四月十一日――――朝~夜
火曜日の朝五時半。気持ちの良い目覚め。ベッドから出て大きく伸びをすると、丁度コンコンと部屋の扉がノックされた。
「はい?」
「圭兎、朝だぞ」
おぉっと、これは珍しい。飛鳥さんが起こしに来てくれたみたいだ。いつもなら稟香さんが俺の眠りを邪魔――いや、起こしに来てくれるのに。
「今行きまーす」
部屋着から制服に着替える。そういえばずっと気になってたけど、何でこの家の人達は皆、こんなにも早起きなんだろう。しかも俺が起きて下に行ったらもう朝食の準備がしてある。
一体何時に起きてるんだ。
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「おはようございます」
制服に着替え終え、持ち物の確認をし終え。全ての準備が整った俺は一階に降り、リビングの扉を開く。
「おはよう圭君」
「おはようございます圭兎君」
「おはよう」
咲紀さん、稟香さん、飛鳥さんが口々に挨拶を返してくれるが、その中に千春の姿は――無かった。
「あれ? 千春は?」
昨日もこんな会話をしたのを覚えている。本当に最近、千春の姿を見かけない。
「練習だ」
飛鳥さんが答えてくれるが……練習? 練習ってバスケの? こんな朝早くから?
「練習って……まだ五時半ですよ?」
「自主練習だって言って……一時間くらい戻って来てないの」
咲紀さんが心配そうに呟く。やっぱり自分の妹が一時間も帰って来ていないんだ。心配にもなるだろう。
それにしても、最近の千春の行動はどうだろうか。試合があるから頑張っているのは良い。次の試合は自分の将来がかかっているから必死になって頑張っているのは良い。むしろ微笑ましいくらいだ。
だが、それで家族に心配をかけるのは――どうだ。
帰りは十九時を過ぎるし、朝は自主練だと言って四時半から家を出ている。最近ソウイウ噂は聞かないけど、心配になる咲紀さんの気持ちは十分に分かっているはずだ。
「そうですか……」
千春のそんな行動に、俺は不満を隠せなかった。
咲紀さんに心配をかけている彼女の行動に、不満を抱いた。
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「行って来まーす」
時刻は六時三十分。千春が玄関でそう言って家を出て行く。
あれから千春は三十分くらいして帰って来た。そして口に押し込める様にして朝食を摂った後、すぐに部屋に引っ込み制服に着替えて身支度を整え、学校に向かった。
何でも、朝練があるらしい。
「千春……大丈夫かなぁ」
玄関まで見送りに行った咲紀さんがリビングに戻って来るなり、開口一番にそう言った。その表情は曇っている。
朝練があるなら、自主練なんてしなければ良いのに。……と、どうしてもそう思ってしまう。
咲紀さんの暗い表情を見ていると、どうしてもそう思ってしまう。
「大丈夫ですよ、きっと。千春だって自分の体が使えなくなるくらいの事はしないでしょうし」
あの時みたいに。
「だと良いんだけど……」
それでも、俺の気休めの言葉なんかで、咲紀さんの不安は取り除けない。
「ほら、それより……俺達も学校行く準備、しておきましょう?」
「うん。……ありがとう」
咲紀さんが、ふわっと優しく微笑む。この笑顔だけで四ヵ国くらい救えそうなもんだが……。
本当に、この笑顔に免じて、千春には無理をしないでもらいたい。
皆の表情が曇ったまま、今日は登校した。
咲紀さんの表情が曇ったまま、今日は下校した。
今日の千春の帰りは、十九時半だった。




