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五月十日――――夜~リビング~

「「「「答えてっ!!!」」」」


 もう……ホンマモンの修羅場だ。これを回避する方法は無いのか……? ……いや、有るじゃないか。俺の得意技が。


「と、とりあえず中入りましょう?」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 …………………………。

 何だろう。余計に気まずくなった。

 リビングに入って来たは良いものの、誰も口を開こうとしない。明日香さんは本を読んでいるし稟香さんは足を組んでソファに座って、こちらをにらんでいる……気がする。咲紀さんは何をするでもなくキッチンの椅子に座っていて、千春はソファで雑誌を読んでいる。

 そして俺は、所在無さ気に扉付近に呆然と立っている。


「…………………………」


 本当に、誰も何も言わない。それどころか、全くと言って良い程に動きが無い。強いて言うならば飛鳥さんと千春の、本のページを捲る音くらいだ。


「えーっと……皆さん? お風呂入ります?」


「「「「……(コクリ)」」」」


 よしっ。これでひとまずの避難経路が確保された。


 ピッピピッ。


 風呂に設置されている機械を操作して、シャワーからお湯を出す。バスタブをゴシゴシと磨いて行く。こうして汚れているものが綺麗になるのって、嫌いじゃない。

 ゴシッゴシッ。

 そしてついでに風呂の壁も磨く。少しでも長い時間ここに居たい。


「圭兎君」


 ――が、その途中に背中から声がかかる。


「稟香……さん」


 泡だらけの状態なので、顔だけ振り向くとそこには複雑な表情を浮かべた稟香さんが立っていた。

 もう家着に着替えた彼女の服装は半袖にパーカーを羽織っていて、ショートパンツというラフな格好だった。


「さっきはごめんなさい。ついカッとなってしまって……」


「い、いえ。俺にも問題はありましたし」


 実際、俺にしか問題が無かった気がする。だがまぁ、それはとりあえず置いておこう。


「私は別に圭兎く――」


 ――Prrrrr♪Prrrrr♪


 突如、稟香さんの携帯電話が鳴り響く。……何て言おうとしたんだろうか……。どうしよう、暴言だったら。


「……もしもし」


 明らかに不機嫌オーラ全開で、稟香さんが携帯電話を耳に当てる。誰からだろうか……そう思いながらも風呂の壁を磨く。うん、こうして見ると結構綺麗なんだな。

 ……まぁ、俺が頻繁に磨いてるからなんだけど。


「お、お母……さん」


 『お母さん』という言葉を聞いた瞬間、ビタッと動きが止まった。稟香さんの『お母さん』……玄一さんと結婚し、離婚して稟香さんをこの家に置いて行った、『お母さん』という存在。


「へ? ……外国にって……いつ……明日……? ちょっと待ってよお母――」


 ブチッ。という通話が切れる音が、こんなにも残酷だとは思っていなかった。話の途中で――しかも久し振りに声を聞く我が娘との電話を、一方的に切った、稟香さんの『お母さん』。

 ゴトンッと、稟香さんが携帯電話を取り落とす。


「り、稟香さん?」


「お母さんが……外国にっ……」


 そう言って彼女は――走り出した。


「ちょっ! 稟香さん!」


 慌てて後を追いかける。幸い、泡は全て洗い流しておいた。


 ガチャガチャ……ガチャンッ!


 リビングを走り抜け、玄関の扉の鍵を開け、外に飛び出している。


「稟香さん!」


 必死にその背中を追いかけて追いかけて――捕まえた。

 彼女の右手首をガッチリと掴んだ。


「稟香さ――」


「――離してッ! お母さんが行っちゃうから……!」


 その手を、彼女は振り解こうとしている。――が、離す訳にはいかない。


「落ち着いて下さい! お母さん、明日出発するって言ってたんでしょう! まだ大じょ――――

「また……! また置いてかれたらどうするんですか!」


 くっ……。

 置いて行かれる。その感覚に関しては、俺と稟香さんは痛みを共有出来る関係にある。お互いに、置いて行かれた。

 でも――!


「稟香さんっ!!! 今から行ってどうするんですか! あの人は……あなたの『お母さん』はあなたに住所を教えてくれた事が、ありますか!? ケータイの電話番号だって、教えてくれましたか!? いつも非通知にして向こうからかけて来て、一方的に切って、それの繰り返しでしょうがっ!」


 そうだ――稟香さんと『お母さん』は連絡手段が無い。厳密には、稟香さんから向こうに連絡など出来ない。

 携帯電話の番号は教えてもらえていないし、住所だってそうだ。手紙なんて、来た事も無い。


「でも……お母さんが……!」


 それでも、彼女にとってはたった一人の『お母さん』なんだ。



「大丈夫。俺に任せて下さい」



 策が……無い訳ではない。明日、学校を休んで自転車ぶっ飛ばせば間に合う――せめて顔を合わせるくらいの事は出来るだろう。


「圭兎君……」


 俺の言葉を聞いて、彼女は抵抗の力を無くした。その代わりに涙をポロポロと零して――、



「お願いします……」



 ――とだけ呟いた。


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