第9話 風の調べ
第9話です。
シン=アルバートと聖女エリシアが初めて共に戦う章。
風と祈り、理性と信仰――二人の“調和”が初めて形になります。
静かな戦闘と、心の共鳴をお楽しみください。
城下を抜けた先に、古い神殿跡があった。
石造りの柱が風に削られ、草が根を張り、
長い時の流れを静かに刻んでいる。
聖女エリシアの白い衣が、淡い光を反射して揺れた。
「この場所で、また風の異変が起きています。」
「風が“歌っている”ような音ですね。」
シン=アルバートは耳を澄ませた。
確かに、どこからか旋律のような低い音が響いている。
風が重なり、渦を描き、やがて空気を震わせていた。
「これが……“風の調べ”と呼ばれる現象です。」
エリシアの瞳が真剣に揺れる。
「本来は神に捧げる祝福の風。しかし今は、誰かが歪めて使っている。」
「なるほど、上司が勝手に書き換えた企画書みたいなもんですね。」
「企画書?」
「つまり、本来の目的を忘れて、自分の都合で動かしてるってことです。」
エリシアは一瞬戸惑ったが、すぐに微笑んだ。
「例えが……とても人間らしいですね。」
「褒め言葉と受け取っておきます。」
二人が神殿跡の中央に近づくと、
風が急に鋭くなり、砂が渦を巻いた。
「来ます!」
光の筋の中から、音をまとった黒い影が現れた。
形は人にも獣にも似ていない。
ただ、風そのものが怒りに変わった存在――“風の残響体”。
「風が……怒っている。」
エリシアの声が震えた。
「抑えられません、私の祈りが届かない!」
「だったら合わせましょう。」
「え……?」
シンは左手を差し出した。
「俺の風と、あなたの祈りを一緒に乗せる。
理屈じゃなく、感覚でいい。」
エリシアはためらいながらも、その手を取った。
冷たい風が二人の間を通り抜け、
一瞬、世界の音が消える。
――そして、響いた。
風が“音”になった。
笛と祈りが混ざり合い、旋律が空を包む。
それは怒りではなく、穏やかで温かい風。
「これは……歌?」
「風の記憶を“上書き”してるんです。」
光の影が揺れ、やがて形を崩した。
渦が解け、風が静かに広がっていく。
エリシアの頬を涙が伝う。
「……風が、微笑んでいます。」
「怒っていた風ほど、優しくなるもんですよ。」
「あなた、本当に不思議な方ですね。」
「よく言われます。前の世界でも。」
二人は並んで立ち、風に包まれながら空を見上げた。
夕陽が差し込み、神殿跡の柱が金色に輝く。
「これでまた、ひとつ風が自由になりましたね。」
「ええ。でも、まだ歌は終わっていません。」
「どういう意味です?」
「この“風の調べ”には、第二の旋律が隠されています。
次は、北の王国――“ガルディア”で吹く風です。」
「……また出張か。休暇申請が追いつかないな。」
「休暇?」
「まぁ、仕事みたいなもんですよ。」
エリシアが小さく笑う。
その笑顔は、これまでより少し柔らかかった。
「あなたの言葉、少しずつ分かるようになってきました。」
「風が通じたんですよ。」
二人の視線が交わる。
その瞬間、柔らかな風が二人の周囲を包み、
どこかで笛の音が響いた。
それはまるで、
“信頼”という名の新しい風の調べだった。
お読みいただきありがとうございます。
第9話「風の調べ」では、初めての“共闘”と“風の共鳴”が描かれました。
この回を境に、二人の信頼関係が物語の核となっていきます。
次回、第10話「ガルディアへの風」――
北方の王国、そして新たな仲間との出会いが待っています。
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