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 はじめまして、もしくは、こんにちは、月見です。

 気楽に読める小説をコンセプトにしていこうと思って書いたものです。もう一つのほうもありますので、こっちの更新は遅いかもしれません。

 楽しんでいただければ幸いです。

 ジョン・バンダースナッチ卿は、妻に先立たれてからというもの、一人で朝食をとることが日課となっていた。

 卿の朝は、屋敷の食堂に腰掛けるところから始まる。

 太った体を椅子に押し込め、執事が淹れるカフェ茶を受け取る。それを、整えた口髭を濡らさないよう、慎重に、一口飲むのだ。ジワリと口の中に心地よい苦みが広がるのを感じ、目を覚ます。

 その毎朝の儀式を終え、そして、これも、いつものように自分の横に目を向ける。


「…で、ルパート、今日の予定は?」


 バンダースナッチ卿の横に、黒の三つ揃いを着た細身の男が立っていた。どこか現実感のない、青白い肌をした、若い男。

 男は慎重な手つきで、手元の革表紙の手帳をめくっていた。呼びかけられると、チラリと、陰気な目で卿を見つめる。その声もまた、陰気だった。


「…午前は、魔道図書管理局での、日常業務です。午後は、魔導インク管理局の、ポルテ氏との会談。羊皮紙業者組合からの嘆願があるそうですので、そちらとも。あと、軍のバートン氏が…」

「もういい、もういい!」


 ルパートが並べたてる予定を最後まで聞かず、卿は手を振ってやめさせた。ルパートが陰気な目で、また卿を見つめる。


「ですが、卿のご命令ですと…」

「ああ、確かにわしは、お前に今日の予定を話すように言った。要するに、今日の午後は、ずっと誰かに会わんといかんのだろう?」

「その通りですが、しかし個別の案件が…」

「お前は細かすぎるんだ! 声も陰気だし、朝から聞いてて、頭が痛くなる」

「しかし、卿のご命令ですと…」

「もう分かった! お前の陰気な声も、その神経質なところも、愛しとるよ! だから、それ以上口を開くな!」


 卿は息も継がずに言い切ると、肩で息をしながらカフェ茶をのみ込む。

 ルパートは相変わらずの目つきで卿を見つめていたが、やがてあきらめたように手帳に視線を戻す。

 そして頃合いを見計らったかのように、執事が卿の食事を運んでくるのだ。これもまた、いつもの光景だった。

 ベーコンエッグが皿に盛られるのを見ながら、卿がルパートに話しかける。


「…午前は、局での業務といったな。今日は、何かめぼしいモノがあるか?」

アレ(、、)がきます」


 ルパートが、陰気な目を卿に向け、簡潔に言った。

 まるでベーコンエッグが親の敵であるように、卿の目が、それを睨みつける。


「今日、だったか…」

「そうです。おそらく、昼前には、こちらに着くものかと…」


 ルパートが銀色の懐中時計を取り出して言った。

 卿はそれを聞きながら、ベーコンエッグに、フォークを突き刺した。


「…まったく、面倒なモノを押しつけてきおってからに」

「仕方ありません。隣国からの要請では、国王もお断りになることは、出来なかったでしょう」

「そんなことは、言われんでも分かっとるわ。まったく…」


 卿はそう言って、ベーコンエッグに挑みかかった。まるで飲み込むようにそれを片付けると、またルパートに話しかける。執事がサラダを置いた。


「…今日の当番は?」

「スタン・グランデとティム・ハンプティです」


 サラダを口に運ぼうとしていた卿が、ぴたりと、手を止める。

 疑わしそうに言った。


ティム(、、、)?」


 卿に聞かれ、ルパートの手帳をめくる手が止まった。そのまま、黙ってうなずく。

 カンカンとフィークで皿をつつきながら、卿は不機嫌そうに言った。


「なんで、よりによって、あいつ(、、、)なんだ?」

「当番ですから」

 

 平然とした答えが帰ってくる。

 ため息をつき、卿は急いでサラダを片付ける。カフェ茶を一気にあおると、ナプキンで口をぬぐった。


「―――もう行くぞ。ティムを交代させないといかん。ルパート、支度しろ」

「かしこまりました」


 そう言って、ルパートは陰気なお辞儀をする。その姿が徐々に、徐々に薄くなる。すぐに、ルパートの形は見えなくなった。代わりに、一冊の本が、ルパートの立っていたところに浮かんでいる。

 ふわりと、その本はバンダースナッチ卿の手元に収まった。


「ルパート、行くぞ」

「はい、バンダースナッチ卿」


 本が、バンダースナッチ卿の呼びかけに答える。

 バンダースナッチ卿は、書類カバンに、その本を入れると、馬車に乗り込み、いつものように、職場へと出かけて行った。これもまた、この世界、『ファイアーバ』における、日常風景である。


 


 この世界、『ファイアーバ』には、『魂の容量』という言い方がある。それが、ここでの、個人の持てる『魔力』の大きさだ。この国によって異なるが、少なくとも、ここ(、、)、ロシタル王国では、それが、そのまま一つの身分になる。理由は、大量の使い魔を使えるから―――ロシタル王国では、その労働力の大きい部分を使い魔が担っているのだ。


 ロシタル王国は、ジェゾ大陸の一国だ。大陸の南にある、かつての小国。その当時、人口は少なく、労働力も少ない。だから余計に発展が難しい。よくある悪循環にはまっていた国だった。そのままであったなら、間違いなく、地図の上から消えていただろう。それが今では、ジェゾ大陸の三分の一を、その名前が占めている。

 この功績は、三代前の国王、ルドヴィック三世によるところが大きい。

 今のままでは、国がつぶれてしまう。そんな危機感を抱いていた国王は、頭を抱えていた。当時のロシタルは、ただ滅びを待つばかりだったのだ。到底、ヒトの手でどうにかできるものではない。国王は、それを逆手に取った。

 ヒトの手で及ばぬものなら、ヒトの手以外で何とかすればいい。ではその人の手以外とはなにか? 国王が目を付けたのが、当時、ただの戦時の戦力としかされていなかった魔法だった。

 もっと日常の仕事に使えるように、魔法を改良せよ。出来たら地位をやるぞ。金をやるぞ。領地をやるぞ。

 ルドヴィック三世の呼びかけは、不遇をかこっていた各地の魔法使いたちを奮い立たせた。

 当時、戦力になりそうもないとされていた魔法は、用無しとされていたのだ。しかも、優秀な魔法使いであっても、それで得られるモノは、せいぜいが軍人止まり。戦争のたびに駆り出される兵器扱いだ。ルドヴィック三世の御触れは、世界中の魔法使いたちを奮起させた。

 世界中から、我こそはという魔法使いたちが、ロシタル城に詰めかけた。城門に入るためにできた列は、馬車で三日の距離があったという。


 その大行列の中に一人、アンネ・ジェルクという女の魔法使いがいた。

 彼女は見たところ、普通の村娘だったと伝えられる。もともと、キワモノぞろいの魔法使いたちの中で、その姿はむしろ、清涼感さえ漂わせていたらしい。その後、当時、若く独身だったルドヴィック三世の奥方に収まったのは、余談である。


 そのアンネが提出した、一冊の本、それが、ロシタル王国の運命を変えることになった魔法、『使い魔の書』だった。それは、本から使い魔を造るものだった。

 アンネの本から出てきた使い魔は、当時、埃っぽかったロシタル城を、三日できれいに掃除したらしい。これを、ルドヴィック三世は労働力に当てることにしたのだ。いざとなれば、戦時の兵力にもなる。非常に便利な魔法だ。


 もちろん、クリアしないといけない問題があった。いろいろと条件はあるが、何より、この『使い魔の書』、魔力の燃費が最悪なのだ。使える人間を探す必要があった。アンネだけでは足りない。

 そこで探されたのが、『魂の容量の大きい人間』だ。百人に一人ほど、何体も使い魔を使役することができる魔力を持つ人間がいるのだ。名の知れた大魔法使いなどもそうだが、一般人の中にも、才能が隠れているだけで、出来る人間がいる。

 国は十五歳での選別試験を導入し、そういった人材をかき集めた。容量の多い人間は、大量の使い魔を使え、大量の仕事を(建築、事務仕事、警備その他)こなすことができる。国の仕事が、はかどる。


 国王は、そういう人間を重用した。おかげで国は栄え、今では大陸の強国となっている。今では魔法に頼り切る必要すらなくなっていた。だが、その名残が、今でもロシタル王国に残っているのだ。

 魔力の大きい人間を重用すべし。これが、今も変わらぬロシタルの国是だった。

 バンダースナッチ卿なども、そうやって重用された一人だ。その出身はどこかの、平凡な村らしい。ロシタル王国では珍しいことではない。今の宰相なども、バンダースナッチ卿と似たようなものだ。そんな人間が、かなりの人数いる。


 だからこそ、南の孤児院の出身、ティム・ハンプティが、国の重要機関、『魔道図書管理局』に配属されるのは、別に変ったことではない。魔法を日常業務に使うことが多い部署は、どうしても『容量』の多い人間を必要とする。年や、どこの出身かなんてことに、いちいち構っていられない。その構成メンバーは、貴族の出だったり、どこかの村の出だったり、子供だったり、老人だったりと、様々だ。

 

 やたらとお茶を飲みたがったり、牛の乳しぼりのやり方について自慢げに話すメンバーがいる『魔道図書管理局』。その”当番”であるティム・ハンプティは、その職場、『管理図書室』で、アームレストの付いた司書席に座っていた。

 こっくりこっくりと、舟を漕ぐ。管理図書室は、いつものように静かだ。むしろ居心地が悪いくらいの静寂のなか、ティム・ハンプティは眠っていた。

 誰かが、その肩に手をかけ、ティムを揺り起こす。


「―――おい、ティム。起きろよ」


 同僚のスタンが、ゆさゆさと、その肩をゆする。

 ティムは、むにゃむにゃと言った。


「…あとすこし」

「もうすぐ、バンダースナッチ卿が来るぞ。起きろ。まったく、案の定だ」


 スタンがさんざん肩をゆすると、ティムは、ようやく目を開けた。そして、あくびをひとつ。パチパチと目をしばたいて、その黒い目で、じっとスタンを見る。ぼんやりと、真っ赤な魔導図書管理局の制服に焦点が合い、その時になって、ティムはようやく言った。


「―――むう、おはよう。スタン」

「おはようじゃない。じきにバンダースナッチ卿が来るぞ。起きとけよ」

「眠いんだよ。昨日からこっち、徹夜なんだから。本の面倒を見ないといけないし」


 そう言って、あいまいに、目の前の何かを示すように、その手をふらふらさせた。

 ティムの司書席は、体育館で言うなら、校長先生が話す位置だ。少し高い、ステージのような場所。その前に、広大な書庫が、広がっている。ヒトの背丈の倍ほどはある書架が朝日に照らされ、ズラリと並んでいるのが見渡せる。それぞれに、鈴とランプが付けられた、変わった本棚。

 ティムは眠たげに言った。


「―――俺が当番のときは、いつもうるさいんだ。あいつら(、、、、)、きっと俺を寝不足にさせたいに違いない。だから眠れるときに寝てるんだ。これでも育ちざかりなんだぞ?」

「…本のことは仕方ないにしても、お前が育つことは、永遠にないような気がするんだが?」

 

 そう言って、スタンは、入局同期の体を、疑わしげに見た。

 ティム・ハンプティ―――数え年十八歳になる彼は、髪は白に近い金なのに、真っ黒な目という人目を引く容貌をしている。何より目立つのがその背丈で、同年代のスタンから見ても、驚くほど小さかった。おそらく、学遊院(十五歳まで子供が通う、王立の学校)の生徒に間違えられても不思議ではない。あと二年ほどで成長も止まるだろうが、その二年でどこまで伸びるかといえば、非常に疑問だった。

 スタンの視線に気づいて、ティムが煩わしそうな表情になった。とがめるように言う。

 

「なんだよ。スタンまで疑ってるのか?」

「…お前、去年の健康診断、全然背は伸びてなかったよな?」


 スタンが言うと、ふてくされるように、ティムはアームレストに頬杖を突く。ブーたれるように言った。


「しょうがないだろうが、牛乳だって飲んでるのに、全然伸びないんだぜ?」

「…なんで牛乳なんだ?」

「あー、こっちの話だ ―――っと?」


 チリンチリンと、書架に取り付けられた鈴が鳴る。その鈴と連動したランプがともる。ティムはため息をついた。

 

「1の5、またあいつ(、、、)か?」


 ティムは立ちあがると、スタンを残し、のそのそと司書台(体育館のステージのことだ)から降りていく。書架の森に降り立ち、そこをのんびりした足取りで進んでいく。書架の横に番号が割り振られていた。その番号を気だるそうに数え、進んでいく。1の2、1の3、1の4、1の5…。

 そこで、一冊の本が、棚からはみ出していた。ティムが小さく息をついた。


「―――また(、、)、お前か、ジル?」

「うるさいな。僕は燃費が悪いんだ。早く魔力をよこせ」


 本が小刻みに震えるたびに、声が聞こえる。

 ティムは疲れたような顔で答えた。


「…夜中にスタンと代わったとき、くれてやったろうが…。つーか、その姿だと、魔力消費しないだろう?」

「お腹がすいたんだよ。早くしろ」


 ティムはため息をついて、はみ出た本を手に取った。その表紙に手を当てる。

 少しの後、ティムの手が光り始める。本が、ため息のような音を出した。


「はい、ご馳走さん」

「はいはい。じゃあまたしばらく大人しくしててくれよ?」


 寝不足のしゃがれ声でジルに言うと、別の本がひとりでにすすっと、ひきだされる。一冊二冊、勝手に動き、勝手にしゃべる始める。


「おい、ティム。ジルだけじゃなくて俺らにだってよこせよ」

「そうだ。いくらなんでもそれは不公平というものだ」

「前の時だって―――」

「おい、おまえら少し静かに…」

「あのときだって…」


 静寂に満ちていた図書室が、さざめき始める。勝手に背表紙が書架から飛び出し、勝手なことを話し始める。ザワザワざわざわ、ティム以外はいない書架の森に、おしゃべりの声が響き始める。


「ティムよ、俺にも一口くれ」

「だから静かに―――」

「私が先よ。前なんかお預け食っちゃったんだから…」


 本と本が勝手に会話を始め、棚から棚へ、そのおしゃべりは伝播していく。耳をふさいでも意味はない。今や、おしゃべりが洪水となって、図書室じゅうを満たしている。呆れたような顔で、スタンがティムのもとへと歩いてきた。


「やっぱり、始まっちまったなぁ」

「お前らなぁ…!!」


 寝不足に、騒音。ピキっと、ティムのこめかみに青筋が走った。


「―――いいかげんにしろー!!!」


 図書室に、ティムの大声が響き渡る。

 一瞬、また図書室が静寂を取り戻す。

 ジルと呼ばれていた本が言った。


「…なにさ、大声あげちゃって」

「―――何さ、じゃない。好き勝手言いやがって」


 ティムは大声を上げたせいで、肩でぜーぜ―と息をしていた。

 ジルがまた声を上げる。


「しょうがないじゃないのよ。ここにいると、私たち飢えるんだから。あんたの魔力がどう映るかぐらい、いい加減学習なさいな」

「そうだ」「そうですとも」「そうよ」

 

 本たち(、、)が、口ぐち?に同意する。次から次へとそれが重なる。

 スタンが、苦笑して、ティムには聞こえないほどの小さな声で、言った。


「…ヒトの二倍も容量があるってのも、大変だよなぁ」


 スタンは、自分の平凡さに感謝していた。

 ティムはいま、本たちから散々に責め立てられ、頭を抱えて呻いている。非凡なるが(ゆえ)。徐々にティムの顔が赤くなっていく。スタンは耳をふさいで、待ち構える。

 図書室に、本日二度目の、ティムの怒号が響き渡った。

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