四月六日――――夕方
「それでは、おやすみなさい」
「あっはい。おやすみ……なさい」
稟香さんの部屋を出て行って、すぐ横の壁にもたれかかる。
「ラブレター……か」
そういえば稟香さん、普通に可愛いもんな。ラブレターの一通や二通は貰って帰って来るだろう。きっと、今までだって一通や二通では済まされなかっただろうし。俺でさえ一ヶ月に何通かは貰うくらいなんだ。
そんなに深く考える事じゃないはずなのに……なーんで俺は落ち込むかな。
(――――Rinka Side――――)
圭兎君、何だか随分落ち込んでいる様子でしたけど……もしかして、私がラブレターを貰ったからって落ち込んでいるのでしょうか?
ラブレターなんて……迷惑な物なのに。私からしたら、それこそ不幸の手紙なのに。
『○時に○○へ来て下さい。待ってます。』この言葉があるだけで、もう自分の予定を……時間を奪われるのだから。別に行かなければ良いって、よくみんなには言われるけれど、自分に好意を持ってくれている相手を、そんなぞんざいに扱うなんて私は嫌だから。
だから一週間に何通もある手紙に対して、誠意をもってその場に向かい、お断りしている。……圭兎君だってきっとラブレターを貰った事があるだろうから、この気持ちは分かってもらえると思う。
それに、落ち込まなくても大丈夫なのに。
私が好きなのは、これから先何年経っても、きっと圭兎君だから。
(――――Keito Side――――)
はぁ……姉がラブレター貰って凹むって、俺はシスコン野郎かよ。
落胆しながらも階段を下りて行く。
稟香さんの弁当箱を洗って、ソファに横になった。何だか疲れて来た……すっごく眠た――――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――君。――圭君。
「……んぅ」
目を覚ますと、異様に至近距離に、咲紀さんの顔があった。
「えぇぇ!?」
夢でも見ているのか!?
「圭君、ただいま」
優しさに満ち溢れた笑顔を向けてくれた咲紀さん。……ってやばっ!
「おかえりなさい! ……あの、ご飯の支度がまだ出来てなくって」
「うん、大丈夫だよ。一緒に作ろ?」
俺は今までで、これ程までに優しい人を見た事があるだろうか?
現在時刻は十七時少し過ぎ。今からご飯支度をしても充分に間に合う時刻だろう。
ソファから体を起こして、床に着地。変な体勢で寝ていたせいか、体の節々に痛みが走る。
「材料はもう買ってあるんだよね?」
制服の上からエプロンをする何とも家庭的な姿に目を奪われながらも「はい」と返事する。こんなお嫁さんが居たらすっげぇ幸せだろうな……。
「じゃあ、私がご飯炊くね。圭君は野菜を切ってもらえる?」
「はい」
そして、さり気ない優しさ。ご飯を研ぐ方が手が冷たくなるから、と前に言っていた。
お互いが少し談話をしながら作業を進める。口も手も動かしながら、だ。
「炊飯スタートっと……」
五分くらい作業を進めると、咲紀さんが米を研ぎ終わり、ピッという炊飯開始の音が鳴った。
俺の方も同じタイミングで野菜を切り終えた。
「えっと、じゃあ次は肉と野菜を炒め――」
作業を休む事無く続けようとする咲紀さんの手を握る。やっぱり、米を研いだから凄く冷たくなっている。
「――へっえぇぇぇ!? どどど、どうしたの?!」
咲紀さんが俺の奇妙な行動に声を高らかにして叫ぶ。
「米、研いだら手が冷たくなるじゃないですか。だから、せめてものお詫びに」
暖かくしてあげたいという魂胆だ。
「……っ! ……あ、ありがとう」
俺なりの感謝の気持ちに、咲紀さんは何故だか顔を赤くして俺の手を握り返した。




