五月九日――――朝
咲紀さんとの遊園地デートの翌週。
歩き疲れた足でリビングまで降りると、そこにはソファで足を組んで座っている千春の姿が在った。
「おはようございます」
何やら、雑誌らしきものを読んでいる。
「おはよ。……ねぇ、アンタ今日暇?」
洗面台にまでよく通る声で千春が訊いて来る。俺は適当に「暇ですよー」とだけ答えて顔を洗い始める。
バシャッと顔に水をかけると、それが朝の眠気には効果抜群で、心地好かった。
「じゃーさ、ちょっと本買うの付き合ってよ」
バシャッ。「良いですよ」と言いながらタオルで顔を拭く。自分でも分かる様に、千春との会話は結構楽だったりする。何せ同学年だからな……変に堅くなくって良いし。
「じゃー五分後出発ね」
「はぁああぁぁあぁあ!?」
これは流石に……聞き流せない。
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結局、本当にあれから五分後に出発した俺達は現在、街に在る某本屋に来ていた。一階から七階までが全部本屋で、その冊数は在庫合わせて億は行ってそうなくらい。
……ったく。何でこんなとこにまで来て本を選びたいんだ、千春は。
「えーっと……あったあった」
いや、見つけんの早過ぎだろ。
手に持っているのはさっきのと似ている雑誌。って、それくらいなら近所のコンビニにも売ってるだろうに。交通料金の方が高いんじゃないのか?
「お待たせ」
購入済みを示す袋を掲げて、千春が近寄って来る。
「……その雑誌ならコンビニに在るんじゃないですか?」
「んー、在るんじゃない?」
おい。それじゃあ街まで来た意味と俺が五分で支度した意味が無くなるだろうが。嘘でも否定せんかい。
「ほら、次次」
そう言って千春は、俺の手を取って歩き出す。
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「はい、あーん」
「いや、何がですか」
連れて来られたのは街に在った某カフェ。コーヒーだけでなく、ケーキやらパフェやらと様々な物が揃っているのが人気らしい。
そしてここまで引っ張られた俺は、呆然と千春の行動を見送っていた。
「ほら、食べないの?」
「………………」
「朝ご飯食べてないでしょ?」
誰のせいだ誰の。そもそも、支度に後五分待ってくれていれば俺は朝食をちゃんと摂っていたのに。
「ほら、あーん」
「……(パクッ)」
確かに空腹感を感じ始めていたから、突き出されたパフェを一口頂く。……ん、甘い。これは……甘過ぎじゃないか?
こんなもんを食べてるから最近の若者は血糖値が高くなるんだ。
「美味しい?」
「美味しいですよ」
こうして千春と話していると、同学年の女子と話しているみたいで思わず緊張感とかが無くなって行く。飛鳥さんや稟香さん、それに咲紀さんと話す時なんかはあれで結構緊張してるからな……俺。
「……あのさアンタ、何か緊張感無くない?あたしと居ても何か……こう……楽しくなさそう」
「そんな事無いですよ」
「じゃああたしと居て楽しいとこ三つ挙げて」
「えぇー……」
千春と居て楽しいところかぁ……。
「んー……。見ててこっちまで楽しくなる、話してると安心する、後は……話し易い」
「はぁ……アンタ、絶対あたしの事を男だとか思ってるでしょ? それも同学年くらいの」
ふぅむ……確かに話し易さで言えば同学年男子と同じくらいかもしれない。でも――、
「――いや……千春はそれくらい打ち解けられる魅力に溢れる女子ですよ」
そう言って何となく目を逸らした。こういう事を真正面から言うのって……結構恥ずかしいのな……。
「……あたしが何で街まで来たのか……こいつ分かってんの?」
「え? 何か言いました?」
「何でも無い」
千春はそう言って早々とパフェを片付け始める。何だ……この引っ掛かりは……。千春は何を言ったんだ?
「ご馳走様でした……」
ちゃんと両手を合わせて言う千春に、疑問ばかりが残った。




