ぎもん
ジークとフリードはいわゆる英才教育を受けている。
将来、トゥーバン王国を背負って立つ事になるのだから、当然だと言えるだろう。
そしてその教育の中には、戦闘関連も含まれていた。
王族たる者、最低限己の身を守れるのもたしなみなのである。
今の時代は平和とは言え、マリウスとアウラニースの力により、無理矢理もたらせれた感が強い。
まだまだ争いのない時代を楽しもうという風潮は生まれていなかった。
二人の教官をやっているのは第三妃キャサリンである。
「大切なのは基本よ。毎日同じ鍛錬を地道に続ける事こそ、強くなる第一歩なの」
「キャサリンかーさんもそうやってつよくなったの?」
ジークの疑問にマリウスの最年少妃はうなずいた。
「そうよ。努力は嘘をつかないから」
「はーい」
二人は仲よく正拳突き、前蹴りなどのを繰り返す。
それをネルガルが暇そうに見ていた。
彼女は同じ練習をする意味がない、と言われたので参加できないのである。
「つまんないなー。ネルもやりたいのに」
兄妹の仲は悪くないどころか良好だ。
仲のいい相手と遊びたい、というのがネルガルの性格である。
しかし、キャサリンとて何も意地悪をしたわけではない。
普通に正拳突きを繰り出せば、暴風を巻き起こし、建物に無数のヒビを生み出す少女と、強いと言っても人間の子供レベルでしかない二人を一緒にできるはずもなかった。
「がまんがまん。がまんできるこはえらいっておとーしゃまがいってたもんね」
ネルガルは自分に言い聞かせる。
一杯我慢した事にして、大好きな父親に一杯褒めてもらおうというのが目下の野望だった。
そんな幼女に声をかけた者がいる。
「ここにいたか、ネル」
「あ、おかーさん」
アウラニースだ。
「お前も鍛錬するぞ」
「うん!」
ネルガルは二つ返事で立ち上がる。
それを見て母は疑問を抱いた。
「今日はやけに素直だな。あいつらの鍛錬を眺めていて、やりたくなったのか?」
「うん」
素直にうなずく。
これに驚いたアウラニースは、真面目に教えられるかもしれないと思った。
娘は誰に似たのか、かなり飽きっぽいのである。
時間をかけて教えるという事にとことん向いていない。
「よし、あっちに修行空間を作ってやる。そこで存分にやるぞ」
「はーい」
これまたいい返事で、母親の機嫌がよくなる。
「よし、今日こそ大陸を消し飛ばないレベルまで、威力を抑える訓練をするぞ。そしてゆくゆくは一国が消えないレベルだ」
「おー」
物騒な事を言いながら母娘は修行を始めた。
そんな二人をキャサリンは見送ると、小さくため息をつく。
(あまりやりすぎないでほしいのだけど)
ネルガルが幼さに見合わぬ強さを持っているのは、大半が生まれ持ったものだが、ある程度は母親であるアウラニースのせいだ。
二歳の頃、癇癪を起こして山と森を消し飛ばした事があり、それ以降手加減というものを教えようとしている。
……そのはずなのだが、手加減はなかなか上達せず、そのくせ戦闘力は向上するという有様なのだ。
「キャサリンかーさん?」
ジークの呼びかけに我に返り、指導に戻る。
彼女の担当は素手での戦闘であり、魔法に関してはバーラが行う。
マリウスはと言うと、息子達にいきなり禁呪の説明から入った為、教える資格をはく奪されてしまった。
本人曰く「まず魔法を一通り説明しようと思った」との事だが、これまでの行いのせいで信用されなかったのである。
「今日はここまで。続きはバーラさんね」
「ありがとうございました」
ジークとフリードは汗だくになって寝そべりながら、キャサリンに礼を言った。
彼女が出ていくと入れ替わりにバーラが入ってくる。
「キャサリンにしごかれた?」
「は、はい……」
「ぼくたちのげんかいぎりぎりをみきわめるのが、とてもおじょうずで」
微笑みながら問いかけられた二人は、荒い息を整えながら何とか答えた。
「あの子も以前は戦いに特化していたんだけどねぇ」
懐かしそうに目を細める。
数年の歳月は幼く単純だった少女を、経験豊富な戦士へと成長させた。
幼い子供達にとってよき指導者となるくらいに。
一方でかつては人類最強クラスだった彼女を衰えさせている。
時の流れは平等だが、もたらされる結果は千差万別なのだ。
「それじゃ始めましょうか?」
バーラの魔法で二人の疲労は回復する。
精神的なものはそのままだが、だからこそ鍛錬になるという方法だった。
「おねがいします」
ジークとフリードは文句も言わず、バーラのしごきを受ける。
「がんばってじゅうにきゅうまほうをますたーしたいなぁ」
ジークが言うとフリードが答えた。
「ぼくはかいふくまほうをおぼえたい。ネルがちょっとくらいやりすぎてもだいじょうぶなようにさ」
「……ぼくらがなんとかするのはむりじゃないかなあ」
兄弟の望みを聞いたもう一人が、率直に言ってしまう。
フリードはそれを否定はしなかったが、折れる事もなかった。
「でも、やるからにはもくひょうはたかく! だろう?」
「それはそうだけど……」
鍛錬を始める前、大人達に言われた事である。
目標は高く持った方が成長しやすいと。
ネルガルのフォローをするのはちょっと無理がないか、とジークは思う。
手加減しているとは言え、あのアウラニースを殴り飛ばしたりするような妹なのだ。
「フリードの目標は正しいと思うわ」
話を聞いていたバーラが参加してくる。
「かーさん」
二人の子供達は振り返った。
「ネルは悪い子じゃないけど、感情的になりやすいからね。誰かが抑止できるようにならないと。いつまでもマリウスとアウラニースに頼ってはいられないでしょう」
少年達は沈黙する。
彼らの父マリウスとアウラニースは、邪神を倒してその力を得た結果、寿命がなくなったも同然だという。
だからその気になれば永遠に君臨する事も可能なはずだが、彼らにその気はないらしい。
アウラニースはさておき、マリウスもというのも意外だったが、息子達の問いにこう答えた。
「組織の一番上がずっと変わらないのも問題があるだろう」
二人にはよく分からなかったのだが、周りの大人達は皆賛成だという。
いつの日か、二人にも分かる時が来るのだろうか。
「ぼくはりかいしたいな、そういうの」
ジークはそうつぶやいた。
二人にとってマリウスという男は偉大すぎる父親だ。
聞けば一介の魔法使いから身を起こし、魔人や魔王を倒してとうとう国王にもなったという。
それだけでなく一から建国したところがすごい、とジークは思っている。
実際の業務は部下達がほぼやっているので、フリードは微妙な気分らしいが、そういった部下達を集めて従えるところが立派なのだ。
ジークはそう主張する。
これは彼個人の考えだけではなく、教育によるところが大きい。
一国の王が己の力を頼みに行動しても、臣下や民は迷惑なだけ。
優れた人材を発掘し、忠誠を誓わせる事こそが大切だと教育係に叩きこまれているのである。
「いずれ分かるわよ。マリウスも私達も、あなた達に国を託すつもりだからね」
バーラはそう言う。
二人の息子達も、ネルガルもまっすぐと育っている事は喜ばしい。
王族は王だから偉いのではない。
国の政事を正しく動かし、国家を守ってこそなのだ。
「だいじょうぶかな?」
二人は少し不安そうである。
だが、それくらいでちょうどいいとバーラは思う。
不安なくらいの方が慎重でいい政治をできるだろうからだ。
「まあ、あなた達が継いでいくのはまだ先の話だからね。継いだとしても、当分は皆残ってもらうつもりでいるし」
口うるさいご意見番達がいるうちに後を継がせ、色々と学ばせる予定である。
「はーい」
二人は元気よく返事をした。
鍛錬が終わった後、休憩を挟んで勉強である。
ジークがふと思いつきを口にした。
「ぼくらってどれくらいすごいのかな?」
「なんだよ、きゅうに」
フリードが変な顔をしたのも当然だろう。
何の前触れもなかったのだから。
「いや、べつにつよいひつようはないとおもうんだけど、あまりだめでもこまるんじゃない?」
「うーん、きもちはわかるけど……」
フリードは言葉を濁す。
確かに大人達の期待は感じる。
それが重荷と言うわけではないが、頑張らないとという気にはなっていた。
「ちかくにいるのがネルだけだから、よくわからないんだよなあ」
言われたジークも複雑な顔をする。
「みんな、ネルをきじゅんにかんがえるなっていうしね」
「ほかのこどもともあそんだりしたいよね」
ひそひそ声での会話となった。
ネルガル以外の子供と遊ばせてもらえないのは、何か理由があるのではと考えている為である。
彼らなりに遠慮したのだ。
「バーラかーさんはまえはじんるいさいきょうで、いまはせいぜいじょういっていってたなあ」
「こどもうんでよわくなったっていってたね」
ジークの言葉にフリードはうなずく。
二人から見たバーラはとんでもない強さだが、それでも弱くなっているらしい。
「いまはきゃさりんかーさんのほうがつよいんだって」
キャサリンは人類最強の戦士だと言う。
問題なのはトゥーバン王国には人外が複数いる事だろうか。
そのせいで彼女は、五指にも入れない。
「じんるいさいきょうではちばんめくらいって、やっぱりこのくにおかしいんじゃないかなぁ?」
「うーん、そもそもかみとかまおうとか、そんなにいるものなの?」
二人の疑問はつきない。