アウラニースVSソフィア&アイリス(一回目)
ソフィアとアイリスは何度目かの対決をおこない、またしても引き分けに終わる。
「くそ……さっさと負けろよな」
肩で息をしながらアイリスが舌打ちをすると、ソフィアも負けじと言い返す。
「あなたこそ、かつてないしぶとさですね。私の攻撃をあれだけ食らって動ける者は、初めてです」
彼女達はお互いに対して敬意までは至らないが、好敵手として認めようとする気持ちが芽生えていた。
二名の周囲は大海原である。
クラーケンギガースという海の種族のアイリスにしてみれば、自分に有利な場所で勝ち切れなかったのだから、悔しさも大きい。
一方のソフィアにしても、海は苦手な場所ではなく、押し切れないのは納得できなかった。
「回復したらまた勝負しよう。今度こそお前を倒してやる」
「望むところです。もっとも、勝つのは私ですが」
最初は本気で殺し合ったはずの両者は、自分の心境の変化に気づいていたし、受け入れている。
最早彼女達は相手を殺したいのではなく、勝利したいのだ。
「この女は強い。だけど、だからこそ、勝ちたい」
というのが共通の想いである。
二人は一度大陸に移動し、回復に専念しているとそこへ一人の見覚えのない女がやってきた。
「お前らか、決着がつかないドンパチを何度もやっているという奴らは?」
紫色の瞳を持つ美女を一目見た二人は戦慄し、距離を取って身構える。
彼女達の本能が新しい女は、かつてない恐ろしい敵だと警告を発したのだ。
「おっ? ちゃんと力を隠していたはずだが、しっかり見抜いたか。大した奴らだ」
「何者だ?」
アイリスが威嚇するように、低い声で問いかける。
そのようなことでどうこうできる相手ではない事は百も承知だが、そうせずにはいられなかったのだ。
「オレか? オレはアウラニースという。お前たちの名は?」
「アウラニース? 知らない名前ですね」
ソフィアが言ったのは強がりだったものの、嘘ではない。
この時、アウラニースの名前はまだ世界に轟いていなかった。
「だろうな。いちいち名乗ったりはしていないし。お前らは見所がありそうだから、特別だ」
傲慢に聞こえる言葉を、ごく自然体で言い放ったアウラニースは、自分の用件を伝える。
「お前らは強そうだから戦いに来たんだ。二対一でいいぞ」
「はぁ?」
アイリスは馬鹿にしたような態度をとった。
怒って隙を作らせようとしたのである。
だが、それは無駄な努力だった。
「二人でじゃれあってばかりいずに、オレも混ぜろと言っているんだ」
「嫌だと言ったら?」
ソフィアが挑発的に聞き返すと、アウラニースはにやりと笑う。
「力ずくで混ざってやる。お前らに拒否権は認めない」
「だそうだが、どうする?」
アイリスはソフィアに問いかける。
「二人で戦って、さっさとお引き取り願いましょう。それが一番のはずです」
「そうだな」
二人は半ば仕方なく手を組む事にした。
決着をつけるまで誰にも邪魔をされたくないという気持ちが、それだけ強かったのである。
「それでいい。オレを楽しませてくれたら、二人の対決を邪魔をするのは止めてやるよ」
アウラニースの上から目線の傲慢な物言いに二人はイラッとした。
だが、だからと言って平常心を失うほど彼女達は愚かではない。
「全開でいくぞ」
アイリスは真の姿に戻る。
クラーケンギガースは全長五キロを超える巨大なイカ型モンスターであった。
赤色のクラーケンを見たアウラニースは唸る。
「ほう? クラーケンギガース、起源種モンスターの生き残りか。起源種という事はオレと同じだな」
「という事は貴様も起源種か……」
アイリスの警戒心が一段階あがった。
起源種は全てのモンスターの始祖とも言うべき存在である。
子孫にあたるモンスター達は、環境適応能力を得る代わりに祖が持っていた力を喪失した。
言い換えれば環境の変化に弱い反面、強大な戦闘力を持っているのが起源種である。
「起源種は強い代わりに環境の変化に脆い……それでも生き残ったという事は、弱点を克服できる何かを持っているという事ですね」
ソフィアは冷静に整理した。
起源種の生き残りの危険さを、アイリスに説明するまでもない。
「私も全開でいきましょう」
ソフィアの体の輪郭がぼやけて、周囲と一体になっていく。
「む。ヴァンパイアのミストフォームに似ているが、違うな」
アウラニースはまたしても感心する。
「初見でこれがミストフォームではないと見抜くとは、大したものですね。けど、それだけです」
ソフィアも警戒心を高めた。
どうもアウラニースと名乗る女は、ただ単に自分の力に自信を持っているだけの存在ではない気がする。
「お前も起源系か」
アウラニースはにやりと笑う。
「いつまで笑っていられるかな!」
アイリスは一瞬で膨大な水を作り出して敵を粉砕する「ディザスターシュトロム」だ。
海そのものが巨大な牙を剥いたかと思う攻撃を、アウラニースは片手で止めて見せ、ソフィアに雷の槍「ブリューナク」を放つ。
雷の槍はソフィアの体をすり抜けた。
「む?」
奇妙な手ごたえにアウラニースが怪訝に思った時、ソフィアが反撃する。
「アストロシンフォニー」
風、炎、氷、岩、雷、闇、水、光……様々な自然の力の柱が四方八方から巨大な帯となって、アウラニースの体を直撃した。
「ハイドロクエーク」
さらにアイリスが巨大な水のレーザー弾で追撃を仕掛ける。
「倒せたかどうかは分からんが、痛手は与えられただろう。なめた女にはいい報いだ」
アイリスは爽快な笑みを浮かべて、ソフィアに話しかけた。
「甘いですよ、アイリス」
ソフィアの方は険しい顔のまま、まっすぐにアウラニースの方を見つめる。
「心配性だな」
アイリスは笑ったが、ほどなくしてその表情が硬直した。
アウラニースは黒い魔力を己の周囲に展開させていて、無傷だったのである。
魔力を消した彼女は嬉しそうに破顔した。
「このオレに防御させるとは、お前達メチャクチャ強いな」
「無傷の奴に褒められてもうれしくないな」
アイリスは忌々しそうに舌打ちをする。
「さて、次はオレの番でいいよな?」
「ふざける……」
子供のような主張にアイリスが言い返そうとしたが、その瞬間左に大きく避けていた。
直後、アイリスがいた地域が爆発する。
「へえ、よけたか。でかい図体のわりに、危機察知能力と回避能力もいいな」
アウラニースは褒めると、標的をソフィアに変えた。
彼女は念の為、回避しようとしたが一瞬早くアウラニースの蹴りがかすめる。
「うぐっ……ユニゾンフォームを使っている私がただの蹴りで?」
何故打撃を受けたのか理解できないソフィアに、後に大魔王と呼ばれる女は説明してやった。
「オレのスキル・レッキングは、いかなる効果も打ち消す。お前のユニゾンフォームとやらがどのような能力・特性を持っていようと、オレのレッキングの前では無力だ」
「何て厄介な……」
唸るソフィアにアウラニースは素敵な笑顔で言う。
「オレにレッキングを使わせる奴なんて、今までほとんどいなかった。やっぱりお前ら最高だな」
「上から目線で褒められても嬉しくないぞこの女ァ!」
アイリスの背後からの攻撃を、アウラニースは振り向きもせずに手で止めてしまう。
「お前らだってお互い以外では、オレが初めてじゃないのか? うん?」
「それはそうですが、喜ぶ理由にはなりませんね!」
ソフィアの反撃をアウラニースは回避した。
彼女がよけた後ろでは巨大な爆発音が響く。
「くそ、こいつふざけた女だけど、とんでもなく強いぞ……」
「どうやらあなたとの戦いは後回しですね。先にこの女を何とかしなければ」
アイリスとソフィアは既に自分達とアウラニースの力の差を見抜いている。
それでもまだ降参しようとは思わなかった。
彼女達に共通している点があるとすれば、「嫌いな相手には殺されても降参しない」という点である。
「そうだ。もっとオレを楽しませろ。オレに真の姿を出せてみろ」
アウラニースはにやにやとして言い放つ。
これでいて本人は敵を挑発する意図は微塵もないのだから、タチが悪い。
「言ったな。真の姿を引きずり出すどこか、ぶちのめしてやるよ!」
「ええ。その余裕、必ず後悔させてあげます」
アイリスとソフィアは団結してアウラニースに戦いを挑む。