最終話「ネクストライフ」
マリウスが夢の中でナイアーラトテッフと戦っている間、復興準備は進められていた。
実際に指示出す者達が健在だったのが、不幸中の幸いである。
「まだまだ始まったばかりですけどね。ゾフィ達は働いてくれますが、アウラニース達が非協力的で……」
ロヴィーサが一旦言葉を区切り、何かを期待するような目をした。
それを見て取ったマリウスが、アウラニースに向いて言葉を発する。
「協力してやってくれ」
「む? オレは壊すのは得意だが、直すのは苦手だぞ」
自慢にならない事を胸を張って言う女魔王には苦笑させられるが、笑ってばかりもいられない。
「そこはほら、復興の邪魔になるものを壊していくとか」
「それなら私達でやっています」
横から口を挟んだのはゾフィであり、アルとエルも頷く。
彼女達の尻尾は、褒めてもらいたそうに動いていた。
「そうか。ありがとう。ゾフィ、アル、エルはいい召喚獣だな」
マリウスがそうねぎらうと、三人の淫魔は嬉しそうに耳と尻尾を動かす。
こういう時、名前を省略してはいけないのである。
一度省略したら、された者達が「不公平」だと拗ねてしまった事があった。
(女って面倒くせえ)
言葉には出来ないマリウスの本音である。
「少しいいですか?」
そこで手を挙げて発言許可を求めてきたのはバーラだった。
「どうした?」
「どうせアウラニース達に手伝ってもらうなら、モンスター達の方を何とかしてほしいと思います。住処がなくなったのか、エサがなくなったのかは分かりませんが、人里までやってきて暴れるモンスターが後を絶ちません。ゾフィ達が追い払ってくれていますが、復興の大きな妨げになっています」
マリウスは目を丸くし、ゾフィに尋ねる。
「そんなに多いのか?」
「はい」
返ってきたのは即答だった。
「私がいる場所では寄って来ないのですが、私一人では自治領全域を守りきる事が出来なくて……」
申し訳なさそうな顔をしながら説明する。
耳と尻尾はしょんぼりしたかのように垂れていた。
マリウスはアウラニースの方を見る。
「モンスター達の統制をアウラニース達に頼みたい。人間と仲よくやれって」
「ん? あいつらだって生きる為に必死なんだろ」
アウラニースの反応はそっけない。
生きる為にあがく、という行為を否定する気はないのだ。
「いや、死ねと言っているんじゃなくて、人間と仲よくしろって言いたいだけなんだが。それとも人間がエサなのか?」
「んー」
アウラニースは考え込み、そしてソフィアを見る。
「人間を食わなきゃ生きていけない奴っていたっけ?」
「いいえ。人間が好物という輩はいますけど、人間しか食べられないモンスターはいないはずです」
「じゃあいいか」
アウラニースにしてみれば、生きる為に人間を襲う行為は当然だし、そこまで人間に肩入れするつもりもない。
しかし、人間を襲わなくても生きていけるならば話は別だ。
「ちょっとシメてやるよ。んで人間を襲わないように言い聞かせればいいんだな?」
アウラニースは笑いながら両手をポキポキ鳴らす。
「ああ」
マリウスは頷くとアウラニースは部屋を出て行く。
綺麗ではなく獰猛といった形容がぴったりで、それを見た者達は思わずモンスターに同情した。
「やりすぎないよう監視してきます」
ソフィアがそう断って出て行ったのも、もっともだとしか思われなかったくらいである。
「人間にちょっかい出すなら、オレが相手だ!」
アウラニースのその宣言は、ターリアント大陸の東半分に轟いたという。
俗に言う「アウラニース宣言」である。
それを聞いたモンスターは、言った相手がアウラニースだと知り、大混乱に陥った。
「ど、どうするんだよ?」
「こっそり襲うか?」
「ばれたら殺されるぞ」
アウラニースの事は、多くのモンスターが知っている。
最強の魔王であり、理解不能の災厄であると。
彼らにしてみれば、アウラニースを敵に回してまで人間を襲う価値などない。
しかし、全てのモンスターがそう思ったわけではなかった。
「アウラニースは弱い者いじめはしないんだろう? いいのかよ?」
そう言い放った者がいる。
ひっそりと生き残っていた魔人だ。
そんな魔人の言葉をアウラニースは鼻先で笑い飛ばす。
「確かにオレは弱い者いじめをした覚えはない」
だがと続ける。
「虫けらを踏まぬように避けた事もない」
つまり自分の意に反する虫けらは踏み潰すと宣言したのだ。
「アウラニースがなんぼのもんじゃあ!」
一人の魔人がそう叫び飛び出すと、それに続く魔人が数人いる。
彼らは他の大陸から移ってきた、アウラニースを見た事がない者達であり、それ故の無謀さであった。
アウラニースはそれを見ても迎え撃つ姿勢を取らない。
「ああ?」
ただ殺気を込めて睨んだだけである。
「ひっ」
それだけで魔人達は突進を止め、足元から崩れた。
「あばばば」
更には全身を震わせ、涙と糞尿を垂れ流して気絶してしまう。
それを見ていた他のモンスター達も、魔人達の無様さを笑わなかった。
アウラニースの殺気に当てられ、気絶する者が続出し、笑うどころではなかったのである。
「お前らごときがオレに盾突こうなんて、五千万年早いぞ」
「は、はいぃぃ」
数少ない、気絶しなかった者達は、必死で首を縦に振る。
彼らも目に涙を浮かべ、糞尿を垂れ流していたが、そんな事はどうでもよかった。
とにかくアウラニースの怒りを解きたい一心だったのである。
「他の奴らにも伝えろよ。オレの言う事を聞かない奴は、オレ直々に殺しに行くってな」
「は、はいぃぃぃ」
こうして悲劇は回避された。
ただ、悪臭が周囲一帯に立ち込めると言う別の悲劇が起こったのだが、
「アウラニースが怒ったのに、臭いだけですんでよかったじゃないか」
マリウスがそう言うと誰も反論出来なかったのである。
一歩間違うと大陸存亡の危機なのは、皆が理解していたのだから。
ただ、マリウスに宛てて「アウラニースをちゃんと首輪でつないで下さい」という嘆願が殺到したのも事実だった。
「暴れなくなっただけでも進歩じゃないか。なあ?」
マリウスの言葉にソフィアとアイリスが頷く。
「今までなら、大陸の何割かが消し飛んでいましたね」
「アウラニース様は、我慢を覚えたな」
「何だか納得がいかないぞ!?」
褒められると思っていたアウラニースは、褒められた気がしないとむくれる。
マリウスはアウラニースに近づき、髪を優しく撫でた。
「いや、我慢してくれてありがとう。お前のおかげで助かるよ」
そう微笑みかける。
「お、おう。分かればいいんだ、分かれば」
アウラニースは頬を赤らめ、小声でごにょごにょと返答した。
「マリウスって女たらしなんですね」
「そうだな。女たらしだから、ハーレムを上手く掌握しているんだろう」
「何でそうなった!?」
マリウスは叫ぶ。
むろん二人はからかっているのであり、マリウスもその事は分かっていた。
マリウスが起きた事でターリアント大陸の復興は急速に進み始めた。
その原因は、
「いやあ、神を倒したら神の力が手に入っちゃったみたいで」
などというトゥーバン自治領の主人である。
まだ不慣れで制御難があるものの、神の力を使えば大陸全体に好影響を及ぼす事が出来た。
「これが神の力か……」
ティンダロスが滅んだ時、一気に影響が消えたのも分かる気がする。
理屈的なものではなく感覚的なものだったが。
マリウスが神の力を手に入れたと知った人間達は、もう何もかも諦めたような表情で応じた。
もっとも例外的に
「神と戦えるのか! それは楽しみだな!」
と嬉しそうに両目を輝かせた者もいる。
その名をアウラニースと言うのは、多分全人類が分かった事だろう。
最強最悪、災厄の魔王という呼称で知られたアウラニースだったが、恐怖にまみれた伝説はマリウスと知り合った事で終焉を迎える。
「意外と話が分かる」
「強い奴と戦えれば満足するらしい」
「実は綺麗好きで、掃除をまめにやっている」
といった情報が流れ始めたのだ。
出所がトゥーバン自治領だったので宣伝工作ではという声も大きかったのだが、アウラニース本人がそれが事実だと証明していく事になる。
「戦ったら面白い相手がいれば、それで満足するらしいな」
という評価が一つの結論になった。
アウラニースがマリウスと共に、邪神ティンダロスと戦った事は大きい。
おかげで彼女が邪神の先兵であるという事は否定されたのだ。
そればかりかマリウスの頼みで、魔を統制し人類との共存を強要したのである。
むろん、アウラニースへの恐怖のみでの共存だから、問題が山積みだ。
しかしそれでも、神の呪縛から解き放たれた世界は、共存へと動き始めたのである。
邪神討伐から二年後、トゥーバン自治領はトゥーバン王国と名を改めた。
そしてマリウスが初代国王に即位する。
「邪神を討った帝王」と呼ばれる人類最強の王マリウスの他、最強の魔王アウラニース、魔王に匹敵するソフィア、アイリス、ゾフィを擁する、人類史上最強国家の誕生であった。
だが、初代国王の人柄を反映してか、トゥーバン王国は決して侵略行為を行わなかった。
ターリアント大陸から戦争を追放した、平和の象徴的存在となったのである。
「王様ー」
マリウスが外を歩くと子供達が笑顔で手を振り、大人達が嬉しそうにお辞儀をしてくれる。
晴れ渡った空を見ると赤い太陽が元気に大地を照らしていた。
ナイアーラトテッフの力は消滅したわけではないのに、青い太陽は昇って来ない。
月も一つになり、マリウスが慣れ親しんだ形になった。
最初は怯えた人々も今では落ち着きを取り戻している。
それがマリウスへの信頼の証だと、自覚しているし責任も感じていた。
(頑張っていかないとなぁ)
マリウスは彼らしくのほほんと決意を固めている。
後の世において、人魔共存の時代と呼ばれる事になるこの時代は、まだ幕を開けたばかりなのだから。