四月六日――――夜
コンコン。
ひとまず夕食のカレーはキッチンにそのまま置いておいて、俺だけ2階に上がった。
今居るのは――
――稟香さんの部屋の前。
「はい」
「俺です」
「……どうぞ」
稟香さんが部屋に入る様、促してくれる。扉を半分くらい開けて部屋の中に身を滑り込ませ、後ろ手に扉を閉める。
部屋の中を見ると、稟香さんはベッドに体育座りをして壁にもたれかかっていた。
「皆さんが……怒ってましたよ。何であんな態度取れるんだ……って」
「……そうですか」
目を伏せてそう言う稟香さんに、何だか無性に腹が立った。
「そうですかって……父親が再婚するって出てったんですよ? 何とも思わないんですか……! 父親の問題なのに、何でそうやって冷めていられ――」
「私にだって事情は有るんです!」
稟香さんと生活していて、初めて聞いた怒鳴り声。今までの鬱憤を晴らす様な、怒声。
「父親父親って……! この際言っておきますけど、あの人は……橋﨑玄一は私の父親じゃないんです! 血なんて一滴たりとも繋がっていない、赤の他人なんです!」
「――え?」
「……私の本当のお母さんが、圭兎君のお母さんと再婚する前に、あの人と再婚していたんです。それで離婚して、私はこの家に取り残されて……! 血も繋がっていない父親に知らない姉妹が三人も出来て……!」
怒りをぶつけるかの様にして次々と事実を発する。マシンガントーク、とでも言っておこうか。
「もう嫌なんですよ! 再婚だの離婚だの、大人の勝手な事情に振り回されるのは!」
グシグシ、と服の袖で涙を拭き取る稟香さんは、本当に「もう嫌だ」って顔をしていた。
呆然と立ち尽くす俺をキッと睨んで、
「あなたなら分かるでしょう? 親について行ったら人生をメチャクチャにされた、不幸な子供の気持ちが……!」
「分かりますよ……でも、だからって……少しの間くらいはお世話になったんじゃないんですか。血が繋がっていない他人でも、一応は自分の父親をしてくれたんじゃ――」
「――だから! ……だからこうなったんでしょうが!」
その一言をきっかけに、稟香さんの涙腺は防波堤の用を成さなくなった。
わんわん泣き続けて、まるで子供の様だった。
そっか。
俺と稟香さんは、同じなんだ。
親が離婚して、片親について行ったら再婚して。俺は母親が死んで。稟香さんは母親が居なくなって――
――結局残ったのは、知らない環境だけで。
「………………」
そう思うと、凄く悪い事をしたな……って、本気で思う。いくら事情を知らなかったとは言え、それだけの事をしてしまった。
「うぅ……ゎぁぁぁぁぁぁぁ……! っ……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
部屋に響き渡り泣き声が、俺の胸を締め付ける。今すぐにでも自分を殺してやりたい。
「ごめんなさい……」
震える声で、謝った。稟香さんは顔を膝にうずめているから見えていないが、出来る限り頭を下げた。
許されはしないと思ったが、それでも謝りたかった……。
「っ……っ……じゃあ……! 私を抱き締めてよ!」
初めて聞く、稟香さんの敬語意外の言葉。普段からは考えられない、駄々をこねる様な言葉。
「………………」
言われた通り、稟香さんを抱き締めた。
そして一言、「ごめんなさい」と謝った。
「ぅっ……! ぁぁぁぁぁぁぁ――!」
俺の胸に顔をうずめて、大声で泣く。泣き喚く……そんな表現がピッタリだった。
「ごめんな……さい」
こんなに近くで泣き声を聞くと、色々なものが込み上げて来た。自分に対しての怒り、稟香さんに対しての申し訳無さ――。
「本当に……ごめんなさい」
何度も何度も謝って、十分くらいそうしていただろうか……。稟香さんが俺を押し退ける様にして、身体を離した。
「……っ」
そしてすぐに伝わる、柔らかな感触。人生で二回目の……キス。
五秒が何分にも感じられる、不思議な感覚。
稟香さんは俺から離れて、またすぐに抱き付いた。
唇に残る感触が、心臓を高鳴らせる。どうにかなってしまいそうな、甘い誘惑。
「圭兎君……大好きです……」
告げられる、告白。