伝えたいの』


「……分かりました」


 渋々、稟香さんに携帯電話を渡した。今は……今だけは稟香さんの母親を信じよう。


『稟香……』


 スピーカーからの小さな音をしっかりと拾う。


「……はい」


『私はね――』



『――あなたの事を誰よりも愛しているわ』



「っ……!!!」


 今まで冷たく当たって来た母親からのいきなりの愛情表現に、稟香さんは目を丸くし、空いている手でで口を覆った。理不尽で倣岸不遜で傍若無人な態度を取られても、冷たく突き放されても、それでも彼女は――、



 ――泣いていた。



 嬉しくて、泣いていた。


「お母……さんっ!」


『本当にごめんなさい。あなたに優しくしようと思えば思う程、何でかは分からないけど……冷たく当たっちゃうのよ……。でもね……本当にあなたの事を愛しているわ。都合の良い事ばかり言ってごめんなさい』


「……ううん……。嬉しいよ……お母さん」


『本当にごめんなさい。……それと、圭兎君の事、大切にしなさいね。圭兎君は、あなたにとってとても大事な人だわ。

 ……ちょっと圭兎君に代わってくれるかしら?』


「うん」


 そう返事をして、稟香さんは俺に携帯電話を手渡して来る。


『圭兎君、お願いがあるの』


「お願い……ですか?」


『稟香を――』


 そして稟香さんの母親は、母親らしい事を切実に願った。俺に、頼んだ。俺を、頼った。


『――――――――』


「俺が……?」


『ええ。……宜しくお願い出来るかしら?』


 俺が……稟香さんを……。



「分かりました。俺が稟香を――」




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