五月二日――――帰り道
遊園地からの帰り道、咲紀さんはずっと黙ったままだった。話しかければ「うん」とか「そうだね」とか基本的な言葉は返してくれるけど。
コツッコツッ。
夜道に靴音だけが響く。それが案外心地好くて。
「遊園地……楽しかったですね」
「うん」
まだ日が長いはずの五月だが、十九時前ともなると流石に辺り一面が闇だった。
遊園地にいた時は繋いでいた手が、今は留守になっている。い、いや……繋ぎたいとかじゃなくってだぞ。
「圭君……」
「はい」
咲紀さんからの初めての話題。
「私が好きって言った時……どう思った?」
「……そうなんだなって」
「ふふっ……何それ」
咲紀さんが口に手を当てて微笑む。その姿があまりにも可愛くて、思わず息を呑んでしまう。
少しだけ進んだところに、あの公園が見えた。前に咲紀さんと通った、あの公園を。
『………………ねえ』
『は、はい?』
『そんなに可笑しい? 私が圭君を好きだったら……』
『えっいや……可笑しいって言うか……いきなりでビックリしてって言うか……』
『はっきりしないなぁ……』
『でも――』
『でも?』
『可笑しくはないですよ。少なくとも俺は可笑しいなんて、絶対思いません。人の好きな人を、可笑しいだなんて笑ったりは絶対にしません』
『っ――!』
『そーいうとこが好きなのよ……ばーか……』
くっ……そういえばあの時に、もう告白されていたじゃないか。それを俺は「買い物に行きましょう」と言ってはぐらかした。だが、もうこの手は通用しないだろうな。
「咲紀さん」
彼女の手を取って、振り向かせる。彼女はきょとんとした顔でこちらを見ていたが、すぐにいつもの優しい顔に戻った。
「なぁに、圭君?」
少しだけ微笑んで、俺と目を合わせる。
「いつから……好きだったんですか?」
肩を掴んで、問う。
「もちろん、三年前から」
三年前……か。俺が橋﨑家に来た、三年前……か。
「そうですか。……ありがとうございます」
掴んでいた肩から手を離して再び歩き――「もう終わり?」――出そうとしたら、咲紀さんからそんな事を言われた。
もう終わり? って……何だ?
「――っ!」
再び向き直ると、そこには目を閉じて少しだけ上を向いている咲紀さん。もう終わり? って……キスしろって事かよ!
その表情は照れも見えて、顔が少しだけ赤みを帯びていた。
「良いんですか……俺なんかで……。俺なんて何の取り得も無いし、告白なんてされてもすぐにはぐらかすし、勉強だって何回も教えてもらわないと出来ないし、運動だって失敗ばっかするし、レディーファーストなんて知らないし、優しく出来ないし、鈍感だしバカだしこれ以上ないク――」
「……んっ」
突然奪われる、唇。首に巻きつく彼女の腕。
何分にも感じられる何秒が過ぎて、彼女が離れる。
「そんなに自分を卑下しても、良い事ないよ? 圭君は自分が気付いてないだけで良いとこばっかなんだから」
悪戯っぽく微笑んで、彼女は帰路を急いだ。
真っ赤になってる俺を取り残して。




