五月二日――――遊園地
「圭君、ジェットコースター!」
何でも無い平日が流れて、楽しみにしていた土曜日がやって来る。久し振りにやって来た、遊園地。
咲紀さんに「摩周湖に行きたい」と言われて提案した「遊園地」だ。何としてでも楽しませてあげたいし、俺自身も楽しみたい。
こうして見ていると彼女はきゃっきゃっと子供に戻ったみたいにはしゃいでいる。
「来た甲斐……あったのかな」
ポツリと思った事を呟いてみる。最初は楽しんでもらえるか不安だったが。
「え? 何、圭君?」
ふわりと微笑む咲紀さん。
「いえ。ジェットコースター乗りましょうか」
こんなに可愛い人と遊園地に来ている。何て恵まれてるんだろうな、俺は。全く……高校デビューってのはこの事か?
そう思ってもおかしくは無かった。自意識過剰では無かった。
「うんっ。あんまりよそ見しちゃダメだよ?」
クスッと悪戯っぽく笑って、彼女は俺に手を差し伸べる。その手を見て最初は不思議だったが、すぐに理解する。
柔らかい感触を手で包む。
「ありがとう」
彼女はそう言って俺の手を引く。姉に引っ張られているっていう感覚が何だか新鮮だった。俺に姉が出来たのは中学一年の頃だったから、小さな頃にこうして手を引かれていたのなら、なんて考えてしまう。
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「はぁ~楽しかった~!」
遊園地の休憩所にて、テーブルに座った咲紀さんが大きく伸びをする。彼女の前に買って来たココアを置いて、
「結構色々乗りましたね」
なんて、言ってみる。今日が来るまで、全然意識なんてしてなかったのに、こうして来てみると意識せざるを得ない。その魅力が、彼女には在る。
人を惹きつける魅力が。
「圭君疲れてない? 大丈夫?」
「ははっ。心配し過ぎですよ」
買ったコーヒーを口に含んでこれからの日程を考える。
飛鳥さん達が「折角だから」と言って、十九時くらいまでは遊んで来なさいと言ってくれた。現在時刻は十八時。軽い夕食にしようという話になって休憩所兼、食堂であるこの場所まで来たのだ。
「んん~! ここのパスタ美味しいぃ~♥」
足をパタパタさせて表現する咲紀さん。な、何だこの可愛い人……。
「圭君も一口食べる?」
「あっ、じゃあ……ありがたく」
折角の好意は受け取っておこうと、フォークを伸ばす。
「あっダメ!」
だが、寸前で止められてしまった。
「えっ?」
呆然として固まってしまう。
「あ……あ~ん」
「え……ええぇえぇぇ!?」
思わず叫んでしまった。あ~んって!? あのあ~ん!? あんな恋人同士がする様な事をすんの!?
「要らないの?」
泣きそうな顔+上目遣いで俺を見上げる咲紀さん。そんな顔をされたら……断れないだろ。
仕方なしに、口を開ける。
「あ~ん」
咲紀さんがフォークに巻いたパスタを口に運んでくれる。
な……何だこの羞恥プレイはっ……。しっかりと咀嚼して、飲み込む。こ、これって世間一般で言うところの『関節キス』ってのになる……のか?
「あぁ゛あ゛ぁ~!」
「ど、どうしたの圭君!?」
いきなり机に突っ伏した俺を見て、咲紀さんが心配そうに声をあげている。
「い、いえ……何でも無いです……」
顔を上げても、目を合わせられない。
「ふふっ」
そんな俺を見て、咲紀さんが笑みを零している。な、何だ?そんなに俺の顔、赤いか?
「ソース付いてるよ?」
「えっどこですか!?」
頬に手を伸ばそうとする俺を見て、彼女が「取ってあげる」と優しく囁いて、右手人差し指で取ってくれた。
ぺろっ。
「え?」
「ん? 何?」
そしてその人差し指をぺろっと舐めた。
な……、何じゃこりゃああああああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああ!!!
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「ん~そろそろ時間かなぁ」
時刻は十八時半。帰宅にかかる時間を考慮すれば、残り十分が限界だろう。飛鳥さん達がちゃんとしたご飯を食べたのかも謎だし。
「じゃあ……最後にアレ、乗りたい」
そう言って咲紀さんが示したのは――観覧車だった。俺が飛鳥さんの誕生日を祝う為に細工した、観覧車。
「そうですね……観覧車乗りましょうか」
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「わぁ~! 凄い! 見て圭君! すっごく綺麗だよ!」
ここの遊園地の観覧車は一周するのに十分かかる事で有名だ。それだけ時間をかけて、ゆっくり回る。
「へぇ……こうして見てみると、この町も良いもんですね……」
なんて、思った事を呟いてみる。
チラッと彼女の方を見てみると、窓の外を、目を輝かせながら眺めている。その姿が儚げで、見蕩れてしまう。
残り五分。
「今日はありがとうございました」
「あっうん。……こちらこそありがとう」
丁度頂点に来たところで、咲紀さんが「あのさっ」と緊張気味に発した声。
「はい?」
「えっと……」
咲紀さんが「えっと……」と繰り返している間にも、時間が過ぎて行く。何か伝えたい事があるんだろうか?
「はーい、終了でーす」
そうこうしている間に、もう下に着いてしまった。
「あぅ……」
渋々といった感じで観覧車から出る咲紀さん。
「それじゃあ、帰りましょうか」
何を言いたかったのかは気になるところだが……まぁ、仕方ない。
「待って!」
――だが、彼女は帰ろうとはしなかった。
手をぎゅっと握って、俺の行方を阻む。
「どうしたんですか?」
「もう一回……! もう一回だけ観覧車……乗って!」
「え? でも……観覧車って十八時半が最終じゃ――」
「――お願いするから! 私が乗せてもらえる様にお願いする! だから……」
泣き出しそうになってしまう彼女を見ていると、胸が締め付けられる。
「係員さん、お願いします……もう一度だけ……乗せていただけませんか?」
涙目でおじさん係員に上目遣いを繰り出す咲紀さん。
「どうぞ後何回でも!」
……それは、反則だろう。
「「………………」」
特別にもう一度だけ乗せてもらえる事になった、貸切の観覧車。無言の時が流れる。
「……綺麗ですね」
町を見下ろしながら呟く。立ち並ぶビルの蛍光灯が点っていて、凄く華やかだ。
「うん……」
そんな中、彼女は追い詰めた様な表情で俯いている。
「咲紀さん? 何か様子が――」
「圭君っ!!!」
再び頂点に来て、咲紀さんが大声をあげる。
「は、はい」
その勢いに圧倒されて、こちらにまで緊張が伝わって来る。何だ何だこの展開は……。
「いつもありがとう。家族の事を第一に考えてくれてて、私達の事を守ってくれて……勉強が出来て運動が出来て絵は下手だけど、何でも出来る……」
おいおい、本当に何なんだ。
「……そんな圭君が、好き」
もう、「どういう意味で」なんて訊くのは失礼に思えて来る。
「ずっと、大好きだった」
そう言って、彼女は自分と俺の唇を重ねた。
観覧車のてっぺんで、なんて……こんなロマンチックな事が出来ただなんて……俺は随分と姉を見下していた様だな。
離れて行く彼女の体温を感じて、一言呟く。
「ありがとうございます」
と。そして、彼女が「うん、こちらこそ」と言ったのを聞いて、窓の外を見る。こんなに高かったんだな……観覧車。
「いつか行きましょうね………………摩周湖」




