アカシック・レコード
神の力を手にしたマリウスだったが、それ故にオリハルコンやヒヒイロ鉱石は不要となってしまった。
アウラニースの全力に耐えられる結界を張る事が可能になったのである。
「これイジメですよね? 私、怒ってもいいですよね?」
イザベラは泣き怒りながらホルディアに帰って行ったが、皆が同情的だった。
せめてもの詫びにとオリハルコンとヒヒイロ鉱石は、ホルディアへの贈り物とする。
もっとも、戦いがなくなった今、贈られても困るだけかもしれないが。
(そのへんはあの女に期待しよう)
性格の悪いアステリアならば、何かいい案をひねり出すかもしれない。
むしろひねり出せとマリウスは思った。
戦いがなくなったとは言え、為政者がすべき事は山積みである。
と言ってもマリウスがする事はそれほど多くはない。
他国からご機嫌伺いにやってくる使者と会ったり、臣下達が作成した書類に判子を押すくらいだ。
マリウスが政治家として役立たずなのは周知の事実だし、妻達の方がずっと優秀である。
「邪魔にならないから構わないさ」「あの人の役目は政治以外の部分にあるし」と臣下に思われていた。
そしてマリウスの役目の中で一番大切な事はアウラニースを構う事である。
「なあなあ、修行しようぜ? ラグナロクと合成禁呪の撃ち合いやろうぜ?」
子供達が「鬼ごっこでもしようぜ」と言うようなノリで、恐ろしい提案をしてくる魔王とマリウスはお茶を飲んでいた。
「嫌だね。うっかり力を振るったらまずいだろうし」
マリウスは断るが、アウラニースは引き下がらない。
「でも神の力を使う訓練はしておいた方がいいんじゃないか? その訓練に付き合えるのってオレくらいじゃないか?」
「それはそうだけどな」
決して馬鹿ではない点が、この魔王の厄介なところだとマリウスはため息をつく。
ちらりとアイリス、ソフィアを見るが二人は沈黙を守っている。
助け舟を出す気はないらしい。
妻達は業務に追われているし、ゾフィ達は地域の巡視に行っていて、今いるのはマリウス専属侍女のアイナ、レミカくらいなものだ。
(皆の邪魔をしないってのは、立派な仕事なんだ)
心の中でだけ、誰ともなく言い訳してみる。
「ラグナロク、三連!」
アウラニースはいきなり「ラグナロク」を三連発してきた。
マリウスはワープでそれをかわす。
そして驚愕を隠せずに問いかける。
「連射出来るのか、それ」
「修行したら出来た」
アウラニースに朗らかに答えられ、マリウスはげっそりとした。
(さすが“理不尽ニース”だわ)
威力を保ったまま連射とか、理不尽にも程があると思う。
「ぼくがかんがえたさいきょう」を地で行っているのではないだろうか。
「いや待て。いつ修行してたんだ?」
そんな時間あったかとマリウスは疑問に思った。
「ん? お前らが寝ている間だよ。暇だったから、大陸跡地に行ってさ。あ、ちゃんと誰も殺してないし、壊したりもしてないぞ」
慌てて言い訳したりしているが、そんな事はもうどうでもいい気がする。
「そう言えば、お前らは別に寝なくても平気だったっけ」
「うん、一年くらいならな。それ以上だとさすがに少し眠い」
「そうですか」
突っ込んだら負けだとマリウスは肩を落とす。
確かにこんな奴、野放しには出来ない。
マリウスにしか出来ないので、マリウスが制御するしかない。
「戦いが終われば平和になる。そう思っていた時期が俺にもありました」
短い平和だったよな、と思う。
「何を言う。生きてる限り、平穏とは無縁なんだぞ」
アウラニースは楽しそうに笑う。
「強い奴が見つからなくて八つ当たりしていたって、ソフィアが言っていたんだが」
「聞こえんなー」
アウラニースは再び「ラグナロク」三連発してくる。
(やれやれ)
とりあえず満足するまで付き合うしかないようだ。
アウラニースのおかげでモンスター達の被害がなくなったのだから、ある程度は報いねばならない。
ただ、それでも言っておきたい事はある。
「子作りもこれくらい熱心にしろよ」
マリウスがそう言うと、アウラニースは舌を出した。
「嫌だね。こっちの方が楽しいし」
いつもアウラニースはこう返してくる。
マリウスは反論出来なかったのだが、今日は違う。
エルに更なる切り返し方を教わってきたのだ。
「そんな事を言って怖いから逃げているんだろう?」
「む」
アウラニースの動きが一瞬止まる。
「強い奴と戦うのが楽しいと言いつつ、ベッドで俺と戦うのは嫌なのか。案外、臆病なんだなあ」
「ぬぬぬ」
アウラニースの顔が真っ赤になり始めていた。
(効きまくっているな)
マリウスも驚いたくらいの効果である。
彼としては「こんな単純な挑発、効くのか」と疑問だったのだが、助言したエルは「アウラニースですよ? 単純です」と自信たっぷりだった。
どちらが正しかったのか、目の前のアウラニースを見ればよく分かる。
「いいだろう。今日はお前を倒してやる。明日、寝不足って文句を言うなよ!」
アウラニースは右人差し指を突きつけ、そう宣戦布告してきた。
「返り討ちにしてやるわ」
「ぐぬぬぬ」
マリウスがそう笑うと、アウラニースは真っ赤な顔で悔しそうに唸る。
これまではアウラニースの全敗なのだ。
マリウスが「性王」と呼ばれる理由の一端かもしれない。
「アイリスとソフィアにも手伝わせてやるからなぁ」
アウラニースはそう叫んで逃げ出した。
「ちょ、待て。それは反則……」
アウラニース単体ならば問題はない。
その後で妻達の相手するのも構わない。
ゾフィとアルは空気を読んだエルが操縦してくれるから大丈夫だ。
問題はアイリスとソフィアが参戦してきた場合である。
(いや、待てよ)
アイリスとソフィアが房事に参加してきた事はない。
勝手にやってくれという姿勢を崩した事はなかった。
健全な男としては割と残念ではあるが、敵の強大さを考えるとむしろありがたいかもしれない。
せっかくなので、アウラニースがいなくなった後も訓練を続ける。
少しずつであるが神の力にも馴染んできたし、それ故に判明した事があった。
世界は無数に広がっていて、ここも元の世界もその一部という事である。
ここはゲームを元にした世界などではない。
この世界と瓜二つな設定のゲームを偶然作った人間がいただけのようだ。
ナイアーラトテッフがマリウスを選んだのも、マリウスならば馴染みやすいと判断した為らしい。
いくつもの計算違いのせいでかの神は滅び、マリウスは生き残ったのだが。
ナイアーラトテッフの記憶によると、元の世界の人間達の想像力は驚嘆に値するらしく、似たような例はいくつもあるとか。
(アカシックレコードを読み取る人間、か)
別の世界によく似た設定のゲームをいくつも作られているのが、ただの偶然とするのにはさすがに無理がある。
アカシックレコード……無数にある世界の創造から滅亡までが全て記されているそれを、断片的に読み取った者がいるのでは。
というのがナイアーラトテッフの推測だった。
全てを読み取るのは神をもってしても不可能らしいが、断片を一瞬見る程度ならば、ただの人間でも可能だとか。
そして全てを読み取れないからこそ、神であっても敗れて滅びる事がある。
マリウスは神の力を使い、アカシックレコードへの接続を試みた。
知りたい事があったのである。
もし、元の世界に帰還を試みた場合はどうなるのか。
もし、この世界に転生させられなかった場合は。
アカシックレコードは教えてくれる。
山田隆司があの日、死ぬ事は確定事項だった事を。
転生させられなかった場合、植物に生まれ変わっていた事を。
そして、元の世界に帰還を試みた場合、この世界か元の世界のどちらかが、必ず滅びる事を。
「ふう」
マリウスは疲弊し、接続を中断する。
もしかしたらベストな未来も記されているのかもしれない。
しかし、神の力でもそれを探し当てるのは不可能だ。
(まあ仕方ないよな)
寂寥感がないと言えば嘘になるが、今の世界を放棄するつもりはない。
アカシックレコードに接続したのは、あくまでも諦める為だ。
今の世界を捨てたいなど思えば罰が当たる、とマリウスは思う。
神の力を得たマリウスに罰を当てられる存在がいるのかどうか、不明ではあるが。