十五話「まさか」
「マ、マリウス様!」
王宮に戻ったマリウスに、バーラとロヴィーサが駆け寄ってくる。
「ほ、本当によくぞご無事で」
二人の妻の目には涙が浮かんでいた。
「アウラニース相手に五体満足でお戻りとは……」
代わる代わる体のあちこちを触られる。
後ろにいる三人の美女に気づかなかったはずはないが、今はそれどころではないようであった。
彼女らの声を聞きつけたか、周囲に人が集まってくる。
この国の王であり、王宮の主人であり、少なくとも形式上はマリウスが奉じるべきであるベルンハルト三世もだ。
何が起こったのか、ロヴィーサ達に聞かされてはいたが、そうでなくともおよその事は理解出来たのである。
突如、王都全体が絶望的威圧感に包まれるなど、ある程度の知識がある者ならば見当はつく。
「話は聞いたが、凄いという言葉が陳腐になるな。あの伝説のアウラニースと戦って、生きて戻れる人間が、メリンダ・ギルフォード以外に存在したとは」
両目には打算も何もない、純然たる感嘆だけがある。
(大げさな、とは言えないか)
アウラニース戦を思い返せば、彼らの驚きも分からないではない。
本気で撃てば国くらいは滅びかねない、禁呪をあれだけ乱射しても、アウラニースは平然としていたのだ。
「王都では大混乱が起こっているが、こうしてマリウス殿が無事だったのであれば、何とかなるだろう。アウラニースは撃退されたと発表すればな」
王はそこでマリウスの後ろにいる三人の美女に目を向ける。
何となく顔色が悪くなったのは、きっとマリウスの気のせいではない。
「マリウス殿、つかぬ事を聞くが、後ろにいる三人の女性は?」
訊きたくはない、しかし訊かざるを得ない、という王にマリウスは正直に答える。
「アウラニースとその部下達です。すみません、倒しきれませんでした」
「あ、いや。生きて帰ってきてくれただけで、充分なのだが……」
相手が相手だけに責めるわけにはいかない。
「よろしくー」とお気楽な挨拶をしてきた黒髪の美女に頭痛を覚えながら、ベルンハルト三世は自分を励ました。
「どういう話になったのか、尋ねてもよいかな」
「はあ。別に彼女らは、人類をどうこうする気もないようですし、とりあえず一緒に食事でもと」
「一緒に食事!?」
異口同音に叫びが起こり、皆が目をむく。
いち早く立ち直ったエマが、冷静に指摘をする。
「それですと、アウラニース達をナンパして帰ってきたようにも解釈出来ますね」
表情からして、この場の空気を和らげようとしてくれたのだろう。
マリウスはそう察したし、ソフィアも気づいたのだが、残念ながら人間達には精神的な余裕がなさすぎた。
「いや、しかし、さすがにそのままというわけにはいかぬ。召喚獣にでもするのであれば話は別だが」
「だそうだけど、契約してくれないか?」
マリウスがそう問いかけると、アウラニースはきっぱりと答える。
「だが、断る」
「だよな」
そんな簡単に応じてくれるのであれば、誰も苦労はしない。
あっさり諦めるマリウスを恨めしく思いながら、一国の王として言うべき事を言おうと、ベルンハルト三世は自身を奮い立たせて口を開く。
「一国の王としては認められん。人間社会の秩序が保てぬのでな」
「お前達の都合など、オレの知った事か」
アウラニースはそっけなく、マリウスは頭を抱えた。
そんな娘婿に王は小声で話しかける。
「何故、連れて来たのだ?」
「いや、だって、あいつらそのまま野放しにしててよかったですか?」
「うっ」
ベルンハルト三世は絶句してしまった。
野放し状態のアウラニースとその部下……想像しただけ、気絶しそうになる。
他の大陸にいるならばともかく、この大陸にいるならば恐ろしい。
「知らないところであいつらを誰かが怒らせたら、その瞬間、この大陸の危機でしょう?」
もっともすぎて反論が出てこなかった。
「目の届く場所に置いておいた方がいい。でも、どういう理由がいいのか、とっさには思いつかなかったのですよ」
「わ、分かった」
他に方法はなかったのだろう。
しかし何でまた、アウラニース達は承知したのか。
さっき殺しあった相手を食事に誘う方も誘う方だが、応じる方も応じる方だ。
(もしかして思考回路はほぼ同じなのか……?)
最近馴染みになった痛みが、胃のあたりに広がる。
マリウスはきちんと人間の常識を備えているはずだ。
そう思おうとして、安心出来ないのは何故だろう。
「オレがこうして大人しくしているのは、マリウスの顔を立ててだ。その事に不満があるなら、マリウス以外を殺してやろうか? だったらマリウスも、気兼ねなくオレと戦えるようになるだろう?」
アウラニースが不機嫌そうに言う。
どうやらマリウスの召喚獣になれと言われたのが、大層気に入らなかったようだ。
怒る部分がイマイチよく分からない、と思いながらマリウスが言い返す。
「彼らに何かあったら、俺がお前と戦う理由はなくなるな」
他の者は、アウラニースの発言を聞いて震え上がったので、彼が言うしかなかった。
「それは分かっている。ただ、オレが譲歩しているからと言って、ふざけた事をぬかすからだ。マリウスに免じて見逃してやるが、それを自分達の権利だと勘違いが続くようなら、力でただしてやるぞ?」
表情から感情というものが抜け落ち、言葉には身の毛もよだつ迫力がこもる。
ベルンハルト三世は顔を蒼白にし、いくつもの冷や汗を流しながら、何度も首を縦に振った。
まともに浴びて気絶しなかったのは、さすが一国の王と言うべきだろうか。
アウラニースは力を濫用するつもりはしないが、理不尽に黙っている事もないと表明したのだ。
(とりあえず召喚獣はNGか……)
マリウスはため息をつく。
実は最初に考えていた事だったのである。
主従関係は無理でも、一種の共闘関係になれば、あるいは制御出来るかもしれないと思っていたのだが、この反応では諦めた方がよさそうだ。
しばらくの間、根気よくアウラニースの地雷ポイントを探していくしかないだろう。
でないと自分が見ていない時に何が起こるのか分からない。
(もしかして、行動を共にするってのは悪手だったのかなぁ?)
アウラニースの怒気に縮こまってしまったエルを見て、マリウスは再度ため息をついた。
「ほう、コカトリスの肉か。美味い事は美味いが、コカトリスで一番美味いのは、生きながら引きずり出した石化袋なんだが」
出てくる料理をきれいに平らげながら、アウラニースはそんな事を言う。
「石化袋なんて人間が食べたら死ぬから」
マリウスは葡萄酒を飲みながらツッコミを入れる。
(生きているコカトリスから石化袋を引きずり出すのが、一番難しいのだけどね!)
ソフィアとアイリス以外は心の中でそうツッコミを入れた。
マリウスもマリウスでずれていると思い始めている。
「お前なら死なないだろう?」
「俺一人で食べきれるか」
一見、非常識なアウラニースにマリウスがツッコミを入れているという構図のようでいて、その実二人ともツッコミ対象になる発言を繰り返していた。
マリウスが常識人のようでいて、案外そうでない事は今更である。
今更なのだが、数が増えると破壊力が一段と増す。
ソフィアとアイリスが、マリウスに感心したような表情をしているのも印象的だ。
「人間なのにアウラニース様と話がかみ合うなんて、やるじゃないか」
アイリスは薔薇水を飲みながらそう評し、ソフィアは苦笑しながら言う。
「もっとも、人間基準では褒め言葉になりませんけどね」
どうやらソフィアという女性が一番常識的らしい、と思った一同だった。
食事が終わった後、アウラニース達はコックに礼を言い、片づけを手伝うと申し出て人間達を驚かせた。
厨房の人間達は自分達の仕事だからと断ろうとしたのだが、時間を稼ぎたいマリウスに「手伝わせてやって欲しい」と言われ、しぶしぶ任せている。
鼻歌を歌いながら、皿を洗い始めたアウラニース達に唖然とする人間達を尻目に、マリウスはエルに相談を持ちかけた。
アウラニースを戦い以外に目を向けさせる方法はないかと。
「お話は分かりましたが……」
エルは珍しく言葉を濁し、うつむいてしまう。
きっとアウラニースが怖いのだろう、とマリウスは励ました。
「俺が一緒なら、大丈夫だ。守ってやるから」
マリウスがそうなだめ、優しく髪を撫でてやると尻尾が動く。
「そうではなくてですね。ご主人様にも申し上げたい事が……」
尻尾で喜び顔で沈んでいるという、ゾフィが「器用な奴」と呆れた態度を崩さない。
「うん? 遠慮なく言ってごらん。俺の為なんだろう」
マリウスがそう言うとエルは「では遠慮なく」と顔を上げる。
「ゾフィ様にも興味を持ったならば、自分と戦える者を育てる、という方向がよろしいのではないですか? ご主人様も一緒に修行しよう、と誘われる可能性はほぼ百パーセントですが」
「それが問題なんだよな」
マリウスは腕を組んで相槌を打つ。
「付き合いたくはないし、何か妙案はないかな?」
エルは小さく息を吸い込み、はっきりと言う。
「ご主人様? 失礼ながら、領地運営などに関しては役立たずだと思いますが」
「うぐ」
エルの一言が心を抉るが、自覚があるので反論が出来ない。
「ご主人様と同程度の相手などほぼ皆無でしょうから、今後の事を考えても、ご主人様にとっては格好の修行相手だと思いますが」
エルは容赦なくマリウスを追い込んでくる。
「単に楽がしたいだけなんて格好悪いだけで、ご主人様を慕う者達に顔向け出来なくなると思いますが」
「はう」
マリウスは遠慮しなくていいと言った事を後悔したが、今止めさせたら更に情けない。
「ご主人様、そこまで身勝手な事を考えていたわけではないですよね?」
「お、おう。もちろんだ」
エルの笑顔を見て「天使のような悪魔」というフレーズが脳をよぎった。
「では、ご主人様が一緒に修行するというのが、最も安全だと思いますが」
「ぐ」
「もうよせ、エル」
よろめくマリウスを見かね、ゾフィが慌てて止めに入る。
そんな元上司にエルは無機質な目を向けた。
「アウラニースにいきなり戦闘以外に興味を持たせるなんて、そんな事無理に決まっているでしょう。徐々に他の事にも興味を持つよう仕向けるのが現実的ですし、それが出来るのかすら分かりません」
「それはそうだが……」
エルの反撃にゾフィはたじたじとなる。
「大体、アウラニースの伝承と、実際に見聞きした事を併せて考えると、暇でイラついたりしたら最後、他の事に興味を持たせるなんて不可能に近いでしょう」
「それもそうかもしれないが……」
どんどんまくしたてるエルに、ゾフィどころか誰も反論が出来ない。
「うっかり怒らせたら、ご主人様以外まず全滅なんですが。ご主人様ならいざ知らず、他の者はもっと危機感を持った方がいいのではないでしょうか」
「危機感、足りないかなぁ?」
アルとバーラとロヴィーサの疑問は、エルには無視された。
「安全さで言えば、ご主人様とゾフィ様にはアウラニースの相手をして頂き、その間にアウラニースが何に興味を持つか、順番に試していくのが一番でしょう」
「そうだな。よし、それでいこう」
マリウスは素早く決断を下す。
諦めの早い男、というのがこの場合はいい方向に働いた。
「よ、よし。ご主人様と肩を並べられるようになるなら、歓迎だ」
ゾフィもマリウスを見て腹をくくった。
そんな二人を見て、エルはようやく笑みを浮かべる。
「こういった事は、なるべく多くの人を巻き込んで案を出させた方がいいと思いますよ。例えば、悪辣さと外道さにかけては一番のあの女とか」
「アステリアか」
「アステリア王」
エルの言葉を聞いていた全員が即答し、お互いのホルディアの女王への印象を、再確認する事になった。
「確かにあいつならいい案出すかもしれないけど、でも何が出てくるか分からない」
マリウスが薄ら寒そうに言うと、ロヴィーサとバーラが同調する。
「マリウスとアウラニースが結婚しろとか言いかねないわよね」
「食事に誘ったんだから、今度はベッドに誘えとか」
「それくらい、可愛いものじゃないかしら」
アステリアへの悪口になりかけたところで、マリウスは待ったをかける。
「それでも別にいいさ」
マリウスがきっぱり言うと、妻達は驚き、若干非難めいた表情になった。
「それはアウラニースが美人だから?」
「確かに今まで見た事がないくらいの美人だわね」
彼女達は今嫉妬するのはよくない、と思ってはいる。
頭では理解していても、納得は出来ないのだ。
自分でも御しがたい、そんな微妙な女心を一応は察知したマリウスは、懸命の弁明を始める。
「ゾフィ達に手伝ってもらえれば、いくら何でも勝てるはずだ。問題は、どうやってそこまで持って行くかなんだ」
「それはそうだけど」
妻達にしても抑えなければいけない場面だと分かっているので、すぐにしぼんだ。
間違っても力ずくでベッドに引きずりこめる相手ではないし、そうすれば魔王級の部下達が邪魔をしてくると予想するのは難しくない。
つまりやっぱりマリウス以外が死ぬ。
誰かにそこまでを考えてもらう必要があった。
「ちょっと転移魔法で会いに行って来る」
「ほう、どこへだ?」
タイミングがいいのか悪いのか、ひょっこりアウラニースが戻ってくる。
「何、知恵を借りたい相手のところへ行ってくるだけだ」
「オレも行ってみよう。マリウスが頼るなんて面白そうだ」
アウラニースは意外な事に食いつきがよかった。
「いや、強さは微妙だと思うぞ。少なくともここにいる人間のほとんどよりは弱いはず」
マリウスがそう否定するとアウラニースは軽く笑う。
「別に強さは期待していない。ここにいる奴で面白そうなのは二人くらいだしな」
そう言って紫の目でゾフィとバーラを捉える。
バーラは普段は力を抑えているのだが、アウラニースはしっかりと見抜いていたらしい。
アルとエルが無視されたのは、種族の違いだろうかとバーラは首をすくめた。
「じゃあ行くか。弱い奴に興味ないなら、連れて行っても大丈夫だろう」
万が一、アウラニースに喧嘩を売る馬鹿がいても、アステリアが何とかするだろうと思う。
決して好いているわけではないが、奇妙な信頼感はある。
「公の場では失礼のないような」
移動する二人にベルンハルト三世はそう言うのが精一杯だった。
「ところで今更疑問なんだが」
ゾフィが思いついたように言う。
「異なる国の王宮に転移するのは、人間国家として問題はないのか?」
「もちろん、問題だらけよ」
ロヴィーサが即答し、その父が頷く。
「マリウス殿の場合はあくまでも特例だし、非常事態以外で転移されるのは困る。そもそも転移封じの結界くらい、どこの王宮でも用意してあるし、それを無視してしまえるマリウス殿の魔力が異常なのだが」
「非常事態じゃなかったら、マリウスじゃなかったら、とっくに投獄されて結界の修繕費を請求されているでしょうね」
実はマリウス、素行はあまりよろしくないという認識を持たれていたりする。
「という訳だ。何かいい案ないか?」
「ないな。頑張れマリウス」
アステリアに冷たく一蹴され、マリウスは慌てる。
「いくら何でも酷くないか? 大陸全体の問題なんだぞ」
そんな押しかけ魔法使いに女王は、ことさらため息をついてみせた。
「そろそろ正規手順を覚えた方がいい。困るのはあなただぞ」
正論でマリウスを黙らせ、黒髪の美女の方を見る。
「うん、確かに尋常でない存在だな。出来れば同じ空気を吸いたくない」
アウラニースはつまらなさそうな顔をしたまま、無反応を決め込む。
そんな魔王を注意深く観察しながら、アステリアは発言する。
「結論から言わせてもらえば、私もマリウスと修行するのに賛成だ」
マリウスはダメ押しをされたような気持ちになった。
「その上で他の事も模索するという手が、一番堅実だろう。何故私のところへ来たのか、さっぱり理解出来ない」
取り付く島もないとはこの事か。
マリウスが肩を落とし、アウラニースが鼻を鳴らした時、アステリアは人の悪い笑みを浮かべた。
「とまあ、多くの者は私がこう言うと思っているだろうな」
「な、何かあるのか?」
マリウスが顔を上げると、アステリアは一転して怪訝そうな顔を作る。
「むしろ誰も提案しない方が変なのだが。ないなら作ればいいではないか」
「……はあ?」
マリウスとアウラニース、その場にいるだけで空気と化していたミレーユが声を揃えた。
「作るとは何を?」
訊き返したアウラニースの目には好奇心の色が浮かんでいる。
「実は理論上では可能な案がある。お前達の力に耐えられるものを作り出す案がな」
「え? マジで?」
思わず素で返してしまい、アステリアに「マジ?」と聞きとがめられた。
マリウスはそれに気づかなかったフリをして尋ねる。
「どんな案だ?」
「これは言ってみればマジックアイテム作りの応用だ」
「……はぁ?」
マリウスとアウラニースはよく分からず、仲よく首をかしげる。
「大陸が消える攻撃に耐えられるものを作る? そんな事が出来るのか?」
「理論上は可能だ」
マリウスの問いかけにアステリアは淡々と繰り返す。
「魔力の弱い魔法使いでも、時間と手間をかければ強力なマジックアイテムを作り出す事は可能なのだ。それのグレートアップ版とでも言おうか」
マリウスは頭がついていかず、黙りこくってしまう。
対するアウラニースは、興味深げな顔つきに変わっている。
「オレとマリウスの魔力に耐えられるような素材なんか、存在するのか?」
「ああ。オリハルコンとヒヒイロ鉱石ならば。少しずつ魔力を馴染ませていくのがコツだな」
「あくまでも理論上なのだろう?」
アウラニースの目が疑わしそうな光を帯びていたが、アステリアはそれをまっすぐに見つめ返す。
「そうだ。何せお前とマリウスに匹敵する力の持ち主で試した事は、歴史上ないだろうからな。初めての試みに保障を出来るはずもない」
「それもそうか」
アウラニースは何やら考え始める。
どちらも稀少な存在であるし、時間もかかると言われたのだ。
ただ、マリウスと全力で戦える舞台というのは、抗えない魅力がある。
そんなアウラニースを尻目に、マリウスは小声で話しかけた。
「俺が訊きたかったのは、アウラニースを戦い以外に目を向けさせる方法なんだけど」
「そんなもの、分かるはずがないだろう。私だって、情報がない事は知りようがないし、ましてや教える事なんて出来るはずがない」
もっともな事にマリウスは沈黙するしかない。
「思う存分戦える場所が作れるのかもしれないのだから、多少の事は我慢出来る。奴がそういう性格である事を祈るしかないな」
アステリアは肩をすくめ、それから悪戯っ子のような表情になった。
「それともあなたは、女の口説き方を他の女から聞き出そうと言うのかな?」
からかうような口調にむかっと来たが、言われてみれば確かに情けない話だ。
「アウラニースを口説く為の時間の作り方は、たった今教えたはずだ。後は自分で何とかしなさい、男の子」
わざとらしいお姉さんぶった口調に、どう返してやろうかとマリウスが考え始めた時、アウラニースが両手を叩いた。
「よし。ダメで元々、試してみるか!」
結局、彼女の中では魅力が勝ったらしい。
「まず、オリハルコンとヒヒイロ鉱石を探すところから始めないといけないが」
「別にいいさ。その先に楽しみがあるならな」
マリウスの言葉に即答し、アウラニースは豪快に笑う。
ひとまず、目先をそらす事には成功したのかもしれない。
そして先の楽しみの為に我慢が出来る性格ならば、何とかなりそうな予感がする。
ホルディアから戻る際、マリウスはアウラニースの口説き文句を考えていた。
「アウラニース、君の瞳はどんな宝石よりも美しい」
「それがどうかしたか?」
興味なさげな反応だった。
「アウラニース、君はどんな相手より強くて勇敢だ」
「お前とは引き分けたばかりなんだが、喧嘩を売ってきているのか?」
これも失敗に終わる。
大概の女は褒められて悪い気はしないし、その反応をとっかかりにして仲よくなるという、マリウス流儀が全く通用しない。
元よりナンパテクニックが全ての女性に通用するというのは、男の思い上がりであり、女性への侮辱であろう。
その程度は弁えているマリウスだったが、あらゆる褒め言葉に対してけんもほろろだと攻めあぐねてしまう。
これまでのアウラニースの言動からして、彼女には裏表というものは存在しない。
つまりマリウスの褒め方には何とも思わないという事である。
それが分かっているだけに余計に厳しい。
散々口説いてはそっけなく返され、さすがにへこたれかけたマリウスに対して、アウラニースはようやく自分から話しかけた。
「女を口説く練習相手なら、お前の召喚獣か嫁にしろよ。さすがにそろそろ鬱陶しくなってきたぞ」
表情がやや強張りかけている。
これまで付き合ってくれたのは、多分厚意からだろう。
ここで怒らせたら元も子もないので、マリウスは素直に謝った。
「すまなかった。アウラニースに俺の子を産んで欲しくてな」
そうやって笑い話にしようとしたのである。
であるのだが、アウラニースの返答はマリウスの想像を絶していた。
「別にいいけどな」
「…………え?」
意外すぎる返事にマリウスは驚き、まじまじとアウラニースの顔を見る。
「いいのか、本当に?」
「ああ。お前の子なら強く育ちそうだし」
アウラニースにとって大切なのは、その部分だけのようである。
(まさか、こんなオチ……)
どうやら考えすぎていたらしい。
最高の結果になったはずなのに、何故か敗北感を味わったマリウスだった。
そして妻達への説明はどうしようかと、悩む事になる。