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四月八日――――夕方~病院~

「いってて……」


 頭痛とは違う頭の痛みに目を覚ますと、そこには知らない天井が広がっていた。……確かあの後、男に頭を殴られて……駄目だ、そっからの記憶が全然無い。


「圭兎……君……?」


 次に目に入ったのが、泣き崩れて目が真っ赤になった――、


「稟香……さん」


 ――姉の顔。

 上体をゆっくりと起こして辺りを見回すと、俺が寝ているベッドの空間がカーテンで仕切られていた。……ここは病院か?


「圭兎君っ!」


 呆然としている俺の首に手を回し、稟香さんが勢いよく飛びついて来た。


「へ?」


 いきなりの事で、間抜けな声を出してしまった。え? 待て、何で俺は今病院にいるんだ?

 思い出せ橋﨑圭兎。…………………………………………!

 そうか……! 父さんの借金の取り立て人に稟香さんが捕まって、助けるのに必死だった俺は殴られて気絶。それで病院にいるって訳か。

 え?じゃあ――、


「稟香さん、怪我は!?」


 ――稟香さんはあの後、どうしたんだ。俺が気絶して、それからあの野郎共に変な事はされていないか?


「私は大丈夫です。……っでも、圭兎君が……!」


 抱き締める力が強まるのが分かった。震えた体が、精一杯とでも言う様にして、俺を抱き締める。


「俺は――」


 そんな彼女に、今かけてあげられる言葉は何か。



「――大丈夫ですよ」



 結局、いつもと同じ言葉。唯一俺が姉に気持ちを伝えられる、俺の言葉。



「っ……ばかぁ……!」



 唯一姉が俺の気持ちを汲み取ってくれる、魔法の言葉。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「落ち着きましたか?」


 泣き出してしまった稟香さんの背中をさすり始めて数分経った。泣くがすすり泣くくらいに納まったので、静かに声をかけてみる。


「っ……」


 稟香さんは、黙って頷く。まだ泣いている様だけど。

 離れる体温に少し寂しさを覚えながら、稟香さんが完全に離れるのを待った。俺には、伝えなければいけない事がある。


「稟香さん」


「……はい」


 泣き顔を見られたくないのか、俯いている稟香さんに向き直って、全力で頭を下げた。



「本っ当にごめんなさい! 俺の父さんの所為せいで、怖い目に合わせてっ!」



 父さんの借金の所為で、稟香さんに怖い思いをさせた。

 父さんの借金の所為で、橋﨑家は危険な目に合うかもしれない。

 父さんの借金の所為で、俺は怪我をした。

 父さんの所為で。


「だから――」



 父さんの所為で、



「――もう、俺とは距離を置いた方が……良いと思います」



 俺は四姉妹と距離を置かなければいけないかもしれない。



 父さんの所為で。



「な……何でですか?」


「だって、俺と一緒にいたら……また同じ事を繰り返すかもしれないんですよ……また稟香さんが怖い思いをするかもしれない……今度こそ怪我をさせるかもしれないんですよ?」


「………………」


「俺は、そんな事を望んでない……」


 はっきりと告げる。



「……大切な人を傷付けるなんて、俺は望んでないんです」



 家族だから。俺達は、三年前に結ばれた、家族なんだから。家族が傷付くのは、見たくないから。


「それは……私だって同じです。圭兎君が傷付くのは見たくないです。怖い思いだってしたくないです。あんな人達に触られるくらいなら、ドブに浸かってやるってくらいに、触れられたくないです」


「じゃあ――」


「――でも!」


 叫ぶ稟香さんの目には、大粒の涙が……、



「それ以上に私はっ――!」



 ……零れ落ちた。



「私はっ――圭兎君が好きなんです!」



 つらかった。距離を置いた方が良いなんて言うのは。思ってもいない事を口にして……傷付くと分かっていたのに。自分も稟香さんも、どっちも傷付くって、分かってたのに。

 何で俺は物理的な痛みを恐れて、精神的な痛みを選んでしまったんだろう。



「圭兎君が傷付くのも、怖い思いをするのも、あんな人達に触れられるのも、全部嫌です! でも…………! でも、私は! 圭兎君と一緒に居られない自分を見るのが――」



「――一番嫌なんですっ!!!」



 ここまで感情的になる稟香さんを見た事が無かった。

 誰がここまで稟香さんを感情的にさせた……俺だ。

 誰がここまで稟香さんを傷付けた……俺だ。

 誰がここまで稟香さんを泣かせた……俺だ。

 全部、俺だ。



「だからっ……そんな事、言わないで下さい……!」



「でも――」



「言わないで!」



 今までは隠して来た、初めて見る、姉の顔。


「……はい」


 今までは見せて来た、たまに見る、女の顔。

 そのどっちもが稟香さんだけど――


「――っ」



 ――こうして、俺に普通にキスをする様になった、こっちが本当の稟香さんなのかもしれない。




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