さんきょうだい
長兄ジーク、次兄フリード。
一国の王女を母に持つ二人は、意外と言えば意外な事に仲は悪くない。
「喧嘩すんな」
事あるごとに父親がそう言ったからかもしれない。
遊んではくれるものの、仕事をしているようには見えない父親だが、やはり可愛がってもらえると嬉しいものである。
そして二人には何故だか理解できない事だが、彼らの父親は周囲に多大な影響力を持っていた。
父親の言う事は大体通ったし、ほとんどの場合は意思を尊重されている。
「ちちうえってすごいんだな」
「たぶんね」
幼い兄弟はそう言い合っている。
彼らが仲いいもう一つの理由は、一人の妹のせいだ。
ネルガルと言って、アウラニースという魔王を母に持つ規格外児である。
「ふたりともー、なにしてるのー?」
二人の兄を見つけたネルガルは、駆け寄ってきた。
それを見て、二人は若干顔を引きつらせるが、何とか答える。
ほとんど兄の意地みたいなものだった。
「ちちうえってすごいのかなっていってたんだよ」
「おとうしゃまはすごいよ? おとうしゃまだから」
ネルガルは当たり前だという顔で答える。
理由になっていないと思ったジークだったが、言い返したりはしなかった。
この小さな妹は、父親の事となると全く融通が利かない事を知っているからである。
そして小ささからは想像もできぬ強さを誇る事も。
「そうだね」
そこで賛成しておくのだ。
そうするのが一番被害が少ないからである。
「せっかくだからネルもあそぶ?」
「うん!」
フリードの問いにネルガルは、元気いっぱいに答えた。
こうして見る分には幼くて可愛い妹である。
しかし、決して見た目に騙されてはいけない。
王城に住む全ての者が思い知っている。
「なにをするの?」
「かくれんぼ? おにごっこ?」
ネルガルが「わくわくオーラ」を出しながら質問をするが、二人の兄は顔を見合わせた。
どちらも妹は恐ろしく強いのである。
できれば違う事をしたいのだが、どうやって説得すればいいのか。
「ぼうけんにいかないか?」
ジークはダメもとで訊いてみる。
ネルガルはかくれんぼと鬼ごっこの次くらいに冒険が好きだからだな。
「ぼうけん? うん、いいよー」
満面の笑顔で答えたので、ジークは安堵した。
この妹はいったん機嫌を損ねたら実に面倒くさいのである。
「ふたりともよわっちいから、ネルがまもってあげるね?」
無邪気にそう言う彼女には、悪意は全くない。
二人の事を馬鹿にしている気配もなかった。
兄としては悔しさもあるが、ある程度は諦めている。
「うん、ネルはたよりにしてるよー」
ジークもフリードもあいまいな笑みを浮かべ、ネルガルを持ち上げた。
「ほう、お前達、どこへ行く?」
そこにやってきたのはアウラニースである。
「あ、おかーさん」
ネルガルがそう呼びかけた。
喧嘩する時は「ババア」扱いするのだが、普段はきちんと「おかあさん」と呼ぶのである。
何故ならばマリウスがいつもそう言っているからだ。
何よりも父親が大好きなネルガルとしては、守るしかないといったところである。
「おにーちゃまたちとぼうけんにいくの」
「お前達だけでか?」
アウラニースは困惑して訊き返す。
ネルガルがついていれば、そこらの犯罪者など秒殺であろう。
だからと言って許可が下りるかどうかは、全く別の問題である。
「だめなの?」
「だめだな」
アウラニースに即答され、ネルガルは「むー」とむくれた。
「なんでだめなの? ちょっとぼうけんするだけなのに」
「お前、手加減できないだろ。お前を野に放ったら、あらゆるものの原型がなくなりかねんわ」
心配事があるのは同じだからだ。
主に周囲の被害という意味で。
「ぶーぶーぶー」
ネルガルは抗議したが、ジークとフリードは何も言えなかった。
心配する内容と理由が全く同じだったからである。
ネルガルと外に出る時は、誰も絡んでこない事を祈る必要があるのだ。
でないとどれだけ修理費の類が必要になるのか分からない。
「何の騒ぎだ?」
そこへマリウスがやってきた。
ネルガルの顔が輝く。
「おとうしゃまー、おかーさんがいじわるいうの」
とててと駆け寄って抱き着き、甘えた声を出す。
「うん? どうしたんだい?」
泣く子も黙る帝王とも言われる男は、だらしない顔をして問いかける。
「おにーちゃまたちとぼうけんにいきたいんだけど、だめって」
一生懸命情けない声を出して訴える娘の髪を優しくなで、マリウスは言った。
「そうか。そりゃあだめだろうな」
「ええー……」
大好きな父親にまで反対をされ、ネルガルの顔は実に情けないものになる。
「ど、どうしてもだめなの?」
「うーん」
マリウスは悩んだ後に言った。
「アウラニースがついていけばいいんじゃないか?」
「どうしてそうなる」と彼以外の全員が思ったが、口には出さなかった。
「うん、まあいいけど」
アウラニースはしぶしぶと言った感じで承知する。
「げげ」と三人の子供達の顔がゆがむ。
しかし、親達の決定は覆られなかった。
「せっかくだから追いかけっこでもするか? オレが追いかけてやるぞ」
母の提案にネルガルはうなずく。
「いいよー、おかーさんをやっつけちゃうもんねー」
兄達は「ちょ」と言いかけたが、すぐに諦めた。
妹は言い出したら聞かないからである。
「じゃあ逃げろ。百の間、待ってやる」
「うん!」
ネルガルは二人の兄を抱えると「テレポート」を使った。
国のどこかにある森に移動している。
「え? まほうははんそくなんじゃ……」
ジークがもっともと言えばもっともな事を口にするが、妹は笑って答えた。
「きんしなのはおいかけてくるときだよー。にげるときはべつにいいっておとうしゃまもいってた」
「まあ、アウラニースさんあいてじゃ、まほうなしじゃにげれないもんなぁ」
フリードがそう言い、ジークも納得できてしまう。
「あとはまほうでけはいをけせばかんぺきだよねー」
ネルガルが魔法を使って気配を遮断する。
これで彼らを探す手段はなくなったはずであった。
「何だ、こんなところにいたのか?」
急に声がして驚いて振り向くと、そこにはアウラニースが立っている。
「ど、どうしてここが?」
「ただの勘」
慌てるジークにはそんな答えが返ってきた。
ネルガルは再びテレポートで逃げる。
今度はより遠いところへだ。
「びっくりしたー」
大きく息を吐くと、兄達も首肯する。
「ほんとだなー」
「かんでわかるってはんそくじゃないのかなぁ」
二人はぼやくと、背後で物音がした。
「そんなんでオレから逃げようなんて甘すぎるぞ」
言うまでもなくアウラニースである。
ネルガルは三度テレポートを使った。
そして次に「アタッチ」を使い、何とフィラート王国に逃げる。
ロヴィーサの故郷であり、その王城は彼女の実家とも言えた。
当然、そこに勤める人達はネルガル達の顔を知っている。
「かくまって!」
ネルガルにそう頼まれたメイドは、驚きながらもある一室に案内した。
この少女が逃げる相手など、アウラニースくらいのものだと知っていたのである。
三人は部屋にあるベッドの中にもぐりこむ。
「こ、ここなら……」
三人は息をひそめる。
だが、一分足らずでそれは打破された。
突然布団をめくられ、そこには紫の瞳があったのである。
「な、なんで」
慌てる子供達に母は言った。
「知らなかったのか? オレからは逃げられない」
アウラニースからは逃げられない、パート2