ある歴史家によるマリウス記録
正直、私の筆力ではきちんとした読み物になるか怪しいと思う。
この文をご覧になって不安を感じた読者諸氏は、本を閉じた方がよいだろう。
それでも続きが読みたいという方は、私に期待しているのではなく、マリウス・トゥーバンという人物に興味があるのだろう。
私だってかの帝王の謎と魅力に取りつかれた一人である。
親の反対を押し切って歴史家になってしまった。
……ごほん、私の話は置いておく。
皆さんはどれだけ帝王マリウスの事をご存じだろうか?
かの人物の伝説を全てそらんじる事が出来る人は、果たして何人いるのだろう?
興味を持って調べる結果、少なくとも私がこれまで知らなかった事がいくつも浮かび上がってきた。
大きな戦いに関しては、世代や地域を越えて語り継がれているのだが、小さな出来事については、失伝してしまったものも少なくない。
順に紹介していこう。
一つ、マリウス対邪神ティンダロス。
これはとても有名で、様々な本になっているから今更語るまでもないかもしれないが、細かい部分の食い違いが散見される。
ティンダロスが引き起こした「ウトナピシュティム」で、いくつもあった大陸が沈み、残ったのは二つだけ。
これは共通しているのだが、マリウスがそれまで戦わなかった理由については複数挙げられている。
大陸間ごとで距離がありすぎる為、異変に気づくのが遅れたという説。
異変にはすぐに気づいてティンダロスに戦いを挑んだが、神を倒すのに時間がかかったという説。
そして最後に異変には気づいていたものの、他大陸はわざと見殺しにしたという説。
これは「反マリウス急先鋒」と言われる人々が唱えているせいか、あまり説得力は感じられない。
筆者もこれには反対だ。
というのは、マリウスは対ホルディア戦において、侵攻に加わっていた奴隷兵達を全員無傷で捕えるという離れ業をやってのけている。
そんな人物が果たして他大陸の人々をわざと見殺しにしたりするだろうか?
皆さんも問いかけていただきたい。
二つ、大魔王と呼ばれていたアウラニースの調略。
これはまた、人間業を超越した偉業であろう。
アウラニースと言えば、今でこそ人類の守護神と言われているものの、マリウスと出会うまでは、気まぐれに暴れ回る天災そのものだったという。
当時、二人の勝負は引き分けに終わったという説もあるが……マリウスが勝てなかったなんて、ちょっと信じられない。
きっと途中で意気投合しての引き分けだったに違いない。
三つ、西方擾乱の解決。
魔王や魔人をアンデッドに変えて操り、大陸西方を蹂躙した恐るべき魔人メルゲンの討伐。
魔人はともかく魔王を魔人が操れるのかという疑問がつきまとう話だが、ただのアンデッド達に蹂躙されるほど、当時の西方諸国は弱くなかったと言われている。
ただ、やはり首謀者が魔人というのは信じられない。
恐らくだが魔王が魔人のフリをしていたのではないだろうか?
四つ、東方侵攻軍撃滅作戦。
大陸東方において魔人アルベルト、魔人フランクリン、魔人パルらを含む数百万の魔軍が人類国家を襲撃、ベルガンダ帝国は滅亡。
その後、セラエノ、ランレオ、ボルトナーの三カ国へ同時進撃。
これをマリウスが特大魔法で消滅させた。
「破邪聖風」などと呼ばれているのだが、ただの浄化魔法ではという説がある。
ただの浄化魔法が三つの国に届くなんて、さすがのマリウスでもありえないと思うのだが、いかがだろうか。
これあたりの事実を調べるのは非常に難しい。
数百年も前、遠く離れた場所同士で同じ時、同じ事が起こっていたと証明しなければいけないのだ。
もし事実だとすれば、マリウスはこの時点で魔王を圧倒する力を持っていた事になる。
そんな馬鹿なと言う人がいるかもしれない。
しかし、だ。
後に大魔王アウラニースと互角に戦ったのである。
互角だったのはアウラニースが遊び半分だったから、という説もあるのだが、それでもアウラニースに本気を出させた点は確実だ。
多くの魔王を本気を出す事なく葬り去る力を持つ、アウラニースにである。
その強さに関しては疑う余地はあるまい。
さて、ここまで挙げたのが、俗にいう「帝王マリウスの四大業」である。
これを知らぬ者は、恐らくこの世界の生き物ではないだろう。
この結果として生まれたのが、有史以来最強国家のトゥーバン王国だ。
かつては帝王マリウスを筆頭に、世界の守護神アウラニース、吸血女神ソフィア、海女皇アイリスという超弩級戦力を擁していた。
事を構えようとする国が現れなかったのだが、腰抜け扱いする訳にはいくまい。
筆者とて絶対に敵に回そうとは考えないだろう。
何せ単独で一大陸を滅ぼしうる戦力が最低でも四人いたのである。
単純極まりない計算をしたとして、互角に戦うには大陸四つ分の戦力が必要だという事だ。
そしてマリウスとアウラニースは、世界滅亡の危機を救っているのだから、世界を滅亡させる力があったと言えるのかもしれない。
これ以上書くとただの礼賛になりかねないので、慎ませてもらおう。
「帝王マリウスの四大業」を知らぬ者は、恐らく赤ん坊くらいのものだろう。
だが、次からはどうだろうか。
続いて「帝王マリウスの珍記録」に移ろう。
これは下品な話だと眉をひそめる人も多いが、好きな人も多い。
一番有名なのは「一晩に九人」だろうか。
帝王に嫁いだ女性と言えばロヴィーサ妃とバーラ妃が有名だが、他にも愛妾は存在した。
確認されているのがアウラニース、キャサリン、アイナ、レミカ、ゾフィ、アル、エルである。
エマやアイリス、ソフィアらにも手を出していたという説はあるが、残念ながら証拠が見つかっていない。
マリウスの子を産んだのが上記七名、両妃を含めて九名なのである。
ジークとフリードを筆頭とする、マリウスの子供達については、今語るのはよしておこう。
次の珍記録、「助けてエル」と言った回数、推定三千回だそうだ。
本当に数えていたのか疑問なのだが、マリウスだけでは解決案を出せそうにない出来事が大体これくらいだという。
ちなみに「助けてエル」ではなく、「助けてエルえもん」と言ったのが正確だという説もあるのだが、筆者は信じていない。
「エルえもん」だと意味不明になるではないか。
エルは普段、エルとしか呼ばれていなかったのだから。
何者かが悪意を持って歪んだ事実を伝えたのかもしれない。
マリウスは敵らしい敵はいなかったのだが、内心嫌っていた者は意外といたのではないか、というのが筆者の予想である。
神の如き力を持ち、国を手に入れ、何人もの美女を侍らせた男だ。
それでいて、素性は不明だったりするのだから、歴史や血統を重んじる輩にしてみれば、さぞ不愉快な存在だっただろう。
マリウスがその名を現代にまで伝えているのは、圧倒的な強さと実績で、そういった輩が発する騒音を封じ込めてきたからに相違ない。
もっとも、全てをマリウス一人の手柄とするのは乱暴であり、不公平だと言う事も出来ると思う。
当時のフィラート王、ベルンハルト三世がマリウスの事を見出し、信用して力をふるう機会と、功績に見合った褒賞を与えてきたのだ。
これが暗愚な王であれば、圧倒的な強さを恐れて暗殺を試みたのではないだろうか。
マリウスを暗殺できたかはさておき。
マリウスを暗殺と言えば、これまた当時のホルディア王、アステリアが試みたのではという声がある。
ホルディアの凶王アステリアは、マリウスとは全然違った意味で有名人だ。
彼女によってもたらせた流血量は、ターリアント史上でも屈指だと言う。
彼女は周囲には意味不明な論法を振りかざし、圧政を行っていたそうだ。
ただ、不思議な事に彼女の評価は極端までに真っ二つに分かれている。
「最大数の幸福を実現する為に流血を厭わなかった、賢明な君主」という説は噴飯ものだと思う。
「結果的によかっただけで、傲慢で愚かな事を何度も強引に行った暴君」という説を筆者は支持している。
しかしながら、彼女に功績がないと決めつけるのも不公平だろう。
今日も大陸各地で使われている「魔動機関」、「魔動車」、「飛行車」といった発明をやってのけた大天才イザベラ。
大陸西方のモンスター全てと親友とまで言われた、モンスターマスターアネット。
この二人を見出したのは他ならぬアステリアなのである。
他にも「暗黒魔女ミレーユ」と呼ばれた魔法使い、「屍山のバネッサ」と呼ばれた暗殺者、二人の人類最強クラスも従えていたそうだ。
マリウスがいなければ、ホルディアが大陸統一を果たしていた、と主張する人がいるのは無理もない。
魔王や魔人を考慮しなければの話だと付け加えた方がいいだろう。
アネットは最強クラスのドラゴン、ヴリドラを二頭も使役していたと言われているから、魔人くらいならば倒してしまったかもしれないが。
ホルディア勢は、ある意味マリウスのせいで英雄になり損ねた、という評価は好意的すぎるだろうか。
……話が逸れてしまったのでそろそろ戻ろうと思う。
後、マリウスの珍記録と言えば、「アウラニースと勝負した回数」だろうか。
アウラニースと何度も勝負したのに、何で世界は無事なのか、と驚く人は多いかもしれない。
むしろ驚かない人が少数派だろうか。
これはマリウスの偉業とも言うべき事で、力と力がぶつかりあう展開がなかったからだ。
でなければ、今頃地図はもっと違ったものになっていたに違いない。
アウラニースの手綱を握って制御する、というのはこの世で最も凄い事ではないだろうか。
もちろん、邪神討伐も凄い。
どちらが凄いか、少なくとも筆者の判断には余る事だ。
おっと、珍記録に戻ろう。
と言っても他の珍記録はあまりない。
ある事はあるのだが、皆さんご存知ではないだろうか。
妃同時妊娠事件とか、愛妾同時事件とか、新大陸創造とか、新生命をアウラニースと競作したとか。
マリウス伝説が今日でも色褪せないのは、ただ単に偉業を成し遂げただけでなく、珍妙な話も残っているからではないだろうか。
我々にとってマリウスは完璧な偉人ではなく、どこか間が抜けたところがある、親しみが持てる英雄なのだ。
英雄や偉人に完璧さを求める人にとっては不愉快かもしれないが。
きっと数百年後も、マリウス伝説は語られるのではないだろうか。
編集「ボツですね」
作者「…………」