四月八日――――夕方~公園~
『ハッハッハッ! 良い様だぜ!』
『さっさと金出せや!』
ドガッと、家中に嫌な音が響いたと思ったら、間髪容れずにガッシャァァァンという音も響く。家の中が壊されていく。
『んだぁ? これっぽっちかよ』
『すみません! 後……後二日待って下さい!』
必死に叫ぶ、父さんの声。下の階ではどんな惨劇が繰り広げられているのか、俺には分からない。
『明日だ、明日また来るからなぁ! 後一千万、用意しとけよ!』
男の一人がそう言うと、また下品な笑いが家中に響いた。そしてすぐ後にドスッという鈍い音。まるで、何か金属の様な物で人体を殴ったかの様な、鈍い音。
『はい……っ』
苦しそうな呻き声の後に、父さんははっきりとそう言った。
俺には何が起きているのか、全く検討もつかない。ただ、ただ分かる事は――、
――俺を抱き締める母さんの体が、震えていた。
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昔の事を思い出してより一層、稟香さんを助けるという気が奮い立った。あの時の母さんの様に、俺も……護らなきゃいけない人がいるんだ。
足に鞭を打って、立ち上がる。
「稟香さんを……離せっ!」
取り立て人の男に、稟香さんの腕を汚い手で掴んでいる男に立ち向かう。――が、その途中で横から跳び蹴りをされて、地面に転がされる。
「圭兎君っ!」
こちらが二人……いや、稟香さんが捕まってしまったから一人か……なのに対し、向こうは十人近い。勝てない事は目に見えている――だけど、俺は立ち上がった。
「離せよっ!」
もう一度、稟香さんの下へと走る。後二メートルで手が届く。
キィィィィ――ン。
そんな嫌な音が、鼓膜を刺激する。音のした方を見ると、取り立て人の男数名が金属バットや鉄パイプでブランコ等を軽く叩き、金属同士が奏でる音を発していた。
息を呑む。人体が金属に勝てないなんて……百も承知だ!
「稟香さんをっ……離せぇ!」
一気に地を蹴り上げ、手を伸ばす。後――三十センチ!
ガンッ!
だが、俺が伸ばした腕は、無情にも鉄パイプに弾かれた。
「ぐぁっ!」
痛い。痛い痛い痛い痛い痛い。でも、立ち上がる。
立ち上がって、稟香さんの腕を掴んだ。もう――離すもんか。
「ったく、親の借金ぐれぇ、責任持って子供が払えや!」
稟香さんを掴んだ俺の腕を、何度も鉄パイプで叩く男。一点だけを集中的に攻撃するあたり、流石は取り立て人と言ったところだ。こういう事に慣れているとしか思えない。
ガスッ!
ここに来て、ようやく俺も反撃に出る。稟香さんの腕を掴んでいた男の脛を思いっ切り蹴る。
「いってぇ!」
男が衝撃に耐え切れず、稟香さんの腕を――離した。
その隙を見て、稟香さんを力一杯に引き寄せ、抱き締める。よし、これで稟香さんへの攻撃は防げる。
「こんのクソガキがぁっ! 舐めてんじゃねぇぞ!」
俺に脛を蹴られた男が涙目で俺の背中を鉄パイプで殴る。それにあやかって、他の男達も俺の背中や腕、足を金属で殴りつける。
顔を傷つけないあたりもプロと言ったところか。
「っ……圭兎君……」
稟香さんは、震えている。
そして、ついに俺が反撃しない事に腹を立てた――
「ウゼェんだよぉぉおぉぉおお!」
――ボスと思わしき男が、鉄パイプを俺の頭目掛けて振り下ろす。
「稟香さん――」
キィィィィィ――――ン!
「――ごめん」
「圭兎君――!!!」
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『私達、別れましょう』
『ま、待ってくれ!』
『あなたがいつまでも借金を持っていると、私だけじゃなくてあの子にまで危険が及ぶのよ』
『し、しかし――』
『別れましょう――』
『――圭兎の為に』
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『お、おい……流石にヤバいんじゃねぇのか!?』
『に、逃げんぞお前ら! もう良い! コイツらの家族には関わるな!』
『おいおい! 誰だよ救急車なんて呼んだヤツぁ!』
男達の声が、頭に響く。そうか……これでもう関わらなくて済むのか。
安心して気が遠のく俺の耳に、頭に……一人の泣き声がはっきりと響く。
『圭兎君!!! 何で……何でっ……!』
ごめん稟香さん。




