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ネクストライフ  作者: 相野仁
七章「黄昏ゆく世界」
102/187

間話「災厄」

 ターリアント大陸から見て北西、間に複数の大陸を挟んだ先にあるバルナム大陸。

 そこで復活した魔王フォルネウスは、三人の魔人を従えて暴れていた。

 バルトロはグレムリンの魔人、パトリックはミノタウロスの魔人、ピアージョはサーペントの魔人である。

 バルトロはコウモリのような翼をはためかせ、空から混乱効果のあるブレスを撒き散らし、人間同士の殺し合いを誘発する。

 パトリックは腕力にものを言わせて巨大戦斧を振り回し、人の頭を砕いていく。

 ピアージョは毒ブレスを吐き、人々の肌や衣服を腐敗させる。

 阿鼻叫喚の地獄が広がっていて、サテュロスの魔王フォルネウスは満足げに酒を飲んでいた。

 彼の狙いは人間を殺し、泣き叫ぶ様を眺め、人肉を貪り、若い女で獣欲を満たす事にあった。

 配下の魔人はそんなフォルネウスに共感した者達ばかりだから、皆が嬉々として殺し回っている。

 こうして一つの村は潰された。


「さーて、お楽しみの時間だぜ」


 フォルネウスはわざと生かされている女達を見て卑猥な顔をした。

 女達は目に涙を浮かべ、身を寄せ合いながら震えている。

 中には舌を噛んで自害した者もいたが、大半はそこまで出来ないようであった。

 

「誰にしようかな」


 子供が食べる順番を考えるように、最初に襲う女を選ぶフォルネウス。

 魔人達は大人しく順番待ちをしている。


「見つけたぞ!」


 そんな雰囲気を壊す、一人の若者の声が響く。

 お楽しみの時間を邪魔された形になったフォルネウスは、露骨に不機嫌な顔になり振り向く。


「吾輩の邪魔をするのは誰な?」


 その問いに高らかな答えが返ってくる。


「我こそは勇者オーギュスト! 人を苦しめる邪悪なる魔の眷属よ! お前達に明日はない!」


 周囲によく通る、力がみなぎった声だ。

 オーギュストと名乗った若者は筋骨たくましく、身の丈ほどもある大剣を背負い、黄金の甲冑を着込んでいる。

 側には仲間らしき三人の男女がいた。

 涙を流していた女達の顔に若干の生気が戻る。

 勇者の称号を得るのは容易ではない。

 厳しい試練を耐え抜き、聖なる武器に主人として認められ、神官の祝福を受けなければならないのだ。

 オーギュストの側には神官らしきまだ若い女性と壮年の男が二人いる。

 

「このオーギュストに名乗る勇気があるか? あるならば名乗ってみせろ」


 これは挑発の一種だったが、フォルネウスは愉快そうに笑って答えた。


「いいだろう。吾輩はフォルネウス。天地を引き裂く魔王フォルネウスよ。神に助けを乞うてももう遅いぞ、虫ケラども」


「フォルネウス? 知らない名前だな」


 騎士スティーブが意地悪く笑うが、これも挑発である。

 魔王フォルネウスは、人を嬲って殺すのを何よりも好む、最低の魔王として名が伝わっていた。

 

「どこの下等魔王なのかね」


 もう一人の騎士ベンジャミンもスティーブに倣う。

 フォルネウスを侮辱する事で冷静さを損なえば、それだけで有利に働くという計算が働いているのだ。


「哀れな魔王にせめても慈悲を」


 フランソワがそう言って神に祈ったが、これは挑発ではなく天然である。

 それだけにフォルネウスを苛立たせる事に成功した。


「フランソワか。いい名前だ。最初にお前から楽しんでやろう」


 侮辱されたフォルネウスが激しなかった理由は単純で、フランソワが美人だったからである。

 特にそのふくよかな胸に釘付けになっていて、それに気づいたフランソワが眉を寄せる。


「万年発情魔王フォルネウスって異名は伊達じゃないらしいな」

 

 スティーブが嫌悪を込めて吐き捨て、剣を抜く。


「何だ? フォルネウス様の事を知ってるんじゃないか?」


 パトリックが戦斧を構えながらそう言い、人間達の失笑を買った。


「フォルネウス、この勇者オーギュストの挑戦を受ける勇気はあるか?」


「ああ。秒殺してフランソワを可愛がってやろう」


 フォルネウスはあくびをしながら答え、部下に指示を出す。


「吾輩のフランソワ以外は殺せ」


「はっ!」


 バルトロが空に舞い上がり、パトリックが戦斧を抱えて突撃する。 

 オーギュストは背中から大剣を抜き放ち、いきなり必殺技を繰り出す。


「セイクリッドセイバー!」

 

 大剣を上から下に振り下ろすと光の斬撃が飛び、バルトロの体を両断した。


「二連」


 下まで振り下ろすと今度は斬り上げ、パトリックの斧と首を切断する。


「ふん、勇者の名は伊達ではないか」


 瞬きをする間に二人の部下を葬られたフォルネウスは、ようやくオーギュストを敵と認識した。


「こんなもの、準備運動にすぎないさ」


 オーギュストは不敵に笑ったが、すぐに強ばらせる。

 フォルネウスがまとう雰囲気に歴然とした変化が起こったからだ。


「役立たずのゴミ二匹始末した程度で、吾輩と戦えるつもりではなかろうな?

吾輩は魔王だぞ」


 フォルネウスの額からは角が生え、下半身が馬に変わり、人間の男として長身のオーギュストが見え上げなければならない巨体へなった。


「サテュロスか……」


 オーギュストはその正体を見破る。

 強靭に発達した下半身を武器とする、獰猛で欲望のままに暴れ回る魔獣で、美しい女を何よりも好む。

 発情魔王という名がつけられるのも道理というものだが、この場合は嬉しくはなかった。

 サテュロスの武器は脚力を活かした突進と蹴り技で、オーギュスト達とはあまり相性はよくない。

 

「元より魔王を簡単に倒せるとは思わん」


 スティーブとベンジャミンが腹をくくって剣、フランソワは杖を構える。

 

「ピアージョ、貴様はフランソワと遊んでおれ」


「は」


 ピアージョは黒い蛇の姿に戻り、フランソワに向かう。


「させるか!」


 オーギュストが再び「セイクリッドセイバー」を放とうと剣をかざし、振り下ろそうとして動かない事に愕然とする。


「吾輩を無視とはよい度胸だな」


 半瞬で間合いを詰めたフォルネウスが、剣を掴んでいたのであった。


「もっともこの場合は無謀と言うべきであろうな」


 蹴りがオーギュストの胸を捉え、鈍い音がして吹き飛ぶ。

 黄金の鎧は大きくへこみ、ひびがいくつも入っていた。


「せいぜいあがけよ、人間ども」


 フォルネウスはくぐもった笑い声を立てる。

 一方のピアージョはフランソワに胴体を巻きつけ、動きを封じ込めていた。


「は、放して!」


 フランソワは力の限りもがくが、びくともしない。

 そんな彼女を嘲笑うように弱めの毒ブレスを吐き、意識を奪う。


「神官の援護なしでどこまで戦えるかな?」


 ベンジャミンとスティーブの顔色が蒼白になる。

 今更ながら魔王と魔人の力を思い知ったのだ。


「もちろん倒すさ」


 オーギュストが咳き込みながら立ち上がる。


「俺は勇者だからね」


 少しも闘志は衰えていない。  


「ふん、小賢しい」


 フォルネウスが獰猛に吠える。

 ベンジャミンとスティーブが改めて剣を構える。

 空気が少しずつ張り詰めていく。

 四人が同時に地を蹴ろうとした瞬間、何者かの足音が複数聞こえてきた。


「ほうほう、戦いか。と言うよりはアリとミミズのじゃれあいか?」


 鈴の音が鳴るような綺麗な女の声であった。

 四対の視線がそちらに集まる。

 歩いてきているのは三人の美女だ。

 一人はオーギュスト並みの長身と、黒い髪と紫色の瞳、褐色の肌が印象的な美女。

 愉快そうな笑みをたたえており、先程の声はこの女のものだろう。

 その左に青い髪と緑色の目を持ち、感情というものを感じさせない美女、右に赤い髪と黄色の目を持ち、真ん中の女と似た種類の笑みを浮かべるこれまた美女だ。

 いずれもフォルネウスが涎を垂れ流して喜びそうな美しさで、特に真ん中の女の容姿は別格と言えよう。

 それにも関わらず、フォルネウスは大きく目を見開き、全身を震わせ、口を開いたり閉じたりしている。


「な、何故だ……何故だ……」


 うわ言のように同じ言葉を何度も繰り返し、その態度からは驚きと恐怖がはっきりと伝わってくる。

 オーギュスト達もフォルネウスのあまりの豹変ぶりに釈然としない。

 一体目の前の美女達の何が、女好きの魔王を怯えさせるのだろうか。

 その疑問が氷解したのは、フォルネウスが発した次の一言であった。


「な、何故ここにいる、アウラニース!」


 人間達がその言葉の意味を理解するのに数秒の時を必要とした。

 それだけ衝撃的な内容だったのである。


「あ、アウラニース?」

 

 オーギュストが思わず聞き返すと、


「アウラニースって……もしかしてあのアウラニースか?」


 スティーブが恐怖を込めてつぶやく。

 恐怖を向けられた美女、アウラニースは面倒くさそうに答える。


「オレの事を知っているのか? ならば理由も分かるだろう? 強い者を求めてだ!」


 愛をこめて囁けば、どんな男どころか女すら恍惚とさせそうな美しい声で、アウラニースは聴く者にとって死刑にも等しい宣言をする。


「フォルネウスとやら。お前も魔王だろ? オレと戦え。満足出来たら生かしておいてやろう」


 傲慢に等しい発言だったが、フォルネウスは怒らなかった。

 むしろ絶望で震え上がる。

 しかしアウラニースから逃げるなどより絶望的で、覚悟を決めるしかない。

 左右の美女はすっとアウラニースから距離を取る。


「い、いくぞ」


 フォルネウスは全魔力を展開し、全速力で突撃する。

 彼が持つ最大の技「ソニックチャージ」で、オーギュストの目にも映らぬ速さで突撃した。

 それをアウラニースは無造作に左手だけで止める。


「何だこれは?」


 轟音が発生し、暴風を伴った突進を真正面から受け止めたアウラニースは、フォルネウスの頭を掴んだままつまらなさそうな表情を作る。


「まさか今のが全力ではあるまい? わざとオレに捕まえさせたんだよな? ここから最大の技を繰り出すんだよな?」


 アウラニースは勝手に残酷な予想をしてみせ、ワクワクした表情を浮かべる。


「さあ、かかってこい。どんな必殺技を撃てるのだ?」


 右手をくいっくいっと動かす。

 最大の一撃を無造作に破られてしまったフォルネウスは、既に戦意を喪失しかけていた。

 しかしここで諦めたらきっとアウラニースは激怒する。

 最強だけど災厄な魔王と呼ばれる彼女を怒らせる勇気をフォルネウスは持っていない。

 幸い近距離から繰り出せる技を持っているので、死ぬ気で繰り出す。


「ソニックリッパー」


 魔力を鋭利な刃物状にして高速で放つ近距離用のとっておきだ。

 アウラニースは右の人差指一本でそれを弾いてしまい、そして笑い出す。


「あ~、なるほどな。オレをおちょくって油断を誘ってズトンとくる腹積もりか。利口じゃないか? でも今は無用だ、最強の攻撃を遠慮せず撃ち込んできていいんだぞ」

 

 アウラニースは無邪気な笑顔が、フォルネウスの心を打ちのめす。

 アウラニースは笑みを浮かべたままじっと待っていたが、やがてフォルネウスに打つ手がない事に気づき怒り出した。


「おい、まさかもう終わりか?」


 言葉に殺意が宿り、その凄まじさにフォルネウスの心臓が止まりかけ、勇者達は腰を抜かす。


「こんな程度で魔王だと? 舐めてるのか? ああ?」


 美貌は悪鬼の如く豹変し、フォルネウスの頭を掴む手に力がこもり、指が音を立ててめりこんでくる。

 そして大男に果実が握り潰されるようにフォルネウスの頭は潰された。


「はぁ? 弱すぎだろ? まさか本当に死んだのか? それとも死んでからパワーアップして復活するのか?」


 アウラニースがフォルネウスの死体に悪罵を浴びせるが、何の反応も見られない。


「アウラニース様」


 青い髪の美女ソフィアが声をかける。


「ん? 何だ、ソフィア」


「フォルネウスはサテュロスです。死後復活するのは不可能かと思われます」


 淡々と意見を言われ、アウラニースはため息をつく。


「またハズレか。レヴィトもエリゴールも大ハズレだったが、こいつもだ」


 憎々しげに吐き捨てる。

 レヴィト、エリゴールという中堅クラスと言われる魔王達も、フォルネウスに並ぶ弱さだったのが気に入らないのだ。


「どこかに強い奴いないのか? ……メリンダめ、オレが起きたら死んでやがって。封印するなら、起きるまで待ってろってんだ」


 アウラニースの愚痴は、かつて己を封じたメリンダへと向けられる。

 そんな主人に赤い髪の魔人アイリスが声をかけた。


「アウラニース様、まだ人間と魔人が生き残っていますが、いかがなさいますか?」


 その質問でアウラニースは他にもいた事を思い出し、一瞥をする。

 人間達はもちろん魔人ピアージョも、フォルネウスのやられ様を見て腰を抜かしてガタガタ震えていた。


「ふん、弱い者など知らん。無視だ」


「かしこまりました」


 三人の美女は何事もなかったかのように歩き出す。

 彼女達の姿が完全に見えなくなってから、オーギュストがやっと声を絞り出した。


「あ、あれが……あれが最強の魔王……災厄の魔王アウラニース……」

 

 人類もモンスターも実力者と見れば無差別に襲い、「生きた災厄」と恐れられた伝説の魔王の強さが、誇張されたものではない事を思い知った。

 とても追いかける勇気など出せない。

 勇者にあるまじき醜態だが、恥じ入る気は沸いてこなかった。

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『神速詠唱の最強賢者《マジックマスター》』

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