和モノ布教企画編
これは特別編です。
整合性なんて気にしたら負けです。
「うどんが食いたい……」
マリウスはある日突然、強い思いに襲われる。
振り返ってみればこちらの世界に転生してからというもの、ろくに「和食」を食べていなかった気がした。
もしかするとただの一度も。
そう思うと余計に食べたくなってきてしまう。
(とは言ってもどうすればいいのやら……)
今はともかくかつては自炊をやっていた為、必要なものが揃っていればうどんくらいならば作れる。
麺もつゆも既製品で「料理」と称すれば、きちんと料理をしている人たちからは呆れられるか馬鹿にされるか、どちらかだろうという程度ではあったが。
麺もつゆも自力で作れないし、そもそも作り方が分からない。
(つゆの方は他の調味料で何とかすれば……)
問題は麺である。
小麦粉はあるのだが、どれをどうやればうどんになるのだろうか。
散々悩んだ挙句少しも打開策を閃かなかった彼は、ついに最終手段を使う決断をする。
「それでオレなのか?」
呼ばれた理由を聞かされて怪訝そうにしているのは、アウラニースであった。
そう、マリウスは彼女の直感をアテにしたのである。
「俺が食べたいものとその作り方を当ててみてくれ。大丈夫、お前なら出来るよ」
「お前なあ……」
いつになく熱心に声をかけてくる彼に、彼女は呆れ顔だった。
「頼むぞ、アウラニース。もし成功したら報酬として、周囲に迷惑をかけないようにって条件で全力戦闘に付き合うから」
「それ本当か!?」
全く乗り気ではなかった彼女が、百分の一秒くらいの早さで食いつく。
「上手くいったらな」
改めて告げる彼の表情と声色からその本気度を見てとった彼女は、力強く頷いた。
「ああ、それならオレが何とかしよう。安心するといい」
満足する報酬を用意した時のアウラニースはとても頼りになる。
彼女は目を輝かせて、早速仕事に取りかかった。
彼女はまず城の厨房に突入する。
「うわっ。アウラニース様っ?」
悲鳴のような叫びを彼女は無視して迷わず小麦粉を取り出す。
「材料はこれだろう?」
後からやってきたマリウスに見せる。
「ああ、正解だ。さすがだな」
実はこれくらいは予想通りであった。
驚き慌てる料理人達にまず詫びて、それから事情を説明する。
「陛下が召し上がりたい料理ですか?」
「ああ。アウラニースが作るのを見て、覚えてくれると嬉しい」
「ははーっ」
国王直々のお願いに、彼らは平伏して応えた。
(アウラニースに料理なんて出来るのだろうか?)
恐らく誰もが思った事だろうが、誰も言葉に出して異を唱えない。
マリウスの威光の前にその程度の疑問は些事だったのだ。
当の彼女は乱暴に、よく言えば豪快に作業をはじめている。
しばらく見守っていれば、やがてうどんらしき麺ができていた。
そして笑顔でそれをマリウスに見せる。
「これでどうだ?」
「大体あっている」
彼がそう答えると料理人達から「さすがだ」という小さな声が起こった。
彼女がこのような離れ業をやっても、最早誰も驚かないのである。
「本当にさすがだな」
マリウスは苦笑するしかない。
どうやって説明すればよいか分からないものを、勘だけで見事に再現してしまったのだから。
「だが、それだけじゃ足りないんだ。分かるか?」
彼がそう言うと、アウラニースは形のいい眉を動かす。
それから植物油や塩などを取り出して料理をする。
「これでどうだ?」
しょうゆ、みそ、めんつゆなしでうどんを美味しく作るというのは、彼にとっては相当な難関であった。
だからこそ、アウラニースが簡単に作ってしまった点について、どことなく釈然としない。
しかし、彼女の直感の的中率を考えれば試す価値は十分ある。
彼は器用にフォークにうどんを絡ませ、口の中に入れて咀嚼した。
ごくりと飲み込んだ彼は半信半疑と言わんばかりである。
「……美味しい」
これを聞いたアウラニースは胸を張ってどや顔をしたし、料理人達は彼女達に作り方を聞きに行く。
彼女は得意満面で教えてやった。
「さすがは理不尽ニース……なのか?」
マリウスはそれで押し切る事にする。
基本的に自分自身への説得をだ。
アウラニースが作ったという料理はあっという間に、城内に広まる。
言い出したのがマリウスだったから、というのが最大の理由であろう。
その日の夜は何とうどんが王族たちにふるまわれたのだ。
「これがおとーさまが食べたかったやつ? ネルが作ってあげたかったのに!」
ネルガルはちょっとふてくされながらも、その瞳を好奇心で輝かせている。
「ああ、今度作ってくれよ。楽しみにしているから」
父親にそう言われた彼女は満面の笑顔で頷いた。
「うん! ネル、頑張る!」
料理人達がさらに大変な事になりそうだったが、彼がこう言わなければもっと色んな人が余計に大変になっていたに違いない。
料理人達の苦労と代償に、多くの人々の平和は守られたのだ。
ジークとフリードは初めて食べる料理に、おっかなびっくりという様子である。
平気でぱくりといったのはネルガルくらいだから、無理ない事なのかもしれない。
大人達も珍しそうな顔をして食べている。
「しかし、このウドンというものは、これだけしかないのですか?」
そう首を傾げたのはキャサリンであった。
麺一玉相当しかなかった為、彼女を筆頭に何人かは物足りなく感じただろう。
これはマリウスには予想出来た事である。
その為、近くで待機している給仕達に目で合図を送った。
「そういうと思って、他にも作ってあるよ。アウラニースが」
「うむ。任せろ!」
彼女は得意げに胸を張り、周囲の笑いを誘う。
次に出てきたのは魚の塩焼きに、野菜の煮物である。
どちらも似たようなものはこちらの世界にも存在する為、言わば「日本風」となるだろうか。
(本当は刺身や寿司も食いたかったんだけど……)
訊いてみた限り、どこにもそのような料理どころか、魚を生で食べる習慣はないというのだ。
アウラニースは平気で食べていたとの事だったが、彼女は参考にしてはいけないのである。
魚には寄生虫がいるから危険だという、漫画やインターネットで見た覚えがあるにわか情報をマリウスは気にしたのだ。
(こちらの世界にもいるとは限らないし、いても俺やアウラニースは死なないんだろうけど……)
ただの人間達が心配なので止めたのである。
特にまだジークとフリードが怖い。
ネルガルはさらに幼いが、アウラニース同様心配するだけ無駄な気がする。
「確かにちょっと変わった味付けかも?」
バーラとロヴィーサがそう言いながら味わっていた。
「それにしてもアウラニース、料理も出来たんですね……」
キャサリンが感心半分、残りの半分は「理不尽だ」とか「何でもありか」と言いたそうな顔でつぶやく。
「うん? まあ今回は特別だな」
彼女はそう言ってちらりとマリウスの方に視線を向ける。
これを見て「マリウスだけが特別なのか」と勘違いした者は、誰もいなかった。
「戦闘をエサにして言う事を聞かせたんですか、あなた?」
ロヴィーサが呆れ交じりの顔で尋ねてくる。
他の面子もどうせそんな事だろうと思っていそうな顔ばかりであった。
「よくわかっているな。大丈夫、被害は出さないよ」
彼がそう言うと嫁達は「はい」と引き下がる。
結局、彼への信頼に勝るものはないのだろう。
「他にも色々とレシピを頂きましたので、今後をお楽しみして下さいませ」
料理長がそう彼らに告げる。
彼にはおよそ宮廷料理からほど遠いものを作るという行為に、抵抗感はない。
それよりも偉大なる王が食べたいものを優先したいのであろう。
……食事会の数時間後、マリウスとアウラニースが姿を消したが、誰も疑問に思わなかった。
ボロボロになりながらも顔には充足感で溢れている大魔王の顔を見て、納得しただけである。