表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネクストライフ  作者: 相野仁
八章「カタストロフ」
121/187

四話「次へ」

 ティンダロスより魔と海と月は生まれた。

 ティンダロスは破壊をまき、絶望をすする邪悪なる神。

 何者もかの者を呼び覚ます事なかれ。

 邪神がこの世に再臨する時、世界は闇で閉ざされ、全ての生命は終焉の時を迎える。


「というわけだ」


 アステリアが読み上げたのは、ティンダロスの伝承を記した書物だ。

 聴衆の一人、イザベラが勢いよく手を挙げる。


「はい! でも、アウラニースが味方になって、他の魔王や魔人が壊滅状態になったのだから、邪神は復活出来ないのではないでしょうか?」


 幼友達の言葉に、女王は頷いた。


「そうだな。私の取り越し苦労であればいいのだが……」


「備えがあれば憂いなし、ですね」


 バネッサが言うとミレーユも賛成する。


「アウラニースより強い邪神とか、永遠に復活してほしくないです」


 イザベラやアネットも異論はなかった。

 彼女達は魔王の死こそが、ティンダロス復活の条件である事を知らない。

 だから復活の確率は低いと思っている。

 アステリアの「演算」がいくら優秀でも、知らない事は計算しようがないのだ。


「まあ、焼け石に水程度の手なら打ってあるが……」


 アステリアの独り言をイザベラが耳ざとく聞きとがめる。


「え? また、何かしていたの、ですか?」


 素の口調になりかけ、ぎりぎりで敬語にする。

 ただ、それを指摘する者はこの場にはいない。

 全員が「また一人で何かしていたのか」という発言に賛成だったからだ。


「そう言えば」


 宰相がぽつりと言う。


「何でも船の建造を進めているとか」


 皆の視線が一斉に女王に集まる。


「いや、今回はただの布石」


 アステリアはしれっと答えて煙に巻こうと試みた。

 全員が「説明しろ」と目で圧力をかけるが、そんなものに痛痒を感じるほど可愛げがある女ではない。


(知らない方がお前達の為である、な)


 一瞬だけ優しい表情になり、イザベラだけがそれに気がついて「こいつ、また一人で全部背負い込む気か」的な表情になる。

 アステリアはそれに気がついたが、知らぬフリを決め込む。


「ま、そろそろマリウスから、何か言ってくるだろうさ」


「え? マリウス領主から?」


「うむ」


 マリウスの名を使って皆の意識を逸らしたアステリアは、紅茶を飲みほして指示を出し始めた。





 強くなりたい。

 マリウスはそう思うようになった。

 聖人になったからと言って、アウラニースを倒せるかは分からない。

 そして復活するかもしれないティンダロスもいる。

 何だかんだでアウラニース達と戦う事を承知したのは、根底にそういう思いがあるからだ。

 アウラニース達がティンダロス戦で役に立つかは分からない。 

 奥の手を使うと「グレイプニル」を破壊してしまう以上、基礎的な力を底上げするしかない、とマリウスは考えた。

 元の世界でも何かにつけて「基本は大切」と聞かされたからである。

 チートな状態でこの世界に来たマリウスは、基本が出来ているとは到底言えない。

 アウラニースのしごきなどを参考にし、少しずつでも基礎能力を鍛えていくつもりだ。

 この世界に来た頃では到底考えられない熱心さで修行するが、別に意外ではない。

 昔とは違い、今のマリウスには守りたい人がいて、守りたい場所がある。


(本音を言うと、アレの確認もしておきたいんだけどな)


 マリウスが思い浮かべたのは仕様外の魔法だ。

 正しくは魔法ではなく、バグ技と言うべきだろうか。

 禁呪を発動直前のタイミングでキャンセルし、別の系統の禁呪をまた発動直前にキャンセルする。

 これを五度繰り返してから六度目で放つと、キャンセルした五回分の威力が「かけ算」となって計上されるのだ。

 ちなみにこれがアウラニース戦で使われた事はない。

 溜め時間が長すぎて、アウラニースには潰されてしまうというのが一つ。

 「レッキング」はそういったバク的効果さえも打ち消せるのが、二つめの理由だ。

 禁呪の合成があの威力だとすると、単純計算で更に三倍にはなるバグ技など、使う場面が想像出来ない。

 多分、世界が滅ぶよりはマシといった事態にならない限り、出番は来ないあろう。

 単純に力を底上げるするならば、不確実だが一つある。

 滅魔の黒杖を完成させるのだ。

 「バランスブレーカー・オブ・バランスブレーカー」があれば、神とでも戦えるだろう。

 道具頼みなのは本意ではないが、人の命が懸かりかねない事態に格好をつけている場合ではない。

 魔王の心臓、魂、牙、爪の四つに、錬金用の媒介、杖を作る為の素材も必要になるはずだ。


(えーと、確か神霊の錬成液、煌めく星屑だったか)


 やり込んでいただけに、これくらいならばすぐに出てくる。

 過去の自分がそんなに立派な人間だったとは思わないが、こういう事態では少しだけ感謝だ。

 後は普通の杖も必要のはずである。

 マリウスが持っているのは、魔王の心臓と魂の二つ。

 いずれもドロップ率が低かったアイテムだ。

 最大の問題は、牙や爪をドロップする魔王が生き残っているのか、という点である。

 牙や爪がない種類の魔王がドロップする事はない。

 変なところでつじつま合わせを怠らなかった運営スタッフである。

 こちらの世界も同様でない事を祈りたいものだが。


(いや、待て。アウラニースが、ソフィアあたりが拾っているかも?)


 アウラニースはともかく、ソフィアやアイリスならばあるいは。

 一抹の望みを抱いて会いに行く。

 アウラニース達を見つけるのは、大して苦労はない。

 気配を隠していないからである。


「おーい、アウラニース」


 遠くから不安そうな視線を浴びせられつつ、のん気に日光浴を楽しんでいたアウラニースは、マリウスに呼びかけられて嬉しそうな顔をした。


「お。オレを探すなんて珍しい? 戦う気になったか?」


「いいや。別の用事」


 思い違いを迅速に否定する。

 でないと「グレイプニル」を展開されかねない。


「何だよー。何の用だよ」


 若干ふてくされてしまった魔王に、マリウスは質問する。


「なあ。魔王の牙か爪か持っていないか?」


 その一言で、アウラニース達三人はお互いの顔を見合わせた。


「そんなものどうするんだ?」


 アウラニースが代表して訊いてきたので、マリウスは事情を話す。


「というわけで、ほしい武器を作るのに必要なんだよ」


 事情を知った魔王の歯切れはよくなかった。


「うーん。お前が強くなるなら協力してやるけど、そんなものあったかなぁ」


「一度拾った時、アウラニース様が召し上がっていましたが」


 ソフィアが冷静な声でそんな事を言う。


「はぁ?」


 マリウスは思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


「アウラニース、爪なんて食うの?」


 そして変な目で見てしまう。

 アウラニースは顔を真っ赤にした。


「おいコラ、ソフィア。いい加減な事を言うな。オレがいつ、爪なんてものを食ったんだ?」


「いい加減?」


 怒鳴りつけられたソフィアは、マリウスから見て不気味なまでに冷静な態度で、首をかしげる。


「私が、いい加減なのですか?」


「あ、いや」


 アウラニースは一瞬で鎮静化してしまう。

 アウラニースとソフィア、どちらがいい加減なのか、本人にも自覚はあったようである。

 ただ、本当に覚えていなかった。


「美味かったら覚えているはずだが」


「つまり不味かったんだな」


 首をひねったアウラニースに代わり、マリウスが結論を出してやる。


「た、多分」


 自信なさげな答えが返ってきた。

 覚えていそうなヴァンパイアを見ると、彼女は頷いてみせる。


「ええ、すぐに吐いていましたね」


「つまり、そこに行けばまだ落ちているのか……?」


 マリウスの前に道が広がった気がする。


「ヒヒイロ鉱石を拾った時にそれらしきものはありませんでしたか? なければ塵へと帰ったのでしょう」


 その言葉で「気がしただけだったか」とマリウスは肩を落とす。

 あの大陸跡にあったのは、持ち帰ったヒヒイロ鉱石のみだ。

 海洋プレートくらいならば、まだ残っているかもしれないが。


「じゃあ魔王の牙と爪を探さないといけないな。まだ滅んでない魔王って、他にいたっけか?」


 マリウスが尋ねたのはソフィアである。

 アウラニースはどうせ把握していないだろうし、アイリスとソフィアならばソフィアだ、という判断だった。


「私が把握している限りではいませんね。ゾフィを鍛えるのが一番早いかもしれません」


「……そう言えば、ゾフィにも牙と爪はあるな」


 淫魔族だから。

 ならば事情を説明してがんがん鍛えるのが一番か、とマリウスは思う。

 幸か不幸か、ゾフィは夜に可愛がってやるだけでどんどん強くなる。


「おい、ちょっと待て」


 何故か不機嫌になったアウラニースが、ソフィアとマリウスの会話を止める。


「牙も爪もある魔王なら、ここにもいるだろう」


 そう言い放ち、アウラニースは本来の姿へと戻る。


「おい」


 マリウスは焦ったが、よくよく見れば「覇者の猛威」は発動していない。

 臨戦態勢ではないからだろうか。

 アウラニースは巨体を動かし、自身の牙と爪を折り、再び人型になる。


「どうだ、受け取れ」


 大きな牙と爪をマリウスに差し出す。

 マリウスが驚いてまじまじと顔を見つめると、アウラニースはやや頬を染め、目を逸らして言い訳した。


「か、勘違いするなよ。お前ともう一度戦う前に死なれない為だからな。お前に死んでほしくない訳じゃないからな」


「アウラニース様、それ自爆です」


 ソフィアが冷静に指摘すると、アウラニースは余計な事を言った部下を睨みつける。


「だ、ま、れ」


 その語気の荒さ、眼光の鋭さから、これ以上は命に関わると判断し、ソフィアはこくこく頷いた。

 そんな主従漫才を放置し、マリウスは鑑定魔法で確認をする。

 「大魔王の豪尖牙」と「大魔王の烈鋭爪」と出た。

 どちらも準ユニーク級と言っていいレベルの希少素材である。

 恐らく、本人が自身の意思で取ったせいもあるのだろう。

 マリウスはそう思い、自分を無理矢理納得させようとした。


「アウラニース、ありがとう」


 頭を下げて礼を言うと、アウラニースは驚いてどもる。


「お、おう。き、気にするな……?」


 動揺も露わな彼女への追撃は行わず、マリウスは今後について思いを馳せた。

 魔王の魂と心臓と比べてレア度が高いアイテムでは、滅魔の黒杖が生成出来るか不安だが、やってみるしかない。

 それよりも神霊の錬成液と煌めく星屑をどうするかだ。

 マリウスの知識通りならば、どちらもファーミア大陸に存在するはずである。

 ヒヒイロ鉱石の錬成が出来るというイザベラならば、何か情報を持っているだろうか。

 あまりホルディアを頼るのはよくない気はするのだが、アステリアをこき使う分には構わないとも思う。

 マリウスの敗北イコール人類滅亡の危機なのは事実だろうから、案外快く協力してくれるかもしれない。

 アステリア相手だと黒くなるマリウスだったが、まず自分達で先に探してみる事にする。

 何から何まで頼るには、相手が悪すぎると思ったからだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら新作になります。よろしければ下記タイトルからどうぞ↓

『神速詠唱の最強賢者《マジックマスター》』

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ