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俺の家系が、世界の運命を握っていたらしい

掲載日:2026/06/28

第1話「「お役目、果たしに参りました」」

第1話「お役目、果たしに参りました」


 五月の朝。九条光(20歳・大学一年生)はアラームより五分早く目が覚めた。

 特に理由はない。ただ、今日は何かが違う気がした。


 顔を洗い、制服……ではなく、大学のトレーナーを引っかけて玄関を開ける。

 するとそこに、白い小袖に緋色の袴姿の少女が正座していた。


「……え」

「九条光様。お役目、果たしに参りました」


 少女は深々と頭を下げる。艶やかな黒髪がさらりと落ちた。年のころは二十歳ほどだろうか。耳に薄紅の耳飾り。瞳は燃えるような琥珀色。

 その背中からは微かに、揺れる炎のような気配がする——気がした。


「……は?」

「あなた様は九条光様にお間違いなく?」

「そ、そうだけど……」


 少女は顔を上げた。眦に凛としたものが宿っている。

「私はほむらと申します。炎の守護者・火焔衆の末裔。三百年の時を経て、ここへ参りました」


 光は完全に思考停止していた。

「……ちょっと待って。何か間違えてない?うちって普通の家だよ?お父さん会社員だし、お母さんパート勤めだし、じいちゃんは盆栽好きのただのおじいさんで——」

「三代前のご先祖、九条龍馬翁に間違いはございません。あのお方こそ、封印の勇者・白炎の血を継ぐ者」


 白炎。その言葉を聞いた瞬間、光の胸の奥で何かが微かに震えた気がした。


「……ひとまず上がって。近所の人に見られたら何か勘違いされる」


 かくして九条光の奇妙な日常は始まった。


 朝食のテーブルで焔は座り直し、真剣な顔で説明を始めた。

 三百年前、伝説の勇者・九条白炎が六柱の邪神を封印した。その封印は今なお生きているが、黒き夜明けと呼ばれる現象が近づいており、封印が解かれる危機が迫っている。

 各地に散った守護者の末裔たちが「本家の当主」のもとに集結し、封印を再強化することが使命だという。


「……俺が当主?」

「御当主様の祖父君、九条龍馬翁が先月ご逝去された際、守護者たちへ『時が来た』との合図が送られました。それが我らを目覚めさせた合図にございます」

「じいちゃんが……」


 光は急に胸がつまった。先月、静かに逝ったじいちゃん。盆栽をいじりながら「光、お前はいつかきっと面白い目にあうぞ」とにやりと笑っていたあの人が。


「……じいちゃん、知ってたんだ」

「知っておられました。すべてを」


 焔はそっと頭を下げた。

「まずは私めが、御当主様の護衛を」


 光は少し考えて、ため息をついた。

「……焔さん、朝ごはん食べた?」

「…………食べておりません」

「じゃあとりあえず、卵焼きでも作るよ」


 焔がきょとんとした顔をした。その隙間からほんの少しだけ、年相応の表情が見えた気がした。


────────────────────────────────────────


第2話「水の守護者は突然に」

第2話「水の守護者は突然に」


 焔が光の家に居候して三日目の朝。

 光は早起きして大学の課題を片付けようと、眠い目をこすりながら洗面所に向かった。


 ドアを開けた瞬間——


「きゃっ!」


 そこには、濡れた髪と、薄いタオル一枚を体に巻いた少女がいた。

 艶やかな水色の長髪。白磁のような肌。波紋のような柄の耳飾り。


「わわわわっ!ごめん!」

 光は即座にドアを閉めようとしたが、少女の手がドアを押さえた。


「待って。見ないでね」

「見ないから!閉めさせて!」

「じゃあ閉めていいけど、私の着替え、そっちの棚にあるから取って」

「は……え……?」


 目を閉じたまま棚を手探りする光の手が、何か柔らかいものに触れた。

 タオルではない。明らかに……


「あの、今触れたのは……」

「私の肩です。早く着替え取って」


 光は真っ赤になりながらなんとか着替えを手渡し、洗面所を出た。

 廊下で呆然としていると、後ろから焔が現れて言った。


「ああ、澪様が来たのですね」

「な、なんで普通に言えるの!?」


 少女——みおが落ち着いた顔で洗面所から出てきた。白い浴衣姿。濡れた髪をさらりと流している。


「水の守護者・澪です。よろしくね、御当主様」

「……よろしく……でも次は鍵かけて」

「ここ、鍵ないんだよね」

「つけます」


 焔が即座にメモを取った。


 その日の朝食は三人で食べた。

 澪はほとんど無口だったが、光が「味はどう?」と聞くと、コップの水をくるりと指でかき混ぜながら「……悪くない」と言った。水が細い糸のように宙に浮いて、また落ちた。


「今のって——」

「水を扱う力。まだ少しだけど」


 澪は少し首をかしげた。

「怖い?」

「全然」

 光は正直に答えた。「むしろすごいと思った」


 澪がほんの少し、口元を緩めた。

 それが今まで見た中で一番の笑顔だった、と光は後で気づく。


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第3話「風の守護者・凪、着地ミス」

第3話「風の守護者・凪、着地ミス」


 三人目の来訪は空から来た。


 大学からの帰り道、光が自転車を漕いでいると、突然頭上から何かが降ってきた。

 正確には「誰か」が。


「っと——!」


 どさりと光の自転車のカゴに人が落ちてきた。正確には光の胸に飛び込む形になり、自転車は派手に転倒した。


「いたたた……あれ、失敗しちゃった」


 光の上に乗っかったのは、ショートカットの気の強そうな少女だった。薄緑の和柄ブラウスと白いミニスカート。髪に小さな風車の簪。


「……あの、重いんだけど」

「あ、ごめんね!」


 すっくと立ち上がった少女が光に手を差し伸べた。その瞬間、周囲の木々がざわりと揺れた。


「俺、九条光。……もしかして守護者?」

「そう!風の守護者・なぎです。御当主様、お会いできて光栄!」


 きびきびした口調。屈託のない笑顔。さっきまで空を飛んでいたとは思えないほどの元気さだ。


「普通にドアから来られなかったの?」

「えー、だって空からの方がかっこよくない?高度の計算ちょっとだけミスしたけど」

「ちょっと、で済む話じゃないんだよなあ……」


 光はため息をついた。しかし凪はもう周囲をきょろきょろしている。


「ここって光様の大学の近く?いいなあ、大学行ってみたかった。私、実家が山奥だから通信教育で……」

「……え、勉強してるの?」

「うん!守護者の使命と並行して法学部の教材読んでる。いつか国を守る法律を作る人になりたくて」


 光は少し面食らった。

「……凪さん、いくつ?」

「二十歳!同い年だね、御当主様」

「光でいいよ」

「じゃあ光!」


 あっという間にファーストネームで呼ばれた。焔に真似されたら叱られそうだと光は思った。


 帰宅すると焔と澪がそろって出迎えた。焔が凪を見てため息をついた。

「また飛んできたんですか」

「バレた?」

「スカートの裾に木の葉が三枚ついています」


 澪がそっと指でつまんで取ってやった。

 凪はへらりと笑い、光の家のリビングを見回した。

「狭いね。でもなんか落ち着く」


 夕食は四人になった。

 光は鍋を作った。凪がぐるぐるかき混ぜているうちに鍋の中で小さな竜巻が起きて、具が全部真ん中に集まった。

「便利だけど……普通にやろう?」

「はーい」


 その夜、じいちゃんの仏壇に手を合わせながら光はつぶやいた。

「……なあじいちゃん、面白い目にあってるよ。本当に」


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第4話「土の守護者・大地と格闘稽古」

第4話「土の守護者・大地と格闘稽古」


 四人目は道場から来た。


 朝、光が家の前で柔軟体操をしていると、見知らぬ大きな紙袋を持った少女が立っていた。

 背が高い。光より頭一つ分は高い。筋肉質だが柔らかな体つき。深緑の道着に帯を締めている。無造作に束ねた栗色の髪。表情は無骨だが、顔立ちは整っている。


「九条光か」

「そうだけど」

「土の守護者・大地だいちだ。よろしく頼む」


 がっしりとした握手。光の手がきしんだ。


「……よ、よろしく……」


 大地は即座に庭に入り、紙袋から何かを取り出した。木刀二本。


「鍛えてやる。守護者の当主たるもの、ある程度動けないと話にならない」

「え、今から?」

「今から。準備運動はしていたな」


 光は一時間後、庭に倒れていた。


 大地の指導は容赦がない。「腰が高い」「足が遅い」「なぜそこで踏み込まない」と次々と指摘が飛ぶ。しかし声は低く淡々としており、怒鳴るわけでもない。


 水分補給のため縁側に腰かけたとき、大地が向こうを向いて道着の帯を緩めた。

 光は特に気にせず水を飲んでいたのだが——


「……おい」

「え?」

「見るな」


 大地が振り向くと、道着の衿が大きくはだけていた。

 光は反射的に目をそらした。


「す、すみません!」

「……別に見えたわけじゃないが」

「でもその……」

「わかった。着直す」


 大地は淡々と帯を締め直した。頬がほんのり赤くなっているが、表情は変わらない。


「……そういうのは苦手か」

「えっと……慣れてないっていうか……」

「正直なやつだな」


 大地はわずかに口角を上げた。


「そういうやつの方が、信用できる」


 午後、焔・澪・凪が戻ってきて五人での夕食になった。

 大地は口数が少なかったが、光が箸を持つ右手の豆を見て「テーピングしろ」と包帯を差し出した。

 誰より無口なのに、誰より光の状態をよく見ていた。


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第5話「星の守護者・星奈の夜」

第5話「星の守護者・星奈の夜」


 五人目の来訪は、夜だった。


 光が眠れずに縁側に出ると、庭に誰かが立っていた。

 夜空を見上げている。白い浴衣に銀の星模様。長い藍色の髪が月光に溶けている。


「……誰?」


 少女がゆっくりと振り返った。顔に表情がほとんどない。しかし瞳だけが、満天の星を閉じ込めたように輝いている。


「星の守護者・星奈せいなです。遅くなりました」


 光は縁側に腰かけ、彼女の隣に立って空を見上げた。

「……来るの、待ってたよ」

「……嘘ですね」

「ほんとだよ。五人目が来てなかったから」


 星奈は少し考えるような間を置いて、光の隣に腰かけた。


「星奈さんって、星が見えるの?普通の人より」

「見えます。今夜は六千四百二十二個数えました」

「……それって全部名前もわかる?」

「わかります。でも……誰に話しても、信じてもらえませんでした」


 彼女の声は静かだった。感情を押し殺しているのか、最初からないのか、光には判断がつかない。

 でも、次の言葉は確かに届いた。


「守護者として生まれてから、ずっと一人でした。星の数を数えながら、いつかここに来る日を数えていました」


 光はしばらく何も言えなかった。

 そして、ゆっくり口を開いた。


「……星奈さん、今日は遅いから、泊まっていいよ」

「……いいんですか」

「うちの守護者じゃないか」


 星奈が空を見上げた。その横顔に、ほんのわずかだけ柔らかさが灯った気がした。


「……光様。今夜一番明るい星は、あれです」

「どれ?」

「もう少し、左」


 光が首を傾けた。その耳のすぐ近くで、星奈が静かに言った。

「……おかえりなさい、と言ってくれているそうです」


 光の胸に、じわりと温かいものが広がった。


 朝になると、光の家には六人分の布団が並んでいた。

 焔はきっちり正座して朝食の準備をし、澪は無言でお茶を入れ、凪はまだ寝ており、大地はすでに庭で木刀を振っていた。

 星奈は縁側で夜明けの空を数えていた。


 光は台所に立ちながら、じいちゃんの笑顔を思い出した。

「……面白い目、確かにあってるよ」


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第6話「謎の守護者・暁、現る」

第6話「謎の守護者・暁、現る」


 六人目は、最も遅く、最も謎めいた形で現れた。


 夕暮れの河原。光が一人で散歩していると、橋の欄干に座っている人影があった。

 薄い紫の着流しに、黒い羽織。夕日に逆光になって顔が見えない。


「九条光。ようやく会えた」


 低い声だった。女性の声にしては低い。しかし確かに女性だ。


 人影がゆっくりと橋から飛び降りた。いや、降りたというより——

 空気の中をふわりと歩くように、着地した。


あかつき。六番目の守護者」


 夕日の中で顔が見えた。二十一歳ほどか。切れ長の目。口元には薄い笑み。

 両目の下に、薄い刻印が浮いている。それが夕日に照らされてかすかに光った。


「……ほかの五人から話は聞いた?」

「ああ。おまえが当主か。見た目は普通の大学生だな」

「よく言われます」


 暁は光の周りをゆっくりと歩き始めた。まるで値踏みするように。


「正直に言う。私は、この集合に反対だった」

「……なんで?」

「守護者がひとつ所に集まれば、邪神の手先にも居場所を知られる。分散して守るべきだと考えていた」


 光はしばらく考えた。

「それ……理屈は通ってるね」

「だろう?」

「でも、今ここにいるって事は、来ることにしたんだよね」


 暁が足を止めた。


「……あの子たちが、おまえを信用しているから」

「それだけ?」

「……それだけで十分だろう」


 暁はそっぽを向いたまま言った。


 帰り道、二人並んで歩いた。

 暁が光の五歩後ろを歩いているので、振り向くと距離が縮まった。


「そんな離れて歩かなくていいよ」

「……護衛の基本だ」

「家の中でも五歩後ろにいるの?」

「…………場合による」


 光は笑った。暁が怪訝そうな顔をした。


「……なぜ笑う」

「なんか、焔さんみたいで安心した。みんな真面目なんだなって」

「私は焔とは違う」

「知ってる。でも真面目なのは似てる」


 暁はまた少し黙った。

 そして、一歩だけ前に出た。


「……先に歩く。後ろから変なことを考えていそうだから」

「考えてないよ!」

「嘘をつくな。男というのはそういう生き物だ」


 光は反論できなかった。


 夜、六人が揃った食卓。

 焔が「全員集合しました」と頭を下げた。

 澪が静かに頷いた。凪が「わあ!」と声を上げた。大地が腕を組んだ。星奈が夜空を見上げた。


 暁は端の席に座り、箸を持って言った。

「……飯の前に一つ確認する。邪神の封印、すでに一つ——揺らいでいる」


 食卓の空気が変わった。


「……詳しく話して」と光が言った。


 戦いが近い。六つの守護者の夜が、始まった。


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第7話「封印の揺らぎ、初陣」

第7話「封印の揺らぎ、初陣」


 翌朝、七人は近隣の神社に向かった。


 暁が昨夜語った内容はこうだ。

 六つの邪神の封印石は、全国各地のやしろに隠されている。それぞれ守護者の「元素」と対応した封印であり、守護者が直接触れることで定期的に封印を更新していかなければならない。

 しかし今、一番近くにある「炎の封印石」が揺らいでいる。何者かが封印に干渉しようとしている証拠だ。


 午前五時。まだ薄暗い住宅街の裏手にある小さな神社。

 鳥居をくぐると焔の目が細くなった。


「……感じます。異質な気配」

「邪神の手先か」


 暁が羽織の袖から細い刀を引き出した。


「光。あなたは後ろにいなさい」

「でも——」

「今はまだ、あなたには何もできない。それが悔しければ、大地の稽古を続けることだ」


 光は拳を握った。悔しかった。しかし暁の言葉は正しかった。


 境内の奥、本殿の裏手に気配が集まった。

 黒い靄のような影が三つ。人の形をしているが、輪郭がぼやけている。邪神の使い魔——「曲者まがもの」だ。


 焔が両手を広げた。掌に小さな炎が灯り、次の瞬間——


「焔花・散華!」


 燃え盛る花びらが闇を切り裂いた。

 澪が水を薙いで使い魔を阻み、凪が突風で境内を吹き払い、大地が足を踏み鳴らして地面を隆起させた。


 星奈は静かに目を閉じていた。

「……あそこです」


 彼女が指さした先、本殿の縁の下から黒い根のようなものが封印石に絡まっていた。


 暁が跳んだ。夜気を裂く刃。一閃。


 根が断ち切られ、封印石が薄く輝いた。


 すべて三分以内の出来事だった。


 光は何もできなかった。ただ、境内の端で見ていた。


 帰り道、焔が隣を歩きながら言った。

「光様。次こそは、力になれるよう——」

「わかってる。稽古、続ける」


 光は空を見上げた。夜が明け始めていた。

「……俺って、何ができる?勇者の末裔なのに」


 しばらく間があった。


 焔が静かに言った。

「白炎の勇者は——戦う力よりも、人を束ねる力を持っていたと伝わります」


 光は焔の顔を見た。


「……俺にそれがあるかどうか、まだわかんないけど」

「…………今日、私たちが全力を出せたのは」


 焔は少し頬を染めて、前を向いた。


「光様が、後ろで見ていたからかもしれません」


 光は何も言えなかった。

 ただ、胸の奥で何かが確かに動いた。


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第8話「澪と雨の午後」

第8話「澪と雨の午後」


 梅雨に入った日。


 光は大学の帰り道で雨に降られた。傘を持っていなかった。

 近くのコンビニに駆け込んだとき、すでに中にいた人物に気づいた。


「……澪さん?」

「……光。傘、ないの」

「うん。持ってくるの忘れた」

「私も」


 雨がどんどん強くなってきた。二人でコンビニの窓の前に立って、しばらく空を眺めた。


「澪さんって……雨は好き?水の守護者だし」

「……微妙。好きだけど、体が反応しすぎる」

「反応って?」

「雨が降ると、自分の境界線が曖昧になる気がする。水と自分が溶けていくみたいで」


 澪が窓ガラスに指先を当てた。雨粒が伝う線を、ゆっくりとなぞる。


「怖くないの?」

「……昔は怖かった。でも今は」


 彼女は少し間を置いた。


「ここに来てから、少し変わった気がする」


 光は傘を一本買った。澪の分も。

「帰ろうか」

「……二人で一本でよかったのに」


 光が固まった。澪が静かな顔で言う。


「節約になるでしょ」

「そ、そうだけど……」

「冗談。使って」


 澪がすたすたと歩き出した。

 光は頭をかきながら、傘を開いて後を追った。


 帰り道の途中、澪の傘が急に大きく傾いた。水溜まりを踏みそうになった光を避けようとして、二人の傘がぶつかり、澪が光の腕に体ごとぶつかってきた。


「わっ——」

「あ……」


 光の傘の柄を澪が掴んでいた。光の手の上に、澪の手が重なっている。

 雨の音だけが聞こえた。


 澪がゆっくりと手を離した。


「……ごめん」

「俺こそ」


 少し間があって、澪が前を向いたまま言った。


「……水溜まり、あった」

「うん」

「避けてくれたんでしょ」

「まあ……」


 澪がほんのわずかに顔を伏せた。


「……ありがとう」


 その声が雨音に混じって消えそうで、光はもう一度確かめたかったが、やめた。

 ちゃんと聞こえたから。


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第9話「大地の過去と、無言の稽古」

第9話「大地の過去と、無言の稽古」


 大地との稽古は毎朝続いていた。


 光はだいぶ動けるようになってきた。といっても大地には全くかなわないが、以前より少しだけ長く持ちこたえられるようになった。


 ある朝、稽古の最中に大地の動きが止まった。


「……どうした?」

「…………なんでもない」


 しかし光には見えた。大地の左手が、かすかに震えている。


 稽古を終えて縁側で休んでいると、光は何となく聞いてみた。


「大地さん……家族はいるの?」

「……いない」

「いない、っていうのは」

「守護者の家系は代々、当主に付き添う者は家を出る。それが決まりだ」


 大地の声は淡々としていたが、視線は遠くに向いていた。


「……でも、あったんだよね。家族」

「……母親だけだった。父親は私が五歳のときに出た。守護者の家に生まれた娘を、怖がっていたんだろう。土が動くのを見て」


 光は黙った。


「母親は——私が十八のとき、病気で逝った。最後に言ったのは『大地、お前は強い子だ』だった」


 大地の声が少しだけ変わった。


「……強い子だから、泣かなかった。泣いていいのかもわからなかった」


 光は立ち上がって庭に出た。そして木刀を取り上げた。

「稽古、続けよう」


 大地が光を見た。


「……いいのか、急に」

「俺が言いたいことは、うまく言葉にできない。だから稽古で返す」


 光は構えた。

「大地さんが育ててくれた力で、俺が戦えるようになる。それが一番の答えな気がするから」


 大地はしばらく光を見つめた。

 それから木刀を取り上げた。


「……腰を落とせ。さっきより低く」


 いつもと同じ声だった。

 でも、その声の奥のどこかが——少しだけ、溶けた気がした。


 夕方、焔が麦茶を持ってきたとき、大地が縁側の柱にもたれて目を閉じていた。

 ごくわずかだが、その口元が穏やかだった。


 焔は光に小声で言った。

「大地様が、あんな顔をするのを初めて見ました」


 光は何も言わなかった。

 ただ、少しだけ誇らしかった。


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第10話「凪の秘密と屋上の夕焼け」

第10話「凪の秘密と屋上の夕焼け」


 光が大学のキャンパスを歩いていると、見慣れた顔に出くわした。


「凪さん?なんで大学に——」

「見学!聞いてたでしょ、入学したいって」

「聞いてたけど……正式な手続きとかしたの?」

「えへ、光のとこの大学、一般聴講できる授業があってさ。今日申し込んだ」


 凪は嬉しそうにパンフレットを掲げた。


 昼休み、二人で屋上に上がった。

 風が強い。凪の髪がばさりと舞い上がった——と思ったら、自在に風を操って髪を直した。


「便利だね」

「でしょ。でも高校のとき、体育でバドミントンしたら全部自分のコートに落としちゃって大変だった」


 光は噴き出した。


「……あのさ、凪さんってなんで法律勉強してるの?守護者なのに」


 凪がベンチに腰かけた。少し表情が変わった。


「……守護者の使命が終わったら、普通に生きたいじゃん。でもさ、守護者って表に出られないでしょ。それって……おかしいと思うんだよね」


「おかしい?」

「異能があっても、社会の中でちゃんと人として扱われるべきだと思う。そういう法律を作りたい」


 凪の声はいつもよりずっと真剣だった。


「だから法律を」

「うん。難しいけど……夢だから」


 光は空を見上げた。夕焼けが広がっている。


「凪さん、ここ座っていいよ」

「え、もう座ってるけど?」


 光が隣に腰かけた。

 その途端、突風が吹いて凪の着物の裾が大きく舞い上がった。


「わあ!」

「ちょっ……!」


 反射的に光が手を伸ばして裾を押さえたが——時すでに遅し。というか押さえた場所が悪かった。


「…………」

「…………」


 凪が二秒間フリーズして、それから真っ赤になった。

「みっ——み、見た?」

「み、見てない!」

「絶対見た!!」


 風が急に強くなった。周囲の資料が全部飛んだ。


「落ち着いて!俺の課題のプリントが——!」

「だって!!」


 夕焼けの屋上で、プリントが舞い散った。

 光は走り回りながら思った。守護者と暮らすのは、体力が要る、と。


 プリントを全部回収した後、二人で並んで夕日を見た。

 凪がぽつりと言った。

「……ありがとね」

「何が?」

「夢、笑わなかった」


 光は凪の横顔を見た。


「笑うわけないじゃん。いい夢だと思うよ、本当に」


 凪がにっこりした。今度は照れではなく、ただ純粋に。

「光って、たまにすごいこと言うよね」

「そうかな」

「そうだよ」


 夕焼けが二人を染めた。


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第11話「暁の刻印と、伝えられなかった言葉」

第11話「暁の刻印と、伝えられなかった言葉」


 暁が目を覚ましたのは深夜だった。


 光が台所に水を飲みに行くと、暁が窓の外を見て立っていた。

 羽織を着ていない。浴衣姿の背中。

 そして——首筋から肩にかけて、薄く光る刻印が広がっているのが見えた。


「暁さん……?」


 暁が振り返った。いつもの無表情だったが、目の下が少し青い。眠れていないのだろう。


「……何の用だ」

「水飲みに来ただけ。暁さんこそ」


 暁は少し間を置いて言った。

「刻印が痛む」


 光は近づいて、刻印を覗き込もうとした。暁がわずかに身を引いた。


「見るな」

「見てる場合じゃないかもしれないから見てる」

「……医者が見てもわからない」

「俺も医者じゃないけど」


 光が棚から救急箱を出し、冷却シートを探した。

「これ、あったかい?」


 暁がじっと光を見た。

「……お前は、怖くないのか」

「何が?」

「この刻印は——六番目の守護者の印だ。六柱の邪神の中で最も力の強い者と対応している。もし封印が破れれば、私が最初に飲み込まれる」


 光は冷却シートを差し出しながら言った。

「だから怖いって思ってほしいの?」

「……違う。ただ、事実を話した」

「うん。聞いた」


 暁が冷却シートを受け取った。自分で首筋に当てながら、少し表情が緩んだ。


「……冷たい」

「気持ちいい?」

「……まあ」


 二人でしばらく夜の台所に立っていた。


「暁さん、じいちゃんのこと知ってた?」

「龍馬翁か……ああ。一度だけ会った。十五のとき」


 暁の声がわずかに変わった。


「あの人は私を見て、こう言った。『お前が一番孤独な役を担うことになる。だから一番最後に着くといい。その頃には仲間が揃っているから』と」


 光の胸が熱くなった。


「……じいちゃん、ちゃんと考えてたんだ」

「……ああ」


 暁は窓の外を向いた。


「九条龍馬は——ちゃんとした人だった。だから私も来た」


 光は何も言わなかった。

 ただ、じいちゃんへの感謝が、静かに積み重なった。


────────────────────────────────────────


第12話「第一の封印、試練の始まり」

第12話「第一の封印、試練の始まり」


 星奈が告げたのは、朝食の最中だった。


「……昨夜の星の動きで、わかりました。第一の封印石が明日の夜明けに危機を迎えます」


 食卓が静まり返った。


「どのくらい本気で?」と暁が聞いた。

「完全に、です。放置すれば封印が崩れる」


 七人は夜通しで準備した。


 光は何もできないとわかっていたが、一つだけできることをした。

 全員分の携帯食と水を用意し、地図を広げて動線を確認し、万が一のために大学の友人に「明日連絡が遅れるかも」とだけ伝えた。

 焔がそれを見て言った。

「指揮、ありがとうございます」


 夜明け前、七人は小高い丘にある古い神社に着いた。

 境内に一歩入った瞬間、空気が変わった。冷たく、重く、暗い。


 曲者が来た。今度は五つ。


 焔が炎を、澪が水を、凪が風を、大地が大地を、星奈が星の光を束ねた。

 暁が刃を抜いた。


 光は後方で全員の動きを見ていた。連携の乱れを声で伝えた。

「凪、左!澪、後ろ!大地、もう一押し!」


 声は届いた。六人が動いた。


 しかし最後の一体が封印石に手をかけた瞬間——


 光は気づいたら走っていた。

 石の前に立ちはだかった。

 曲者の「手」が光の胸に触れた。


 その瞬間——


 光の胸の内側から、白い光が溢れた。


 曲者が弾け飛んだ。


 封印石が強く輝いた。


 全員が呆然と光を見た。


「……光様」と焔が言った。

「俺も……わかんない、何が起きたか」


 光は自分の手を見た。手の甲に、薄い光の紋様が浮いている。白い炎のような。


 暁が静かに言った。

「……白炎の力だ。封印の勇者の血が、目覚めた」


 夜明けの光が差し込んだ。


 焔が光を見た。その目に、何かが燃えていた。

 澪がそっと光の手を確かめた。

 凪が「すごーい!」と声を上げた。

 大地が無言で頷いた。

 星奈が「星が、喜んでいます」と言った。

 暁が少し目を細めた。


 光は六人の顔を見渡した。


「……みんな、ありがとう」


 夜明けの神社に、七人の呼吸が重なった。

 これが——始まりだった。

第13話「白炎の力の代償」

第13話「白炎の力の代償」


 封印の守護を終えた翌日、光は目が覚めると右手が動かなかった。


 正確には動く。でも感覚がない。手の甲に浮いた白い紋様が、薄く疼いている気がする。


 黙って大学に行こうとしたが、焔に見つかった。


「光様、右手を見せてください」

「大丈夫だよ、ちょっと痺れてるだけ」

「見せてください」


 焔の声に珍しく強さがあった。光は黙って手を差し出した。


 焔が紋様を覗き込んだ。表情が引き締まった。


「……封印の力を使ったことへの反動です。白炎の力は、使うたびに持ち主の体に刻まれていく」

「刻まれる、って?」

「三百年前の勇者の記録によれば——最後には力が体を喰い尽くす、と」


 光はしばらく黙った。


「……じいちゃんは?」

「龍馬翁は、生涯一度も白炎の力を解放しなかったと伝わっています。おそらくそのことを知っていたから」


 光は自分の手を見た。


「だったら、昨日はまずかったかな」

「……でも」


 焔が光の手を、そっと両手で包んだ。


「光様が前に出なければ、封印石は砕けていました。私たちは間に合わなかった」


 焔の声がわずかに震えていた。


「だから……ありがとうございます。そして、ごめんなさい」

「なんで謝るの」

「私たちが、あなたに荷を負わせてしまったから」


 光は少し考えて、焔の手の上に左手を重ねた。


「荷じゃないよ。一緒に戦いたいんだ。それだけ」


 焔が顔を伏せた。

 その瞳の端に、光るものがあった気がした。


 その後、暁が調べた結果、力を頻繁に使わなければ反動は緩やかにとどまること、さらに封印の更新が進むほど力の暴走リスクは下がることがわかった。


「つまり——ゴールは早い方がいい」と光は言った。

「急ぎすぎれば体が持たない」と暁は言った。

「じゃあ、ちょうどいいペースで」と光は笑った。


 暁がため息をついた。でもその口元が少しだけ動いたのを、澪だけが見ていた。


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第14話「焔の乙女心と台所事変」

第14話「焔の乙女心と台所事変」


 焔が台所で何かを作っていた。


 光が帰宅すると、台所から煙が出ていた。

「焔さん!?」

「問題ありません!」


 問題はあった。鍋の中身が真っ黒だった。


 焔は振り返りざまに、エプロンの裾を持って顔を覆った。顔が真っ赤だ。


「その……手料理でお礼を、と思ったのですが」

「何を作ろうとしてたの?」

「……肉じゃがです」

「これは……」

「焦がしました」


 焔が消炭になった鍋を見て、眉間に皺を寄せた。


「守護者として生まれ、炎を操るこの私が……料理で火加減を誤るとは」

「調理の火と霊力の炎は別物だから……」

「言い訳になりません!」


 光は笑いをこらえながら焔の隣に立った。

「一緒に作ろう。まだ材料ある?」

「……あります。でも光様に作らせてしまっては」

「二人で作れば二人のお礼になるよ」


 焔がきょとんとした顔をした。


 二人で肉じゃがを作り直した。

 途中、焔が「教えてください」とずっと光の手元を見ていた。

 光がじゃがいもを切るとき、焔が「次はどうするのですか」と顔を寄せてきた。

 距離が近かった。


「焔さん、近い……」

「いけませんか」

「いけなくはないけど……鍋に当たるよ」


 焔が一歩引いた。でも視線は外さなかった。


 できあがった肉じゃがは少し味が濃かったが、美味しかった。


 六人で食べながら澪が「焔って料理できないの?」と聞いた。

「わかっておろう」と大地が言った。

「炎を操れるのに不思議だよね」と凪が言った。

「焔の誤操作は昔からです」と星奈が言った(珍しく情報量が多かった)。


 焔が唇をきゅっと結んだ。

「……今日は光様に教えていただきました。次は一人でも」

「次も一緒に作ろうよ」


 光が笑うと焔は少し俯いて、でも口元が緩んでいた。


 暁がお茶を飲みながらぽつりと言った。

「……台所の換気扇、もう少し早く回せ」

「すみませんでした」


 それでも焔の表情はいつもより柔らかかった。


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第15話「第二の封印・水の社へ」

第15話「第二の封印・水の社へ」


 次の封印は遠かった。


 星奈が夜半に言った。「水の封印石が——揺れています。海辺の社です」


 七人は翌朝、電車で二時間の海岸へ向かった。

 一般人が多い車内で、七人は普段着に着替えていた。


 光の隣に座った澪が、ずっと窓の外を見ていた。

 海が見えてきた瞬間、澪の表情が変わった。ほんの少し——ほぐれた。


「澪さん、海好き?」

「……海と川は、話しかけてくる気がする。海の声は大きくて少し怖い」

「話しかけてくる?」

「水の守護者はそういうもの。水が何かを教えようとしている、みたいな感覚」


 光は海を見た。

「今は何て言ってる?」

「……急いで、と」


 社は磯の突き出た岬の上にあった。古い石の鳥居が潮風に削られている。


 曲者は七体。今回は最初から組んできた。


 澪が前に出た。海風が彼女の水色の髪を揺らした。

「光、後ろに下がって」

「いや、今日は——」


 光は前に出た。

 右手の紋様を見た。白く光っている。


「澪さんの後ろに俺がいる。それだけでいい」


 澪が少し振り返って光を見た。


 その瞬間、澪の体から水の気配が溢れ出した。

 波が逆巻いた。岬の先から海水が柱のように立ち上がった。


「波濤・廻廊——!」


 七体の曲者が海水に飲み込まれ、弾け飛んだ。


 光は一歩も動いていない。

 でも右手の紋様が、ほんの少しだけ輝いて——消えた。


「……今の。俺が何かした?」

「光の存在が、守護の力を増幅させた」と暁が言った。「白炎の血は——仲間を強くする」


 澪が光の隣に戻ってきた。


「……ありがとう。後ろにいてくれて」

「俺、何もしてない」

「してた」


 澪が海を見た。波の音が高い。


「海が……やっと、おかえりって言った気がした」


 光は何も言わなかった。

 ただ、澪の横に立ち続けた。


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第16話「星奈と満天の下の約束」

第16話「星奈と満天の下の約束」


 海岸の帰りに宿を取った。

 一泊して翌朝帰ることになったが、夜、光は眠れずに宿の外に出た。


 すでに星奈が砂浜に立っていた。

 浴衣姿。足が裸足で砂を踏んでいる。


「……星奈さん」

「光様。眠れませんか」

「まあ……星奈さんは?」

「夜は起きています。星が見えるから」


 二人で砂浜に座った。

 空が広い。街灯がないせいで、星が驚くほどよく見える。


「……すごい空だ」

「はい。今夜は七千二百十三個数えました」


 光は星奈を見た。彼女は空を見上げたまま、静かに目を動かしている。


「星奈さんって——笑うの?」

「……笑うと思います。笑い方がよくわからなくなっていましたが」

「最近は?」

「……最近は。少し」


 星奈が光を見た。


「光様が、面白いことを言うから」

「俺、面白いこと言ってる?」

「はい。普通のことを言っているのに、なぜか心が動きます」


 光はそれを褒め言葉として受け取ることにした。


 しばらくして、波の音だけが続いた。


 突然、流れ星が横切った。

「あ——」

「……三十七番です。今夜の」


「三十七番って、毎日数えてる?」

「はい」


「星奈さんは、これが終わったら何がしたい?」


 星奈が少し間を置いた。


「……誰かと、夜空を見たいです。隣に、一人いるだけで、星の名前が教えたくなる」


 光は空を見上げた。


「じゃあ——俺が教わる役をやるよ」

「……いいんですか」

「好きで聞いてる。全部教えて」


 星奈がゆっくりと光を見た。

 その目の奥が、満天の星を映して揺れた。


「……では、あの一番明るいのが——」


 星奈が指さした。

 光の肩に、気づかないうちに星奈の肩が触れていた。


 どちらも動かなかった。


 浴衣の肩と肩が、星明かりの下で、静かに寄り添っていた。


 翌朝、宿を出るとき、凪が光の袖を引いた。

「ねえねえ、昨夜砂浜で何してたの?」

「星を数えてた」

「二人で?」

「星奈さんに教わってた」

「……ふうん」


 凪がにやりとしながら前を歩いた。

 その隣を澪が無表情で歩いていたが、光への視線が一秒長かった気がした。


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第17話「凪と大地の乱入稽古」

第17話「凪と大地の乱入稽古」


 大地の朝の稽古に、凪が割り込んできた。


「私も参加する!」

「……稽古は真剣勝負だ。見物じゃない」

「見物じゃなくて参加!私も光を鍛えたい!」


 大地が腕を組んだ。

「……お前の風術は加減が下手だ」

「練習する!」

「……光が吹き飛ぶ」

「加減する!」


 かくして三人での合同稽古になった。


 大地が光と木刀で組み、そこに凪が風を加える形で変則的な鍛錬が始まった。

 大地が繰り出す攻撃に、凪が風を乗せて速度を加算する。光はそれをさばかなければならない。


 三十分後、光は木の幹に叩きつけられていた。


「加減したのに……」と凪がしょんぼりした。

「加減した結果これか」と大地が呟いた。


 光は地面で空を見上げながら言った。

「……楽しかった。本当に」


 凪がぱっと顔を輝かせて光の隣に座り込んだ。

「本当に!?よかった!あのね——」


 凪がしゃべりながら身を乗り出してきた。その勢いで光の腹の上に腕をついた。


「……あの、凪さん。腹の上に乗ってる」

「え?あ!ごめん!」


 凪が慌てて起き上がろうとして、今度は後ろに倒れて頭を草の上に打った。


「いたっ!」

「俺が言うことじゃないけど……大丈夫?」


 大地がため息をついて凪の手を引いて起こした。


「次からは稽古前に準備運動をしろ。気が急いて足元が見えていない」

「はあい……」

「それと」


 大地が光を見た。


「……稽古の邪魔をされても笑っていられるのは、心の余裕だ。悪くない」


 大地にしては珍しい褒め言葉だった。

 凪が「大地が褒めた!!」と叫んで、大地に「うるさい」と言われた。


 昼、全員で昼食を食べながら凪が言った。

「あのさ、光って本当に鍛えられてきたよね。最初の頃より全然違う」

「そう?」

「うん。なんか……頼りがいがある感じがしてきた」


 凪がにっこりした。


「私、好きだよ。今の光のこと」


 場が一瞬止まった。

 凪は気づかずに飯を食べ続けた。


 焔が静かにお茶を飲んだ。澪が水を見つめた。大地が咳払いをした。星奈が天井を数えた。暁がため息をついた。


 光は麦茶を飲んだ。

「俺も、みんなのこと好きだよ」


 凪が「えへ」と笑った。

 暁がまたため息をついた。


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第18話「第三・第四の封印、連続の戦い」

第18話「第三・第四の封印、連続の戦い」


 星奈の予測は外れることがなかった。


 第三の封印石は山中の古社にあった。風の封印。

 凪が一人で挑もうとしたが、光が「一緒に行く」と言ってきかなかった。


 山を登りながら凪が不思議そうに聞いた。

「光って、怖くないの?曲者に会いに行くのに」

「怖いよ。でも一人より二人の方が怖くない」

「……なんか変な理屈だけど、わかる気がする」


 社に着くと曲者は四体。

 凪が風を展開し、光は今回、暁から渡された小さな護符を持って立った。

「これは?」

「お前の白炎の力を、一時的に守護者たちへ送る媒介だ。使うだけでいい」


 光が護符を握ると、手の甲の紋様が輝いた。

 凪の風術の威力が明らかに上がった。


「わ……すごい!もっと出る!」


 四体の曲者は嵐の中に消えた。


 下山したその夜、星奈が「第四が動いた」と告げた。


「続けて行けるか?」と暁が聞いた。


 六人が光を見た。


「行こう。全員で」


 七人はその夜、夜行電車に乗った。


 第四の封印石は北の山奥の神社だった。大地の封印。


 曲者は八体。最大の数だった。


 大地が地面を隆起させて防陣を作り、焔・澪・凪が攻撃し、暁が最前線を斬り、星奈が光の道を照らした。


 光は護符を持ちながら全員の位置を把握し続けた。

「焔、左に寄りすぎ!澪、暁の援護を!凪、風を絞って!」


 声が届く。全員が動く。


 それは戦術指揮ではなく、ただ「見えていること」を伝える行為だった。


 十分間の激戦の末、八体は散った。


 疲弊した全員が地面に座り込んだ中で、暁がぽつりと言った。


「……光。お前は本当に白炎の後継だな」

「何が?」

「戦わずに、全員を動かせる。それが白炎の勇者の力だ」


 光は自分の手を見た。紋様が薄く残っている。


「……じいちゃんがしてきたのは、こういうことだったのかな」

「おそらく」


 北の空が白んできた。


 七人は肩を寄せ合いながら、夜明けを待った。


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第19話「暁の過去と、七番目の名前」

第19話「暁の過去と、七番目の名前」


 帰りの電車の中で、暁が眠った。


 七人がけの座席に全員が並んでいた。ほとんど寝ている。

 暁は端の席に座り、目を閉じていた。


 光だけが眠れなかった。


 揺れる車内。暁の肩がゆっくり傾いた。

 光の肩に、そっともたれかかった。


 暁の横顔。眠るとまるで別人のようだ。切れ長の目が閉じられると、険しさがなくなって、ただ若い女性の顔になる。


 光は動けなかった。起こすのも悪い気がした。


 二駅ほどして、暁が目を覚ました。


 自分が光の肩で眠っていたことに気づき、微かに息を吸った。


「……すまない」

「気にしないで。俺も眠くてぼーっとしてたし」


 暁が少し間を置いて、窓の外を見た。


「……光。私の本名は、暁じゃない」


 光は黙って続きを待った。


「暁は守護者の名だ。本名は——橘夕凪たちばなゆうなぎという」


「夕凪……」


「……橘家は、六番目の守護者を代々出す家系だ。どの代も孤立する運命にある。そう言われていた。だから名前も、つけなかった。守護者として生まれた日から、ただ『暁』として生きてきた」


 光は少し考えてから言った。

「俺は暁さんって呼ぶよ。でも、夕凪って名前、いい名前だと思う」


「……勝手なことを言う」

「夕凪って、凪の前の静けさのことだろ。嵐が来る前の、でも落ち着いた時間」


 暁が光を見た。


「……そんな意味を考えたことはなかった」

「橘さんの親御さんはきっと、そういう子になってほしかったんじゃないかな」


 暁は長い間黙っていた。


 やがて、ぽつりと言った。


「……親は知らない。生まれてすぐに守護者の家に預けられた。だから」


 光は何も言わなかった。

 ただ、窓の外を一緒に見た。


「俺のじいちゃんがあなたに言った言葉——『一番孤独な役だから、最後に来ればいい』」


「……ああ」


「そのじいちゃんが、一番最初にあなたのことを心配してたって思う。名前は関係なく」


 暁はまた黙った。


 今度は少し長かった。


 でも、光の肩にほんの少しだけ、また体重がかかった気がした。


 光は窓の外を見続けた。


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第20話「邪神の器・敵の正体」

第20話「邪神の器・敵の正体」


 帰宅して三日後、光の大学に見知らぬ転入生が来た。


 整った顔立ち。黒い着流しのような私服。

 光を見つけた瞬間、薄く笑った。


「九条光——ついに会えた」


 声が暁に似ているが、もっと冷たい。


「……あなたは?」

黒炎こくえん。三百年前、白炎の勇者が六柱の邪神とともに封印した——第七の存在だ」


 光の胸が冷えた。


「七番目、なんて話は聞いてない」

「当然だ。歴史は勝者が書く。私は神でも魔でもない、ただの人間だ。封印された人間の」


 黒炎が光に近づいた。


「私は三百年前、白炎と戦い、敗れ、邪神と共に封じられた。目覚めた今、邪神の封印を解き、この力を解放したい。それだけだ」


「……力を解放したら、人が死ぬかもしれない」

「かもしれないな。でも閉じ込められた三百年の方が、私には死よりつらかった」


 その言葉は、不思議なほど真剣だった。


 光はしばらく黙った。


「……あなたは今、何を求めてる?」

「自由だ」

「封印を解くこと以外に、方法はないの?」

「……三百年誰も考えなかった問いだな」


 黒炎が少し目を細めた。


「白炎の末裔が——面白いことを言う」


 そのとき焔が来た。黒炎を見た瞬間、手に炎が灯った。


「光様、下がってください!」

「待って焔さん」


 光は焔の前に立った。


「まだ話が終わってない」


 黒炎が口元に微かな笑みを浮かべたまま、一歩引いた。


「……今日はここまでにする。九条光、お前は祖先に似ている。白炎は私を封じる前に同じことを言った——『他に方法はないか』と」


「じいちゃんの先祖が?」

「そうだ。そして彼は、答えを見つけられなかった。お前が見つけられるかどうか——興味がある」


 黒炎は静かに立ち去った。


 夜、七人で話し合った。


「黒炎を倒すべきだ」と暁が言った。

「でも……彼女は望んで邪神になったわけじゃないかもしれない」と光は言った。


 沈黙。


「……光様の判断に従います」と焔が言った。

「私も」と澪が言った。

「俺たちは光の盾だ」と大地が言った。

「どこへでも飛ぶ」と凪が言った。

「星は導きます」と星奈が言った。


 暁が最後に言った。

「……お前が答えを探す間、私たちが守る」


 光は六人の顔を見た。


「……ありがとう。一緒に、考えよう」


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第21話「第五の封印・じいちゃんの手紙」

第21話「第五の封印・じいちゃんの手紙」


 第五の封印は、光の家の近くにあった。


 星奈が「あの神社です」と指したのは、光が子供の頃よく遊んだ、じいちゃんと何度も行った小さな神社だった。


「……じいちゃんが来てたのは、これのためだったのか」


 社の本殿の床下に、封印石があった。

 その脇に、古びた木箱が埋められていた。


 光が手に取ると、焔が「あれは——」と声を上げた。


 箱の中に、手紙が入っていた。


---

光へ。


これを読んでいるということは、お前はもう守護者たちと出会ったのだろう。


俺は一生、白炎の力を使わなかった。怖かったからじゃない。使う必要がなかったからだ。お前が使う時のために、力を温存した。


守護者たちを信じなさい。彼女たちは三百年を生き、この日のために育ってきた。


そして——七番目のことは、お前が決めなさい。俺には決められなかった。お前は俺よりずっとまっすぐだから、きっとできる。


最後に。盆栽の水やりは三日に一度でいい。忘れるなよ。


    九条龍馬


---


 光は手紙を読み終えて、目を閉じた。


 隣で焔が静かにしていた。

 澪が水を握ったまま動かなかった。

 凪がくちびるを押さえた。

 大地が目を逸らした。

 星奈が空を見上げた。

 暁が目を伏せた。


 光は一度深呼吸した。


「……みんな、封印しよう」


 七人で封印の儀式を行った。

 光が護符を握ると、白炎の光が広がった。封印石が輝いて、強く閉じた。


 その光の中で光は思った。

 じいちゃん。俺はまだ答えを出してないけど、探してるよ。


 封印が終わると、夜の神社に虫の声が戻ってきた。


 焔が光の隣に静かに立った。


「龍馬翁は——光様のことを、ちゃんと愛していたんですね」

「うん」


 光は木箱を閉じた。

「盆栽の水やり、三日に一度か」


 焔がほんの少しだけ、笑った。

 それは今まで見た中で一番柔らかい笑顔だった。


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第22話「黒炎との対話・三百年の孤独」

第22話「黒炎との対話・三百年の孤独」


 光は一人で黒炎に会いに行った。


 といっても完全に一人ではない。暁が五十メートル後ろについてきており、焔が百メートル先で待機していた。


 指定された場所は夜の公園だった。


 黒炎は池の前に立っていた。水面に月が映っている。


「来たな」

「来たよ。話したかったし」


 光はベンチに腰かけた。

 黒炎は立ったままだった。


「……三百年の間、何を考えてたの?」


 黒炎が少し間を置いた。


「……最初の百年は、怒っていた。次の百年は、諦めていた。最後の百年は——何も考えなくなっていた」


「三百年、一人で?」

「邪神とともに封じられていた。しかし彼らとは話せない。ただそこにいるだけで、声もない」


 光は黙った。


「……それって、死より辛い、って言ってたやつ」

「ああ」


「黒炎さん、俺に頼みがある」


 黒炎がわずかに顔を動かした。


「邪神の封印を解かずに、あなただけを解放する方法を探したい。一緒に考えてほしい」


 黒炎が光を見た。


「……そんな方法があるとは思えない」

「三百年誰も考えなかったんでしょ。だったらまだわからない」


「お前は——」


 黒炎の声が少し変わった。


「お前は、私を「敵」と見ていないのか」

「見てないよ。あなたは封じられた被害者じゃないかと思ってる」


 長い沈黙。


 黒炎がゆっくりとベンチに座った。光の隣ではなく、少し離れた端に。


「……白炎もそう言っていた。戦う前に。そして結局、方法を見つけられなかった」

「俺も見つけられないかもしれない。でも探す」


「なぜ」


「あなたが三百年、誰にも助けてもらえなかったから」


 月が雲に隠れた。


 黒炎は何も言わなかった。

 でも、立ち去らなかった。


 二人はしばらく、池の水面を見ていた。


 遠くで、暁がため息をついた気配がした。


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第23話「第六の封印・七人の力を束ねて」

第23話「第六の封印・七人の力を束ねて」


 最後の封印石が揺れた。


 星奈が夜半に目を覚まして言った。「今夜です。第六の封印が——」

 声が震えていた。「今まで一番、大きい気配です」


 場所は光の町の中心にある古い神社。かつては大社だったが今は小さくなった、しかし歴史だけは深い場所。


 七人が鳥居をくぐった瞬間、空気が変わった。


 今までとは違う。重さが違う。闇の濃さが違う。


 曲者が現れた。数は十二体。そして——その後ろに、巨大な「気配」がある。

 封印が半分解けた邪神の、意識の端が漏れ出している。


「これが……邪神」と凪が息を呑んだ。

「まだ実体はない。でも、今夜を乗り越えられなければ」と暁が言った。


 光は全員を見た。


「焔、大地、前衛。澪、凪、中衛。星奈、後方で全員の位置を把握して声で知らせて。暁、自由に動いて」


「光様は?」と焔が聞いた。

「俺は中心にいる。全員に力を送り続ける」


 暁がこくりと頷いた。


 戦いが始まった。


 十二体の曲者は今までより速く、強かった。

 大地が防陣を張るが、突破される。焔が炎を放つが、すぐ再生する。


 しかし光が護符を握り、白炎の力を全員に送り続けると——


 力が変わった。


 焔の炎が白くなった。

 澪の水が銀色になった。

 凪の風が光の糸を纏った。

 大地の大地が金色に輝いた。

 星奈の星の光が降り注いだ。

 暁の刃が白炎を宿した。


 六つの力が一つに束ねられた。


「——六守合一・白炎解放!」


 光が叫んだ。六人の力が一点に集まり、爆ぜた。


 十二体が一瞬で消えた。

 邪神の気配が後退した。

 封印石が輝き、今まで以上に強く閉じた。


 七人は全員その場に倒れた。


 誰も怪我はなかった。ただ、全員の力が空になっていた。


 光は空を見上げた。夜が明け始めていた。


「……みんな、ありがとう」


 焔が光の隣で言った。

「光様のおかげです」

「俺一人じゃ何もできなかった」

「ええ。ですから——七人なんです」


 光の目に涙が滲んだ。こらえた。


 でも焔は見ていた。

 澪も見ていた。

 凪も、大地も、星奈も、暁も——見ていた。


 誰も何も言わなかった。

 それが優しさだと、光は知らなかった。


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第24話「「また、朝が来る」——第一期 完」

第24話「また、朝が来る」——第一期 完


 六つの封印が更新された翌日。


 七人は疲れ切って、光の家のリビングで思い思いに過ごしていた。

 焔が縁側で紅茶を飲んでいた。澪が台所で静かに洗い物をしていた。凪はソファで寝ていた。大地は庭で目を閉じて座っていた。星奈は縁側から空を数えていた。暁は座布団の上で本を読んでいた。


 光は台所でお昼ご飯の準備をしていた。


 全員の好みはもう覚えた。焔は甘いものが好き。澪は薄味。凪はなんでも食べる。大地は野菜が多めが嬉しい。星奈は食に無頓着だが、星の形のものには少し反応する。暁は辛いものが好きだが認めない。


 光は鍋を見ながら笑った。


「どうした」


 暁が台所に来て水を飲んだ。


「なんでもない。みんなの好みを全部覚えてるのに気づいただけ」

「……そういうことに、ちゃんと気づくな、お前は」

「みんなが大事だから」


 暁が水を飲む手を止めた。


「……白炎の勇者は、三百年前も同じことを言っていたと記録にある」

「じいちゃんの先祖が?」

「ああ。『みんなが大事だから』と——私の先祖に言ったと、守護者の古書に書いてあった」


 光は少し驚いた。


「……じゃあ、俺の家系って昔からそういう人間なのかな」

「そうなのかもしれない。だから、三百年を経ても守護者が集まる」


 暁がカップを置いて、ぽつりと言った。


「……黒炎の件は、まだ答えが出ていない」

「うん。でも探す」

「一人で探すな」

「わかってる。七人で探す」


 暁がわずかに眉を上げた。


「……七人に、黒炎を含めるつもりか」

「まだわからない。でも可能性は閉じたくない」


 暁は少し間を置いて言った。


「……お前は白炎の末裔にしては、お人好しすぎる」


「暁さんは言い方が厳しすぎる」


「似たもの同士だろう」


 二人が同時に黙った。


 リビングから凪の「お昼まだー!」という声がした。

「今作ってる!」と光が答えた。

「早くー!」

「もう少し!」


 焔が台所に顔を出した。

「私もお手伝いを」

「じゃあかき混ぜて。火加減だけ気をつけて」

「……わかりました」


 澪が隣で食器を並べた。

 大地が庭から縁側に上がってきた。

 星奈が「今日は夕方に流星があります」と言った。

 凪が「全部で何個?」と聞いた。

「……まだ数えていません」


 光は鍋をかき混ぜながら、じいちゃんの仏壇の方角を向いた。


「じいちゃん、面白い目に遭ってるよ」


 誰にも聞こえないように、小さく言った。


 ちゃんと届いている気がした。


 七人の昼食が始まった。


 黒炎の問いはまだ残っている。

 第六の封印を越えても、邪神は眠っているだけだ。

 次の「黒き夜明け」は、いつか来る。


 でも——今日、光の家に昼の陽が差して、七人の笑い声があって、鍋の湯気が上がっている。


 それが、すべての答えではないかもしれない。


 でも、続ける理由には、十分だった。


─────────────────────


第一期 完


「俺の家系が、世界の命運を握っていたらしい」

第二期 予告——「黒炎の名前」


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