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四月六日――――深夜

「大好きです」


 そんな事を言われるのは、果たして人生で何回ある事だろうか?


「稟香さん……」


「……はい」


 俺を大好きだって言ってくれる、彼女の為にも、今の俺が出来る事は――


「俺に任せて下さい」


 ――彼女を救う事だ。

 稟香さんは俺から離れて「お願いします」と呟いた。小さいけどはっきりとしている、凛とした声。

 今泣く程傷付いている稟香さんの為に、人肌脱ごうじゃないか。いつもお世話になっているんだ、その恩返しをしようじゃないか。……いや、恩返しなんてもんじゃない、これは俺が……俺自身が望んだ事だ。


「それじゃあ、また……」


 後で、とか明日、とかは言えなかった。ここに戻って来られるなんて確信はしてなかったし。


「圭兎君……」


 部屋から出て行こうとする俺を、稟香さんが呼び止める。


「……ありがとう」


 そして、泣き声でお礼を言った。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ガチャッ。

 再びリビングに戻ると、橋﨑家の姉妹三人がそれぞれソファに座って俯いていた。


「……あの……稟香さんの事なんですけど……」


 どう切り出して良いか分からず、口ごもってしまう。


「稟香さん……泣いてました。きっと、稟香さんは……この中の誰よりも――」


 この言葉を口に出したら、嫌われるかもしれない。殴られるかもしれない。でも、それでも――稟香さんが助かるなら、別にどうでも良かった。


「――この中の誰よりも、悲しいんだと……俺は思います」


 言った途端、飛鳥さんが立ち上がって俺の胸倉を掴んだ。


「テメェ……! ふざけてるのか?」


 至近距離から飛鳥さんに睨まれるのは、想像以上に怖かった。


「アタシ達よりも、稟香の方が悲しい、だと? ぁ?」


「……はい」


「……ふざけるなよ! 何で実の子供であるアタシ達より、血の繋がってない偽の子供の稟香の方が悲し――――」


「そういう言い方はやめろ!」


 飛鳥さんの言葉を遮って、つい大声をあげてしまう。ここから先の段取りは色々と考えていたが、今の言い方には腹が立った。


「何が偽の子供だよ! そういう言い方されんのが、俺達にとっては一番嫌なんだよ! なりたくもないのに知らないヤツと姉弟になって、全然知らない環境で生活する事になって! 新しい家族と頑張ろうって思ってる俺達に、どうしてそんな言い方するんだよ!」


 俺達にとって、俺や稟香さんにとって……それは最悪だった。再婚相手の家の子が一人っ子ならそれは五分五分だっただろうが、稟香さんには三人の……本物の姉妹がいたのだから。

 そして俺には、四人の姉妹が居た。馴染めるなんて、思ってもいなかった。


「……っ」


 飛鳥さんが苦しそうに下唇を噛む。


「だとしても、何で稟香が一番悲しいんだよ」


「本当に分からないのかよ……稟香さんはこの家に、誰もいないんだぞ……血の繋がった家族が……誰もいないんだぞ……!」


「………………」


「母親が前にこの家から出て行って、自分一人ここに取り残されて……今度は父親が……この家の父親が出て行くって……いくら血が繋がってないって言っても、自分の世話をしてくれた人だから、思うところは有るんだよ。

 今度こそ、誰もいなくなった。稟香さんがこの家で頼れる人なんて……もう――誰もいないんだ」


 そう告げると、飛鳥さんは俺の胸倉から手を離した。


「…………………………そうか。それは……すまなかった」


 そして、俺の目をしっかりと見て、謝った。


「頼れる人なんていない……か」


 苦々しげに呟いて、リビングを出て行く飛鳥さん。それに続いて、咲紀さんも千春も出て行った。

 一人になったリビングで、溜め息を吐く。……全く、いつから俺はこんな柄でもない『汚れ役』になっちまったんだろうな。


「はぁ……」


 溜め息をもう一つ吐いて、ソファに腰を下ろした。これで少なからずや俺と橋﨑家姉妹の間に溝が出来ただろう。

 もしかしたら咲紀さんの手料理なんて永遠に食べられないかもな……。


 ガチャッ。


「圭君……」


 不意に、リビングの扉が開かれた。


「咲紀さん……」


「今ね、みんなで稟香ちゃんに謝って来たの……」


「っ……」


 まさか、謝るなんて思ってもいなかった。てっきり怒って自分の部屋に戻って、それで終わりかと思っていた。


「それでね、飛鳥も千春も、私も……二人に悪い事したなって、反省してる……本当にごめんなさい」


 そう言って深々と頭を下げる咲紀さん。


「あっいや……別に、謝られる様な事は……」


「ううん。私達がきちんと二人の気持ちを考えてれば、こんな事にはならなかったから……」


「でも……」


「ごめんなさい、圭兎君」


 初めて呼ばれる、咲紀さんからの『圭兎君』には、どこか――距離を感じた。


「それでね圭君。一つ、訊きたい事が有るんだけど」


「はい?」


「あのさ……圭君って、稟香ちゃんの事――」




 ――好きなの?





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