まったり
アウラニースはメリンダと戦っている。
面倒は嫌だと思ったマリウスだが、ここで戦わせた方が面倒は少ないと思い直したのだ。
アイリスとソフィアが万が一に備えて残ってくれるとの事なので、マリウスは久しぶりに自由になる。
「うーん」
アウラニースがメリンダの魔法で吹っ飛ばされるをの尻目に、マリウスは力いっぱい背伸びをした。
アウラニースの事で頭を煩わせなくていいのはいつ以来だろうか。
(どうすればいいんだろう?)
マリウスはやる事が思いつかず、困惑してしまう。
政治面の方は妻達と臣下達がやってくれている。
「傀儡王」「置物王」という呼称がついたほどだ。
いい加減教わった方がいい気はするのだが、だからと言って他人の作業量を増やしていいのかという気もする。
(それを口実に仕事から逃げているんじゃないからな)
何となく心の中で言い訳しておいた。
アウラニース対策を一手に引き受けていた反動が形になったと言うべきであろう。
その気になれば世界を滅ぼせる魔王を制御する事は、人類だけでなくこの世界にとっても重要な仕事だったのだ。
それがなくなってしまった今、マリウスの仕事がない。
(そのうち、暇王とでも言われるんじゃないかなぁ)
トゥーバン王国の初代国王は苦笑した。
色々な名をつけられているが、悪意は感じられないので怒る訳にもいかない。
彼が生まれ育った国では「言論の自由」「表現の自由」「思想の自由」が認められていた。
「思想の自由」を認めてしまうと国家運営に支障が出かねないので、全面的には無理だろうが、それ以外は構わないのではないかと思っている。
とは言え、マリウスでは「この世界のほどほど」が分からないので、結局人任せになってしまい、それがまた「丸投げ王」と言われる理由になるのだが。
マリウスが城の自室に戻ると、アルが既にいた。
猫を連想させる淫魔は、マリウスのベッドに顔をうずめてゴロゴロしている。
「アル?」
マリウスが呼びかけると、転がるようにカーペットに落ち、慌てて彼の方を見た。
「や、やり直しを要求します」
オロオロしながらそんな事をのたまった召喚獣に対し、
「何をだよ」
マリウスは呆れて答える。
アルは顔を真っ赤にしてうつむき、尻尾と両耳をしょんぼり垂れさせてしまった。
まるで思春期の少年が、好きな女の子の体操服の匂いを嗅いでる時、その女の子に目撃されてしまったかのようである。
そんな気まずい空気だった。
(俺はやらなかったけどな)
マリウスは埒もない事を考える。
彼はどちらかと言えば、スカートめくりをして怒られるタイプだった。
「どうかしましたか?」
そこへ偶然か偶然を装ってか、エルが顔を出す。
「あ、いや」
マリウスはどう説明するべきか迷う。
「召喚獣が自分のベッドでゴロゴロクンクンしていました」とは言えない気がする。
エルは主人の顔と僚友の顔を見比べ、ポンと手を叩いた。
「アルはご主人様の匂いを嗅がないと死ぬのです。ご容赦を」
「そんな体質じゃないよっ!」
アルは反射的に叫ぶ。
エルの助け舟を否定すると言い訳が余計難しくなると気づかず。
マリウスとしては別に追及したかった訳でもないので、さっさと話題を振る。
「エルはどうしてここに?」
「ご主人様の匂いを察して」
思わず後ずさりをして自分の匂いを確認した主人に向かって、
「冗談です」
エルはにこりと微笑んだ。
「笑えない……」
「申し訳ありません」
げんなりとするマリウスに、少しも申し訳なさそうでない顔で詫びる。
咎めても無駄だと理解する国王は、自分のベッドの上に寝そべった。
「ご主人様、アウラニースはいいのですか?」
そんなマリウスに淫魔二人が同時に問いかけてくる。
彼女達にとってもアウラニースのお守りが仕事だという印象が強いのだろう。
「うん。アウラニースは遊んでいるからいいのだ」
マリウスは清々しい笑顔で答えた。
「それはそれはおめでとうございます」
エルが爽やかに一礼する。
アルの方はそこまで言う気にはならなかったのか、ただ黙って一礼した。
「では失礼して」
エルは一言言うと、マリウスの右横に寝転がる。
それを見たアルが、「あっ」と叫んで主人の左横を確保した。
左右から密着されたマリウスは、「いつもの事だな」と思い、天井を見る。
それだけでは芸がない気がしたので、二人の尻尾を撫でてみた。
「ひゃん」
可愛らしい、どこか艶っぽい声を出しながら、淫魔達は黙ってされるがままになっている。
(こうしてのんびりするのは久しぶりだなぁ……)
マリウスはリラックスをしながらそんな事を考える。
死んでこの体を得てから気の休まる日々など果たしてあっただろうか。
初めはサバイバル生活、次に慣れない宮廷生活、その後は「英雄」としての生活、そして国王になってからはアウラニースとの日々だ。
骨休めができた記憶などない。
(あれ? 俺って実は不休で働いていたのか?)
タラリと嫌な汗をかく。
その割に疲労を覚えなかったのは、きっと「マリウス・トゥーバン」の体のおかげだ。
あのナイアーラトテッフに感謝するのは嫌だが、感謝すべきかもしれない。
マリウスとアルとエルが仲良くベッドの上に転がっていると、どういう訳かゾフィがやってきた。
「ご主人様。そしてアルとエルか」
マリウスを見て顔を輝かせ、両隣にアルとエルがいるのを見て仏頂面を作ったあたり、なかなか分かりやすい。
「二人とも、何をしている?」
元主人であり現上司であるゾフィの問いに、エルが答えた。
「ご主人様とごろごろしています」
物怖じしない態度に魔王となった淫魔のこめかみがけいれんする。
「お前な……」
怒鳴りつけたいのはやまやまだが、主人がすぐ側にいるのでためらわれた。
もちろんエルはそれを承知の上でやっている。
「主人の威を借りる気か」と叱っても、「負け犬の遠吠え」と切り返してくるだろう。
エルとはそういう性格であると、ゾフィはよく知っていた。
「ご主人様、私もご一緒しても?」
下を向きながら上目使いという器用な真似をやってのけられ、マリウスは苦笑しながらうなずく。
ここでゾフィのみ拒否する訳にはいかない。
主人の許可を得たゾフィは、嬉しそうに口元を綻ばせながらマリウスの上に乗る。
「失礼します」
直前にそんな事を言ったが、アルとエルの「ああっ」という声にかき消された。
マリウスはゾフィの柔らかい体を無言で受け止める。
国王のベッドは夜の営み用に大きいのだが、それは今無意味だった。
一人に三人が密着している形なのだから。
マリウスにとっては珍しい事ではないので、慌てずゾフィの耳をナデナデしてやる。
ゾフィは嬉しそうに頬を緩め、目を閉じた。
「む」
そんな声が二つ聞こえ、柔らかいものがよりマリウスに密着してくる。
(可愛いな)
淫魔達が互いに燃やす対抗心をマリウスはそう評した。
互いを攻撃したり毒を盛ったりするのは論外だが、より甘えようと競争するくらいならば大歓迎である。
ちなみにこの時のマリウスは、まだ「対エル同盟」の存在を知らない。
エルもアウラニースも告げ口をするような真似はしなかった。
三人の淫魔達に抱き着かれながら、マリウスはまったりとした時間を過ごす。
(たまにはこんな日もいいなぁ)
ぼんやりとそんな事を思う。
アウラニースがメリンダとの戦いに飽きるまではいけるだろうか。
彼女は決して飽きっぽくないので、意外と続くかもしれない。
淫魔達の体温に加え、外から日光が差し込んできて、マリウスの体をぽかぽかと温める。
段々と睡魔が活発になってきた。
(そう言えば、最後に昼寝をしたのっていつだったっけ?)
うつらうつらとしつつそんな疑問が浮かんでくる。
少なくとも、アウラニース襲来以降は一度もない。
となるとそれなりに前のはずだった。
(じゃあ、できる時にやっておくか)
そう思いマリウスは意識を手放す。
主人が寝た事を知った淫魔達は、体を離して寝やすい体勢を整えた。
「ゾフィ様、どうします?」
アルが小声で尋ねる。
ゾフィがエルを見ると、エルは主人の邪魔にならないように寝ようとしていた。
それを見た残り二人も急いでエルの真似をする。
三人の淫魔達もやがて寝入ってしまう。
その姿は、ゾフィ達を探しに来たエマによって発見される。
「おや」
マリウスと淫魔達が仲良く昼寝している姿を見て、次期侍女長候補はくすりと微笑み、涼しい風が入るよう手配した。
そして彼らの事は見なかった事にして退出する。
だが、話はそれで終わらない。
人の口には戸を立てられないとはよく言ったもので、どこからか「マリウスが昼寝をしていた」という話が広まる。
妻達は「たまにはいいでしょう」と好意的だったが、民達は「昼寝王」という新たなる呼称をマリウスにつけた。
「愛称なら何でもいいって訳じゃないんだが」
称号を増やしてしまったトゥーバン王はぼやく。
民衆に悪意がある訳ではなく、親しみの表れという事で、怒るに怒れなかった。
「一国の王が昼寝をしてもあだ名がつけられるだけならば、それでいいじゃないですか」
そう感想を言ったのはエルである。
そんな問題かと思ったマリウスだったが、そういう問題にしておけという意味があるのではないか、と深読みしたので黙っておいた。