一話「転生」
最下層の村人に転生したけど、無双の魔法戦士になったという新作をはじめました。
よければご覧ください。
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雪山。
スリルもロマンスもある、最も素晴らしい場所。
少なくとも、山田隆司はそう思っていた。
今回は男友達と三人で訪れ、同じく三人組の女の子達をナンパし、一緒にスキーを楽しんでいる。
「私、下手だから教えて欲しいな」
そう甘えた声でおねだりしてきた女の子達。
彼女達の実際の腕は問題ではない。
男女が二人きりになるというシチュエーションこそが大切なのである。
それを本能で察した男達は、喜んでマンツーマン指導を申し出た。
隆司もだ。
狙う女の子達が被ってない事をこっそり確認しあって、三組に分かれる。
隆司は意気揚々として、美咲という女の子とスキーを楽しんだ。
そして、雪崩に巻き込まれた。
不幸中の幸いは美咲を助けられた事だろうか。
意識が遠のく中、そんな事を考えている彼を呼ぶ声が、どこからか聞こえる。
「隆司! 隆司!」
「隆司君!」
友達の和彦の声、そしてさっきまで一緒だった美咲の声。
隆司には呼ぶ相手を識別できなかったが、それでも誰かに呼ばれているという事は何となくわかった。
(俺って窒息死? それとも凍死?)
死にいく者としてはズレた事を考えつつ、隆司は掘り出される前に息絶えた。
そのはずだった。
(と記憶してるんだけどなぁ)
隆司は困惑していた。
気が付いたら彼は雪山でも病院でもなく、湖のほとりにいたからだ。
向こう岸が見えないほど広大なものの、波も砂浜もない事と、潮の匂いがしない事から湖と判断した。
空には雲が多々浮かんでいて、そよ風が時折彼の頬をなでる。
左右には森が広がっていて、風に合わせて音を立てる。
そして、黄色い太陽と赤い太陽が地を照らしていた。
(赤い太陽とか、まるでファンタジーアドベンチャーオンラインみたいだな)
想い起こしたのは、遭難する前にはまっていた、MMOゲームだった。
太陽神が双子で、赤色と黄色の太陽が出るという設定だった。
そこで彼はマリウス=トゥーバンという名の魔法使いだった。
気の合った仲間たちと組合を立ち上げ、グランドクエストをクリアし、そしてその後もおまけのエクストライベントをプレイし続けた。
赤い太陽を見てすぐに思い浮かんだのは、それだけ思い入れが深かったからだろう。
そこまで考えた時、隆司は自分の格好もまた、FAOでのマリウス=トゥーバンにそっくりだと思い当たった。
深紅のローブはエキストラアイテム「煉獄の衣」、右手に持つ黄金の杖はユニークアイテム「神竜の杖」、左手の人差し指にはまっている指輪はエキストラアイテム「神言の指輪」のようだった。
もしも本物なら、最後にログアウトした時と同じ装備だという事になる。
(ゲームの中、あるいはそれに似た世界への転生ね)
幸か不幸か、その手の小説はいくつも読んだ事がある。
冷静に現状を受け止め、分析しようとしている自分に呆れながらも、頭を回転させ続ける。
(何でこうなったか、考えても無駄だ。何ができるか、どうするか、の方が大切だ)
そこで考えたのが装備が同じなら、同じ呪文を使えるのではないかという事だ。
少なくとも試してみる価値はある。
何より問題は自分自身の事だ。
装備の詳細やステータスを確認しておく必要があった。
装備やアイテムは第十級魔法、アプレーザルで判別できる。
もちろん、使えたらの話である。
「かの物の価値を示せ【アプレーザル】」
使ってみると頭に鑑定結果が浮かんできた。
神竜の杖──ユニークアイテム。
煉獄の衣──エキストラアイテム。
神言の指輪──エキストラアイテム。
大天使長の首飾り──ユニークアイテム。
そしてステータスは名前がマリウス=トゥーバン。
現在レベル二二八。
ライフポイント三三〇〇〇、マジックポイント八六〇〇〇と判明した。
FAOはレベルの上限が二百で、それ以上はエキストライベントに進んだプレイヤーでないと到達できない。
隆司改めマリウスは運営会社が『ゲームバランスが崩壊しても責任は取らない』と公言した、エキストラプレイヤーのまま転生したようだ。
気になるのは道具袋が空な事、そして自身の名前も鑑定で出た事だろうか。
鑑定によるステータス確認で名前が分かるという事は、部分的にせよゲームと同じシステムの可能性があるという事だ。
アイテムがない理由は不明だが、考えたところで分かるとは思えないし、エキストラプレイヤーの能力があるなら、生きていく事はそれほど困難ではないと判断した。
そして次にやるべきは実際に使える魔法を確認するという事だ。
魔法は全部で十三の階級と十二の系統に分類されるが、マリウスは全ての魔法を使え、『賢者』の称号を持つ、最高位の魔法使いの一人だった。
まずは攻撃魔法から試してみよう。
そう考えたマリウスは杖を持った右手を掲げた。
「火よ敵を焼け【ファイア】」
ファイアは最低の十二級に位置する。
だからこそ気軽な気持ちで選択したのだが、彼の右手から放たれた火は白く、成人男性の頭並みの大きさの玉となって木々に向かって飛んでいった。
「は?」
思わず目が点になった彼の前で、白い火の玉は木々を焼き尽くしていく。
「やば……」
彼は自分が強力なアイテムを装備している事、そして高レベルである事を失念していたのだった。
木々は十本単位でなぎ倒された上に、火がいたるところで燃え、放置すると間違いなく大火災になると断言出来そうな状況だった。
至急消す必要がある。
ファイアと同格の魔法、ウォーター。
今のまま放つと間違いなくさっきの繰り返しになるだろう。
しかし、装備を解除して放った魔法で鎮火できるという根拠がない以上、やむをえなかった。
「水よ敵を砕け【ウォーター】」
果たして彼が予想した通り、大量の水が発生し、大洪水としか形容できない有様で目の前の木々を流していく。
しかし、火は消え、火事になるような気配は見られなかった。
うっかりで大火災を引き起こす、という失態を回避できて彼は胸をなで下ろした。
切り替えたつもりだったが、どうやら平常心は回復していなかったらしい。 とりあえず数回深呼吸し、両手で頬を二度、軽く叩いて気合を入れた。
一部更地と化した森は、恐らく木の生長を促進させる魔法で対応できるだろう。
次の問題は食料をどうするかと言う点だ。
所持していた道具袋に何も入っていなかった以上、自力で食べ物を調達する必要があった。
(と言うか、派手な音立てたのに生き物一匹逃げたりしないってのは……)
不自然さに気づき、生き物を探知する魔法を使ってみた。
「生命の兆し、我に伝えよ【ディテクション】」
十一級魔法、ディテクション。
生き物がいるかどうかしか判別出来ない大雑把な魔法であるものの、生き物を探す精度に関しては比類がない。
そんな魔法が、周囲数百メートルに生き物は存在しない事を冷然と告げた。
(よし、果物でも探そう)
マリウスは森を目指す。
魔法が使える以上、毒があるかどうか識別出来るし、万が一口にしても解毒出来る。
問題があるとすれば現在地がどこかという点だった。
FAOの舞台となるのはバルナムという架空の大陸で、それはエキストライベントでも同じだった。
そしてそこには湖はなかったはずだ。
(もしかしてターリアント大陸か?)
思い当たったのは、名前だけが出てきている、もう一つの大陸だった。
世界観に広がりを持たせる為の、設定上の存在だというのがプレイヤー達の共通認識だったが、そこならば湖があっても不思議ではない。
(念の為、用心はしておこう)
一度死んだ身という開き直り意識はあるものの、別にもう一度死にたいわけではない。
この地のモンスター達のレベルが分からない以上、用心するに越した事はないだろう。
マリウスは森の入り口に立つともう一度ディテクションを使った。
やはり、生き物の存在は引っかからなかった。
自分の足音と、風が木々の間を駆ける音しか聞こえない。
木を見上げると、葡萄によく似た、黒々とした房状の実がいくつもなっていた。
ローブの下は元の世界にそっくりな肌着で、靴は茶色い見た事もない種類のものだから、木登りは止めた方がいいかもしれない。
道具袋に神竜の杖と神言の指輪、大天使長の首飾りをしまい、右手を掲げた。
普通に魔法を使えば木も実も木っ端微塵にしかねない。
詠唱の部分を省略し魔法名のみ告げる。
ゲーム時代にあった、詠唱省略という技術だ。
「【ウインド】」
そよ風をイメージしながら十二級魔法を唱えると、右手から突風が起こり、大量の枝をへし折りながら上へと駆け抜けていった。
へし折られた枝と潰れた実、潰れなかった実、散らされた葉が一斉に落ちてくる。
詠唱を省略すると威力はかなり落ちるらしい。
このあたりも、ゲームの設定に忠実のようだ。
「【スロウ】」
対象を減速させる魔法で、落下物全ての落下速度を遅くする。
限界ギリギリまで遅くしたスローモーションのような速度になった物体からゆっくりと距離をとる。
葉の多くは散り散りになり、実の半分くらい潰れてしまっている。
無数の木片は恐らく砕け散った枝だろう。
加減を意識した分、ある程度は威力を落とせたようだ。
潰れてない実だけを選んで、道具袋に入れていく。
作業が終わって袋を持ち直した時、袋に重量がそのままな事に気づいた。
FAOでは重量制限制度があり、道具袋はその制度の抜け道として重宝されていた。
もっとも、袋に入れられる数には制限があったが。
(これはFAOの道具袋じゃない?)
知らない地に飛ばされた事実がある以上、可能性は否定出来ない。
(いや、まずは食べ物の確保だ)
頭をふって考えを打ち消す。
水は湖があるし、いざとなったら魔法で出せる。
前の世界では旅先で手違いによる野宿を経験してるから、寝床に関してもさほど問題はない。
草が茂っているし、虫もいないなら、真夏に虫だらけの砂利道で寝た時よりはるかに快適だろう。
木になってる実が食べられるなら問題はひとまずなくなる。
まず、魔法を使って毒ではない事を確認し、その後一口かじってみた。
実は甘く葡萄によく似た味で、果汁がたちまち口いっぱいに広がる。
小さな種らしい硬いものがあったが、それは地面に吹き捨てた。
予想を超えた美味しさにマリウスは少し嬉しくなった。
何にせよ、これで生きていく為の目処は立ったのである。