四月十日――――夕方
「ただいま帰りましたー」
二日振りに家に帰って来ただけで懐かしさを覚える。俺は相当この家が……この家の人達から離れるのが嫌らしい。
「圭君おかえりっ」
一番に出迎えてくれたのは、咲紀さんだった。優しそうな雰囲気はいつものそれで、見ていて安心する。
「おかえりなさい、圭兎君」
次に顔を見せてくれたのは稟香さん。……この人を見るとキスの事とか……色々思い出すからあまり目を合わせたくない。
とは言っても、稟香さんは全然気にしてないみたいだけど。
「あれ? 千春は?」
いつまで経っても出迎えに来てくれない千春が気になって二人に訊いてみた。俺の為に出迎えてくれるとは思わないけど……飛鳥さんが帰って来たから出て来るとおもったのに。
「千春さんなら部活ですよ」
「部活? こんな時間までですか?」
稟香さんがそう教えてくれるが……。
今日は月曜日で、いつもよりも部活が終わる時間は早いはずだ。実際に、いつもは十七時には帰って来ているのに、現在時刻は十八時半。もう一時間半も帰りが遅い。
「それがね、近い内に大会があるらしくて……今日は短縮四時間のはずなのに、まだ帰って来てないの」
咲紀さんが心配そうな顔で教えてくれる。短縮四時間でまだ帰って来てないって……十二時半に授業が終わったとして……六時間も動き回ってるのか!?
「大会って……いつもはそこまで練習しませんよね?」
いつもはここまで気合いの入った練習はしない。しても三時間するかしないかくらいだ。
「千春さんの将来がかかった……大切な試合なんですって……」
今度は稟香さんまで心配そうな顔をして呟く。
「っ……!」
千春は……バスケ部のエースだ。活躍によっては将来もバスケが出来るかもしれない。まだ一年生になって何日も経っていないのに大会があって、しかもこの注目度。
そういえば、先週辺りから部活……多いよな。帰って来る時間も日に日に遅くなってるみたいだし。
「……じゃあ、みんなで千春の帰りを待つとしましょうか」
暗くなった雰囲気を少しでもと、明るくする様に笑顔で言った。実際、俺達には待つ事くらいしか出来ないんだ。
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二日振りの自室はちょっとだけ――――荒らされた形跡があった。
「はぁぁ!?」
明らかに机の中がかき混ぜられている。だ、誰だ……!
コンコン。
「どうぞー」
机の中の物を整理し直しながらノックに答える。くそぉっ……引き出しごと入れ替えたなっ!
「圭兎君」
ガチャリという音の後に、控えめな稟香さんの声が聞こえて来る。何だこんな時に。
「実は……」
ゆっくりと言葉を発する彼女は、どこか秘密を隠しているかの様にも見えた。……何か悩みでも有るのかな?
「どうしたんですか?」
一旦引き出しの中に突っ込んでいた手を引っ込めて、稟香さんに向き直る。彼女は目を伏せ、俯いて苦しそうな顔を浮かべていた。
「り、稟香さん?」
そんな彼女の表情につられて、俺も不安になってしまう。何でこんなに悲しそうな顔を……。
「実は……」
「は、はい」
息を呑む。これからどんな事を言われても良い様に、出来るだけ驚かない様にしよう。その方が、きっと稟香さんも安心するだろうから。
「………………机の中の物の位置が分からなかったんです」
「アンタかぁぁ!!!」
何なんだ今までのあの表情は!
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結局、今日の千春の帰りは十九時を回った時だった。




