五月十日――――夜
「ほら、帰ろう?」
そう言って差し出された咲紀さんの右手を、今度は何の迷いも無く握った。元より意味が分からなかった訳では無いのだ。
「ふふっ……ありがとう」
でも、咲紀さんは何でお礼を言うんだろう? これは今に始まった事では無いにしろ、咲紀さんはよく分からないタイミングでお礼を言う事が多々ある。それをいつも不思議に思ってたっけな。
俺の隣で上機嫌そうに歩く咲紀さんを横目で見て、思う。
こんなに可愛いんだから告白くらいはされた事……あるよな? 一回でも付き合ってみようとか、思わなかったのかな。
これは橋﨑家四姉妹全員に該当する事だ。四人なら一ヶ月に五回ペースで告白されてもおかしくは無いだろう。だが、彼氏が居るという様な話は聞いた事が無い。……とは言っても飛鳥さんや千春とは別校だけど。
「どうしたの、圭君?」
俺の視線に気付いたのか、顔を覗き込んで来る。くっ……本当に、どんな表情しても崩れないよな。
「何でも無いですよ」
何でも無い。俺が一番好きな言葉だ。何故かって? 誤魔化したい時に最適だから。
「そう?」
咲紀さんは若干いぶかしんでは居たものの、すぐにいつも通りの優しい表情に戻った。はぁ……落ち着く。
夜道を手を繋ぎながら歩く。こうしているとまるで恋人同士みたいだ。……咲紀さんと付き合ったらきっとこんな日がずっと続くんだろうな。
「ん? 圭兎と咲紀じゃないか」
――そう思って和んでいた俺の耳に、とある女性の声が。
「「あ、飛鳥さん(ちゃん)?」」
右手に買い物袋を持った、ラフな格好の飛鳥さんだった。
「どうしたんですか?こんな夜遅くに」
「ん、ちょっと買い物――む……」
言葉の途中で、飛鳥さんが何かに気付く。向けられた視線を辿って行くとそこには――、
――しっかりと握られた俺と咲紀さんの手。
…………………………。
しばし睨み合う飛鳥さん&咲紀さん。その表情が――怖い。
「ほう……」
すると飛鳥さんは訳知り顔で左手に持っていた買い物袋をわざわざ右手に持ち直した。
「に、荷物重たいなら持ちましょうか?」
何となく、先の展開が読めて来て咄嗟に口を開く。
「いや、良いんだ。……それより圭兎、アタシの左手が留守なんだが」
…………………………ですよねぇ。そうなりますよねぇ。
ぎゅっと手が握られる感触。言うまでも無く、飛鳥さんが俺の手を握って来たのだ。
…………コレ、何て修羅場。
「良いなぁ圭兎。両手に華じゃないか」
「羨ましいね圭君。可愛い女の子二人に挟まれて」
二人共、それ自分で言いますか。……って、そんな事言ってもこの二人は聞いてくれないだろうけど。
「なぁ圭兎、寒くないか? 何ならもっとこっちに寄っても良いんだぞ?」
「ねぇ圭君、今夜は冷えるらしいから一緒に寝る?」
何で……どうしてそんな会話になるんだ……!
バチバチと、俺を挟んで火花が散る。
「圭兎!」「圭君!」
「「どっちっ?」」
どっちか選んだら殺されそうな勢いなんで、黙秘権を行使します……。




