ある時代の終わり
「ケーラ!」
大いなる光が大魔王の醜悪な肉体を飲み込む。
光が消えた時、周囲には背の高い木々があるだけで魔王の姿はどこにもなかった。
ここに人間を苦しめてきた最後の魔王が封印にされたのである。
「か、勝った……」
それを確信したベリンダ・ギルフォードは肩で息をしながら両膝を土につける。
お気に入りの紫のローブが汚れてしまうのも気にならなかった。
「終わった……父さん、母さん。カール、ロナール、ヴィンセント、リーン……終わったよ」
かつて命懸けで彼女を守り、そして散っていった者たち。
魔王が跋扈する地獄のような時代を終わらせる事が出来るのはメリンダしかない。
そう言われ続けてきた呪いのような彼らの願いと想い。
それらが決して間違っていなかったとついに証明されたのだ。
まだ全ての魔王が撃破されたわけではない。
しかし、彼女が直接戦い封印しなければならない大物はいなくなった。
封印しただけの存在も何体かいるのが不安であるが、さすがにそこまでは何とかなりそうもない。
人の世に希望をもたらすという使命と責任感を持って戦い続けてきた英雄も、老いの足音からは逃げられなかった。
若く生気があふれていた顔もしわが目立ち、艶があった青い髪もすっかり白くなっている。
闇の時代を終わらせるには多大な代償を必要とした。
それでも彼女が歩みを止めなかったのは、己の為に命を捨てた者達を裏切れなかったからである。
息を整えて立ち上がるとゆっくりと森の出口へ向けて歩き出す。
魔王を倒す旅の先に何が待っているのか、一度も考えた事がない。
ただ、世の為人の為に戦い続けた生涯であった。
「私はこれからどうすればいいのか……」
ひとまず首を長くして待っている国の指導者たちに吉報を届けるべきであろう。
その後の事はまた考えればよい。
歴戦の英雄も少しばかり休みたい気分だったのである。
「あー、頭がクラクラする」
大魔王との決戦は三日にも及んだ。
魔力も使い果たし、体力も精神力もからっぽ寸前になってしまっている。
今ならばそこらのゴブリンにすら勝てないかもしれない。
そこまで疲弊しきった彼女だったが、幸いな事に誰とも遭遇せず休む事が出来た。
魔人達はことごとく倒れ、有象無象は決戦を感じとって逃げ出したのだろう。
停止しかかった思考がそのような推測をはじき出す。
メリンダは草むらを見つけるとそこに腰を下ろし、背後に生えた木に背中と後頭部をあずける。
(このまま帰ればきっと失態をしてしまう)
大魔王の封印に成功した英雄がその疲労から失敗したとしても、国王達は許してくれるだろう。
だが、それは彼女自身が嫌だった。
見栄や羞恥心に分類される理由で。
なけなしの魔力を使って水を作りのどを潤す。
少しだけ疲労は回復したかもしれないが、魔力を使っただけの価値はあるのか。
ひとまずどこかに寄って疲労回復につとめた方がよさそうだ。
ふと見上げてみれば空を占拠していた黒雲が少しずつ流れはじめ、いつのまにか青さと共に太陽の光が差し込んでいる。
まるで彼女の偉業を祝福するかのように。
(未来への光だったらいいんだけどねえ)
メリンダは自分の名前とその意味を思い出す。
両親から与えられた名前と託された想いに恥じぬ人間になれたらよいのだが。
残念ながらそれは彼女が決める事ではない。
後の世で判断されるものだ。
せめて胸を張ってあの世にいる両親、かつての仲間達のところへ行きたい。
いつしかそう願うようになっていた。
VRゲームを題材にした新作の連載を始めております。
よければご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n3244dk/