頑張っているデカラビア
そいつらと出会ったのは偶然とは言えない。
アウラニース様は戦って楽しい相手を求めていたし、俺達魔を目の敵にする奴らにしてみれば、アウラニース様は敵の首魁となる。
「お前が魔王アウラニースだな」
そう言ったのは人間族の若い女だった。
一緒にいるのは竜人族の戦士、エルフ、ドワーフ、人間の年寄りだ。
「そうだ。お前達は?」
アウラニース様はつまらなさそうな顔で、義務的に質問する。
この方にしてみれば人間達なんて、吹けば消し飛ぶ存在でしかないからだろう。
「私はメリンダという。お前達を討ちに来た」
「へえ?」
アウラニース様はそこで初めて興味を持ち、奴らをじろじろと見る。
そして一つ頷いた。
「なるほど。最近各地で魔王がやられているらしいが、それはお前達の仕業だな?」
その言葉にアイリス様、ソフィア様を始め、俺達に緊張が走る。
アウラニース様と同格扱いは出来ないけど、魔王と呼ばれる方々が何人も倒されたり封印されているという話は聞いた事があった。
それをこいつらが……?
「そうだ。そしてお前という存在にとうとう行き着いた」
メリンダと名乗った女は、杖を構える。
他の奴らもそれに呼応するかのように、一斉に戦闘態勢に移った。
俺やザガンは慌てて身構えたけど、アウラニース様はのほほんとしている。
「ふん。魔王を倒せるなら、弱い者いじめにはならんな」
そう言うと前に出る。
「遊び相手が欲しかった事だし、相手してやるよ」
メリンダはそれを聞いても表情を動かさなかったが、ドワーフが不愉快そうに言う。
「ずいぶんと舐められたもんだな。最強の魔王らしいが、俺達だって魔王を倒しているんだぜ?」
「侮ってもらった方がありがたいですけどね」
エルフがドワーフに向けてそう言う。
そりゃそうだな。
油断しているところに必殺の一撃をずとんと叩き込む、それが一番安全で確実な戦法だ。
でも、アウラニース様には通用しないと思うよ。
この人、勘だけで避けるからなぁ。
「【ラディウス】」
メリンダが不意打ちで魔法を唱える。
目が潰れそうなくらい眩しい光が周囲一帯を覆う。
「メテオバーン」
アウラニース様がいた地点にエルフが矢を放つ。
閃光のような速さで到達し、大きく爆発した。
見事な先制攻撃だと思う。
俺だったら二、三回は死んだんじゃないだろうか。
だけど、生憎アウラニース様なんだ。
砂塵が晴れた時、アウラニース様は無傷で立っていた。
エルフが射かけたであろう矢を掴んだままで。
「そ、そんな……」
「馬鹿な」
メリンダ達は驚きを隠せないでいる。
あんな不意打ちで倒されるくらいなら、誰も苦労しないのにな。
と思ったけど、よく見たらアウラニース様は薄い魔力の壁を展開していた。
アウラニース様が防御しなきゃいけない攻撃を出すなんて、こいつら凄いんだな。
「まさかと思うが、もう終わりか?」
アウラニース様は不意打ちをされて怒るどころか、後続の攻撃が来なかった事に不満そうだった。
さすがとしか言いようがない。
「大魔王などと呼ばれるだけはある。魔王の中でも別格だというわけだ」
竜人が苦々しげに言う。
そりゃそうだろう。
ダントツで最強だから大魔王なんて呼ばれたりするんだよ。
「考え方を変えれば、こいつを倒せるなら他の奴も倒せる」
ドワーフがそう意気込む。
それもそうだと思うけど、何も一番強い存在に向かわなくても、弱い順に狙っていけばいいんじゃないかな。
もっともそれをやられると俺が真っ先に狙われてしまうんだけど。
「お前ら、手を出すなよ」
アウラニース様は俺達にそう釘を刺したけど、誰も手を出す気はなかったと思う。
アウラニース様が負けるなんて考えられないし、変に手を出したら殺されるだろうし。
もっとも、本当に危なくなったらアイリス様とソフィア様は加勢すると思うけどね。
当然俺もだ。
アウラニース様を窮地に陥れるような奴相手じゃ何も出来ないだろうが、見殺しにするつもりはない。
が、少なくともこいつら相手にそんな展開はならないだろうな。
多分だけど、こいつらならアウラニース様は真の姿に戻る必要さえないだろう。
竜人が勝機と見たのか、大剣で斬りかかる。
一瞬で距離を詰めたのは凄いけど、アウラニース様は振り向きもせずに片手で止めてしまう。
「直線的すぎるから零点だな」
採点する余裕を見せつけて。
連中はもう驚かなかった。
「【コンゲラーティオ】」
「アグラべーションインパクト」
「ミーティアス」
そこへ襲いかかる氷結魔法、ドワーフの戦槌攻撃、エルフの射撃。
凄まじい音が轟き、暴風に俺とザガンは後ろに飛ばされる。
これは強烈だな。
魔王が倒されたのも納得だよ。
アウラニース様じゃなかったら、死んでいるんじゃ?
連中は今度は攻撃を止めようとせず、更に波状攻撃をしかけてくる。
が、暴風が発生し、連中は吹っ飛んでいく。
「つまらん。飽きた」
そんな声が聞こえてくる。
言うまでもなくアウラニース様だろう。
何と服がぼろぼろになっただけで、傷一つ負っているようには見えなかった。
さすがにこれには俺もびっくりだわ。
傷の一つや二つくらい、負っているとばかり思っていた。
メリンダ達も同様で、信じられないものを見るような目でアウラニース様を見ている。
いやだってアウラニース様だし、と俺なんかは思うが、彼らはそう割り切れたりはしないんだろうな。
「な、何なんだこいつ……」
ドワーフがうめく。
他の面子も顔色が蒼白になっている。
「まさかこれほどまでに差があるなんて」
メリンダが悔しそうに唇をかむ。
どうやら打ち止めらしいな。
「もう終わりか?」
アウラニース様ががっかりしたといった表情で声をかけると、奴らは一斉に体を震わせる。
「命乞いはしない。殺すなら殺せ」
メリンダが覚悟を決めた顔でそう言い放つ。
他の面子もそれに倣った態度を見せる。
恐らくこいつらは殺されないと思うけど。
「ほう? その潔さ、少し気に入ったぞ」
ほら、凄く嬉しそうな声を出しているよ。
アウラニース様、強くて潔い奴が大好きだからな。
「今度会う時まで、今より強くなってこい。オレを倒せるくらいにな。この場は見逃してやるよ」
「何だと。そんな情けがいるものか」
竜人が怒る。
そしてそれをメリンダが止める。
「よせ、ガノフ。我々は恥辱を味わうかどうか、選ぶ権利すらないんだ」
「くっ」
悔しそうにしている竜人、割り切っているメリンダ、どこかほっとしているエルフ、ドワーフと表情は様々だ。
「ここは言葉に甘えてひかせてもらう。きっと見逃した事を後悔させてみせるよ」
「うむ。またの挑戦、待っているぞ」
アウラニース様は、敵意に燃えるまなざしと言葉を心地よさそうに受け止める。
メリンダ達は撤退して行った。
彼らが去った後、ザガンが話しかける。
「アウラニース様、もしあいつらが強くなっていなければ?」
「ん? 強くなれない奴になんて興味ないな。人間だから成長の余地はまだまだあると思うんだがな。あいつら、全員若かったし」
アウラニース様は、一目見れば大体年齢や強さ、成長の可能性が分かってしまうらしい。
俺やザガンはそれで拾われたようだ。
もっともあくまでも「大体」との事だが。
ただ、アウラニース様の「興味がない」は、「横取りしていい」と同じ意味なので、あいつらの命は保障されなくなっちゃうなあ。
強くなっていればいいだけなんだけど。
そしてそれは俺達にも言える事だ。
俺達は成長が頭打ちになったからと言って殺されはしないが、見捨てられてしまう。
「仲間」と言える奴らは結構いたのに、今も残っているのはザガンを含めても数名だけ。
俺も無関係じゃないんだよな。
頑張って魔人にはなれたけど、それじゃダメだ。
だってまだアウラニース様に名前で呼ばれた事がないんだから。
当面の目標は、アウラニース様に名前を呼んでもらう事だ。
頑張らなきゃ。
「さて、暇になったな」
アウラニース様がそうつぶやく。
アイリス様とソフィア様を除く面子に緊張が走る。
さて、今度は何が飛び出す?
個人的には海のモンスターを狩れとか、ドラゴンの巣に特攻しろってのは勘弁してもらいたいなあ。
「じゃあお前ら、ドラゴンを狩ってこい」
石を拾って来いなんて言うような気軽さで命令が下される。
失敗したり出来なくても殺されたりはしないが、やる前から拒否すると殺される。
「臆病者はいらん」と言って始末されちゃった奴はいるのだ。
「どこにいるか分かりますか?」
そう言ったのはザガンだった。
そうだよな、俺達は全部で四匹だけど、命令を果たすにはドラゴンが四頭必要である。
アウラニース様は質問を予期していたのか、怒りはせず
「あっち、こっち、そっち、むこうにいる。気がする」
勘を示してくれた。
知らない奴にしてみればいい加減すぎるんだろうけど、これまでに外れた事がないからなぁ。
俺達はそれぞれの方向に赴く。
俺の相手はどんなドラゴンだろ。
ブルードラゴン系統は勘弁して欲しいけど。
前に戦った時も大変だったし。
水や氷はスライムな俺と相性が悪いんだ。
皆は飛んだりしているけど、俺だけ地面を転がっていく。
俺はラーニングというスキルを持っている反面、ラーニングしたものしか使えないという問題点を抱えている。
例外はスライムなら誰でも使える体当たりくらいだろうか。
アウラニース様が示した方角に向かって進んでいくと、山が見えてくる。
何だか嫌な予感がしてきたな。
山に住んでいるドラゴンって、レッドドラゴンだと思うが……。
上位個体とかじゃないよな?
アウラニース様が選んだ相手だから、勝ち目はあると信じたいところだが。
思い直せば、きつい敵が多かったからなあ。
転がりながら山に侵入すると、どこをどう見ても火山だった。
火山を縄張りにしているドラゴンで一番弱いのはレッドドラゴンである。
こいつは動きも鈍重だし、攻撃も単調だから魔人となった俺にとっては強敵ではありえない。
問題はサラマンダーやファイアドレイクなんだけど……目の前で威嚇の唸り声を上げているのは、大きな四枚の翼を持ち、背が上に向けて伸びている真紅の鱗を持ったドラゴン。
どう見てもファイアドレイクだった。
俺、生きて帰れるだろうか?
「スライムの魔人が我の縄張りに何の用だ?」
迫力と威厳があって怖い。
でも、戦わずに逃げ帰ったら間違いなく殺される。
アウラニース様とファイアドレイク、どっちと戦う方が生き残れる可能性があるかだなんて、考えるまでもない事だ。
「恨みはないが俺の為に死んでくれ」
そう言うと目の前の溶岩ドラゴンは笑った。
「雑魚魔人風情が生意気な」
吹きつけてくる威圧感は一層重厚なものになる。
ファイアドレイクは口を大きく開き、ブレスを吐いてきた。
やばい、あれは「ヴォルケーノブレス」じゃないか。
転がって必死に避ける。
その横を灼熱の液体が凄い勢いで通過していった。
俺は氷や水が苦手だが、最も苦手なのが「高熱の液体」である。
そんな事が出来る奴って意外といないのだが、目の前のドラゴンはその少ない例外と言えた。
「ほう、避けたか」
響く笑い声には嘲弄がこもっている。
せいぜい油断していてくれ。
俺は「ワープ」を使って背後を取り、「コールドブレス」をお見舞いする。
「ぬがあああ」
まともに浴びたファイアドレイクは苦悶の声を上げた。
そして「ライフドレイン」を発動させる。
「ぬうう」
尻尾を振り回してきたので「ワープ」で避けた。
そして死角からコールドブレスを浴びせる。
続けて「ライフドレイン」のコンボ攻撃。
ただのレッドドラゴンなら、これでかなりダメージを与えられるのだが。
「おのれ」
ファイアドレイクは怒って飛び上がった。
やばいな、空に逃げられると。
「死ね」
ヴォルケーノブレスの砲弾を雨の如く撃ってきた。
逃げ場がない。
「ワープ」で避けても空中じゃ狙い撃ちにされるだけだ。
一箇所だけ例外はあるが……のるかそるかだ、やってみよう。
俺はファイアドレイクの背にワープした。
「な、何だと」
驚き慌てるファイアドレイクに向かって「コールドブレス」撃ち、「ライフドレイン」を使う。
面倒だがスキルを同時に発動させる事は出来ないのだ。
いつか出来るようになりたいとは思う。
ファイアドレイクは必死に俺を振り落とそうとするが、ワープを小刻みに使ってそれを阻止する。
魔力の消耗が激しいが、それは「ライフドレイン」で補えていた。
他の攻撃はまだしも「ヴォルケーノブレス」は一発でも食らうと死にかねないので、俺だって必死である。
ちまちまと体力を削り続け、何とか倒しきった時、俺もへろへろだった。
「か、勝った?」
上位のドラゴンは知能も高く、死んだふりする場合もある。
万が一に備え、「ライフドレイン」を発動させてみた。
うん、効果がないところをみると本当に死んだな。
俺はアウラニース様に戦勝報告をするべく、転がり始める。
山の外に出ると、太陽が空から顔を出しているところだった。
半日くらい戦っていたらしい。
ファイアドレイク、強かったもんな。
ライフドレインで回復出来なかったら、死んでいたかも。
ワープを使えなくても死んでいたな。
無事、アウラニース様達の下に帰るとザガンだけがいた。
俺がありのままを報告すると、
「ブレスをラーニングしないと意味ないだろうがっ!」
アウラニース様に怒られた。
いや、ラーニングしようとしていたら死んでいたと思うんですが。
「アウラニース様。彼の実力ではまだ、それは無理でしょう」
ソフィア様がとりなしてくれた。
おかげで何とか命拾いしました。
そしてザガン以外は失敗して殺されたらしい。
とても残念だ。
これから寂しくなっちゃうなぁ。
一緒に頑張って来たのに。
あいつらも魔人だったのに殺しまくるとか、上級ドラゴンっておっかないな。
バジリスクとかヴリドラとかだっけ。
メリンダ登場。
彼女は努力型の苦労人です。