第13話 逆流の谷
第13話です。
“逆流の谷”での異常現象を解決する章。
ここでは初めて“風の異端者”が登場し、
風を信じながらも歪めてしまった者との対話が描かれます。
知略と心、そして「風を導く者」としてのシンの覚悟が試される一話です。
ガルディア王国を離れ、三人は山岳地帯へと入った。
そこは“逆流の谷”と呼ばれる場所――
風が天から地へではなく、地底から空へと“逆流”している異常地帯だった。
谷の底では、砂が上へと舞い上がり、
鳥さえも流れに逆らえず、空に吸い込まれていく。
「……風が下から吹いてる。」
シン=アルバートは岩場に立ち、流れを読むように目を細めた。
「重力を無視した風……これは、自然現象じゃない。」
レオンが手にした風測計を見つめた。
「風圧、平均値の十倍。しかも一定方向……
これは人工的な“風導装置”の痕跡です!」
「また誰かが風をいじってるのか。」
シンの声が低くなる。
エリシアは祈るように谷を見下ろした。
「この風……泣いています。
本当は空へ昇りたいのに、地の底へ引きずり戻されてる。」
「つまり、逆流を作ったやつがいる。」
「はい。そして、その力は……私たちの知らない“術式”です。」
シンは笛を取り出した。
「じゃあ、確認に行きましょう。――現地調査です。」
⸻
谷底は薄暗く、風が渦を巻いていた。
三人が足を踏み入れた瞬間、耳鳴りのような低音が響いた。
「風が……鳴いてる?」
レオンが顔をしかめる。
次の瞬間、岩壁に刻まれた紋様が青く光り、
風が一気に形を成した。
「……人影?」
それは、風そのものが人の姿を取った存在――“風の異端者”だった。
白髪、無表情、瞳は虚ろ。
だが、その声はどこか懐かしい響きを持っていた。
「……お前たちも、風に囚われた者か。」
シンは目を細めた。
「囚われた? 違うな。俺たちは“導く側”だ。」
異端者は無言で右手を上げた。
風が刃となり、地面を切り裂く。
岩片が宙に舞い、轟音が谷に響いた。
「くっ……!」
レオンが転倒し、書類が風に舞う。
シンがすかさず笛を吹いた。
高音の旋律が風を制し、周囲の流れが一瞬だけ止まる。
「止めてどうする。」
「止まった瞬間に、“本当の風”を感じるんですよ。」
次の瞬間、シンは地を蹴り、逆流する風を足場に跳んだ。
まるで風を階段にするように、上へと駆け上がる。
「……風を、踏んでいる?」
異端者が驚いた瞬間、シンの拳が頬を掠めた。
「俺の風は、流れるためにある!」
異端者はふらつきながらも笑った。
「……懐かしい。かつて私も、そう信じていた。」
「何だと?」
「私は、かつて風を研究していた者だ。
だが、風は人の手には余る。私は“逆流”でそれを証明した。」
「人が風を縛った結果がこれか。」
「そうだ。……だが、お前は違う。
お前の風は……まだ、自由だ。」
風が弱まり、異端者の体が霧のように崩れ始める。
「……もし風が再び暴れた時、お前の手で導け。」
「おい、待て! お前、名前は……!」
「……かつての私は、“風を信じた者”。それだけで十分だ。」
彼の姿が完全に消えると、逆流していた風が静かに止んだ。
谷の空気が軽くなり、鳥の鳴き声が戻ってくる。
エリシアが小さく息を吐いた。
「風が、解かれましたね。」
「ええ。でも……あの人、まだ“どこかで吹いてる”気がします。」
レオンが頷く。
「記録として残しましょう。――“風は人をも形作る”と。」
シンは谷を見上げ、笛を口にした。
柔らかな旋律が風に乗り、空へと昇っていく。
まるで、亡き異端者の魂を天へ送るように。
「……風の研究者か。どこの世界も、学者は過労だな。」
「でも、彼は最後まで風を信じていました。」
「信じる力がある限り、風はまた吹く。」
風が三人の頬を撫でた。
そこにはもう、逆流ではなく、
穏やかでまっすぐな“新しい風”が流れていた。
お読みいただきありがとうございます。
第13話「逆流の谷」は、哲学的かつアクション要素の強い回でした。
“風は生きている”というテーマがさらに深まり、
この後の展開(風の神殿編)への伏線も散りばめられています。
次回、第14話「北風の誓い」では、
異端者の残した言葉をきっかけに、シンが“風の理”そのものに踏み込んでいきます。
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