第15話 南風の影
第15話です。
南方の町“レシア”での異常現象――“無風地帯”編の幕開けです。
黒衣の風使いとの対決を通じて、
シン=アルバートが「風の存在意義」を再び問い直す重要な回になります。
北の風が静まった翌朝。
シン=アルバートたちは、神殿を後にして南方へ向かっていた。
「北の風は落ち着きましたね。」
エリシアが空を見上げる。
その瞳には、どこか安堵と寂しさが混じっていた。
「でも油断はできません。」
レオンが鞄の中の地図を広げた。
「南部では“風の反転現象”が再び確認されています。
しかも、自然では説明できない速度です。」
シンは頷いた。
「つまり、誰かがまた“風を弄んでる”ってことか。」
「……はい。しかも、今回は“風の音が聞こえない”そうです。」
エリシアが息を呑んだ。
「風が、沈黙している……?」
「ええ。風の存在そのものが“消えている”場所があるらしい。」
「それは……“無風地帯”か。」
シンの声が低くなった。
「風が消える。それはつまり、“命の流れ”が止まっている。」
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数日後、南方の町レシアに到着した三人を迎えたのは――
異様な静けさだった。
木々は揺れず、旗は垂れ下がり、
街の空気がどこか“息をしていない”。
「……まるで、世界が呼吸を忘れたみたいだ。」
シンが呟く。
人々は怯えたように家に閉じこもっていた。
子どもの笑い声も、鍛冶屋の槌音も聞こえない。
「ここが、“無風地帯”……。」
エリシアの顔が青ざめる。
「風の声が、まったく聞こえません。」
レオンが小声で続けた。
「この地域を支配しているのは、
“黒衣の風使い”と呼ばれる者だと噂されています。」
「黒衣の風使い?」
「風を操る力を、人を支配するために使う者。
ガルディアの旧軍部の残党とも言われています。」
「なるほど、風を兵器に変えた亡霊たちか。」
シンは静かに笛を握った。
その時、風のない空気を切り裂くように声が響いた。
「ようこそ、“無風の楽園”へ。」
三人が振り向くと、黒い外套をまとった男が立っていた。
その目は琥珀色に光り、口元には冷たい笑み。
「お前が……“黒衣の風使い”か。」
「そう呼ばれているようだな。
だが正確には――“風を止める者”だ。」
男が指を鳴らす。
瞬間、空気が軋んだ。
木々が音もなく折れ、砂が地に貼りつく。
「風が……動かない!」
レオンが叫ぶ。
「人は風に頼りすぎた。
だから私は、風を封じ、静寂を与えたのだ。」
「それを支配って言うんですよ。」
シンの声が低く響く。
「風は生きてる。止めれば腐る。
それでも“静寂”が理想だって言うなら、
お前はただの――死んだ空気だ。」
男の目が細くなった。
「面白い。ならば証明してみろ。“風の導き手”。」
「知ってるのか、俺を。」
「北の神殿が動けば、風のすべてが震える。
この無風地帯にさえ、その“波紋”が届いた。」
エリシアが前に出る。
「あなたがしていることは、風の罪です。
その沈黙は、人々の希望まで奪っています!」
男は冷たく笑った。
「希望など、風と共に消えた。
私はただ――“静けさ”を保っているだけだ。」
「それを“支配”って言うんだよ。」
シンが笛を吹いた。
音が響く――はずだった。
だが、音も風も、吸い込まれるように消える。
「……なるほど。
“音”さえ消すのか。面倒な相手だ。」
シンは息を吐き、目を細めた。
「だがな、風ってのは消えねぇんだ。
ただ、止まってるだけなら――また吹かせればいい。」
彼の瞳が光を宿す。
右手を広げ、指先にわずかな気流を感じ取る。
「風が完全に止まることはない。
人が生きてる限り、呼吸がある限り――それは“風”だ。」
笛を強く吹く。
音は出ない。
だが、その“想い”が空気を震わせる。
“フッ”――わずかに、砂が舞い上がった。
「……!」エリシアが息を呑む。
「風が、戻り始めています!」
黒衣の男の表情が崩れた。
「馬鹿な、私の結界の中で……!」
シンは静かに言った。
「風は誰のものでもない。
支配することも、封じることもできない。
俺たちがそれを忘れた時――風は怒る。」
轟音が響いた。
地面の砂が爆ぜ、空が揺れる。
封じられていた風が一気に解き放たれ、街全体に吹き抜けた。
旗が翻り、屋根が軋み、人々が外へ飛び出す。
久しぶりに感じる“風”に、皆が笑顔を取り戻していた。
黒衣の男は膝をつき、呟いた。
「……これが、風の赦し……か。」
シンは笛を下ろし、ゆっくりと空を見上げた。
「南の風も、まだ生きてたな。」
エリシアが微笑む。
「あなたの風が、呼び覚ましたんです。」
「いや――呼んだのは、この街の人たちですよ。」
暖かな風が三人を包み込む。
空に、青い鳥が群れをなして飛び立っていった。
お読みいただきありがとうございます。
第15話「南風の影」では、“風を封じる者”との対峙が描かれました。
ここから“南風編”がスタートし、物語は世界規模に広がります。
次回、第16話「沈黙の街」――
風を取り戻したはずのレシアに、まだ“影”が潜んでいる。
その影こそ、“風の真実”を覆い隠す鍵。
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