第8話 聖女の願い
第8話です。
ついに聖女エリシアの“願い”が明らかになります。
彼女は神を信じながらも、人の力を信じたいと願う――
シン=アルバートとの対話で、その矛盾が少しずつ溶けていきます。
聖堂の最上階。
高い天窓から光が差し込み、白い布が風に揺れていた。
聖女エリシアは、祈りの姿勢のまま、ゆっくりと顔を上げた。
「……来てくださってありがとうございます、シン様。」
「ええ。呼び出しを無視すると、後々めんどくさいですからね。」
「ふふ。真面目な方なんですね。」
「いや、面倒事を避けるのが得意なだけです。」
そう言って肩をすくめると、エリシアは小さく笑った。
――笑顔が、どこか危うい。
そう感じた。
その目の奥には、深い疲れと、何かを背負う影があった。
「北の丘での件。あれは、神殿でも把握していませんでした。」
「つまり、あなたたちの“管理外”だったと。」
「はい。本来、風は女神の加護のもとにあります。
それが暴走したということは……誰かが“風”を利用しようとしています。」
「誰か、ですか。」
エリシアは小さく頷いた。
「神を語り、風を操り、人々を惑わす“偽りの預言者”。
近年、この国の各地で風の異変が続いています。
それらすべてに、彼の存在が関わっているかもしれません。」
シンは腕を組んだ。
「偽りの預言者、ね……どの業界にもいますね。
人の信頼を利用して、うまく風に乗るタイプ。」
「あなたは、そういう人間を知っているのですね。」
「職場に山ほどいましたよ。」
短く笑った後、真顔に戻る。
「で、俺に何をしてほしいんです?」
エリシアは真っすぐ見つめた。
「あなたの風で、彼の痕跡を探してほしいのです。
風は記憶を運びます。あなたなら、その残響を追えるはず。」
「……風に“記録媒体”みたいな機能があるとは。」
「この世界の風は、生きています。
だからこそ、あなたのような異質の存在を覚えている。」
その言葉に、シンはわずかに息を呑んだ。
“異質の存在”――それはつまり、自分が異世界人であることを
彼女が気づいているということだ。
「……どうやら、隠し事はできないようですね。」
「風が教えてくれました。」
エリシアは穏やかに微笑む。
「でも、恐れる必要はありません。
風はあなたを、この世界に必要だから連れてきたのです。」
「責任重大ですね。」
「ええ。けれど、あなたなら背負えるはず。」
その目は、まっすぐで、迷いがなかった。
まるで、自分の中の何かを透かし見ているようで、居心地が悪い。
「……俺に信仰はありません。
ただ、困ってる人がいれば手を貸す程度です。」
「それで十分です。」
エリシアは立ち上がり、窓の方を向いた。
風がカーテンを揺らし、彼女の髪を撫でる。
「私は、神の声を聞く者として生きてきました。
けれど……本当は、“神に頼らず生きる人の強さ”を信じてみたい。」
「……それが、聖女の願いですか?」
「はい。」
静かな間。
やがて、シンは小さく笑った。
「いい願いですね。上司よりも現実的だ。」
「上司?」
「ああ、前の世界の話です。いつも理想論ばかりで。」
エリシアは微笑み、首を傾げた。
「あなたの言葉、難しいけれど……不思議と心に風が吹くようです。」
「口だけは達者なんで。」
二人の間を、柔らかな風が通り抜けた。
その風はどこか暖かく、まるで新しい始まりを告げているようだった。
やがて、聖女は静かに頭を下げた。
「お願いです、シン。
あなたの風で、この国を救ってください。」
シンは少し考えたあと、肩を竦めた。
「まぁ、風の仕事なら引き受けましょう。
ただし――俺のやり方でやります。」
「それで構いません。」
その瞬間、窓の外で風が渦を巻いた。
まるで二人の契約を祝福するように、白い花びらが舞い込む。
――風は、人と人を結ぶ。
それを、シン=アルバートはようやく理解し始めていた。
お読みいただきありがとうございます。
第8話「聖女の願い」は、二人の関係が本格的に動き始める章でした。
信仰と現実、理想と行動――それらをどう折り合いながら生きるか。
次回、第9話「風の調べ」では、シンが聖女に同行し、初の“共闘”が描かれます。
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