四月五日――――朝食
あれから何とか飛鳥さんを叩き起こし、制服に着替え、五時半になったところでようやくリビングに下りる事が出来た。リビングに通じる扉を開け、開口一番に「おはようございます」と朝の挨拶を済ませる。礼儀礼儀。
「遅いってーの」
随分なご挨拶を返してくれたのは橋﨑千春。これまた俺の姉。……だが、実際は三ヶ月しか誕生日の違わない同い年だ。流石に『さん』付けはしないが、一応敬語は使って話している。
千春はおっとりとした雰囲気が人気を呼んでいるが、部活のバスケともなればその表情はがらりと一変し、真剣そのものとなる。中学の頃から三年間バスケ部のエースとして活躍していたらしい。
「圭君おはよう」
俺の挨拶に対してそう返してくれたのは、優しさの塊が具現化したかの様な人、咲紀さんだ。表情はいつも優しそうで、掛けて来る言葉も本当に優しく、THE・温厚だ。怒っているところを見た事が一度も無い。
部活には所属していないが、学内で知らない人はいない程の有名度だ。部活無所属な件については、追々説明しよう。
二人の挨拶を聞き終えたところで(稟香さんは特に何も反応はして来なかった)、手と顔を洗いに洗面台に向かった。朝の眠気を覚ますと、今度は何とも言えない爽快感が訪れる。
「さて、ご飯を食べましょうか」
稟香さんの声がリビングから聞こえて来る。そういえば、冷めるから早くみたいな事言ってたもんな。
軽く身だしなみを整えて再びリビングに戻る。
テーブルの上に置かれていたのは――。
――アイスココアとサラダ。
(……冷めるって言ったじゃん。……冷めないじゃん。……つーか元から冷めてるじゃん……そっか、今日の朝食当番は稟香さんか)
心の中でそう訴えながらも、朝食当番が稟香さんという事に気が付いて「じゃあ仕方無い」と開き直る。稟香さんは普段料理とかしないから、失礼だが期待は出来ない。この明らかに『時間が無かったので適当に千切っちゃったみたいなレタス』を見てもらえれば分かるだろう。
「頂きます」
五人で声を手を合わせる。この家ではこれが当然の日課だ。五人揃ってからものを頂く。何とも平和で微笑ましい。
「あぁ……そういえば」
不意に、稟香さんがアイスココアを口に含んでからそう口を開いた。普段、「食事中だから」と言う理由で全くと言って良い程に口を開かない稟香さんだ。やっぱり驚いたのか、飛鳥さんが「ど、どうした?」と面食らっている。
「私今朝、面白いモノを見ちゃったんです~」
本当にわざとらしく、両手をパンと合わせて言う稟香さん。……ま、まさか。
「朝、飛鳥さんと圭兎君がベッドの上で抱き合ってたんですー」
爆弾発言投下あああああああああああああああ!!!!! すっかり忘れて……はいないけど、忘れたかったのにぃ!「ぶーーーーーっ!」ほら! 咲紀さんなんて顔真っ赤でココア吹き出しちゃってるじゃん! こういう話には疎いって知ってるくせに!
「へぇぇ~2人ってソウイウ仲だった訳~?」
千春がこめかみをヒクヒクさせながら、引き攣った笑顔で訊いて来る。俺が目線だけで飛鳥さんに「助けて!」というSOS信号を送る。血は繋がっていないが、姉弟だから大丈夫だよな! 飛鳥さんはコクリと一つ頷いてから、
「ポッ」
ポッ……じゃねええええええええええええええええええええ!!!!!!!!! 照れろって意味で見た訳じゃねえよ! あ゛ぁー! もう嫌だ……。
俺が言葉にならずに悶えている仲、稟香さんだけは涼しい顔をしてアイスココアを口に含んでいた。