第8話『不意に現れた者』
──俺は目を覚ました。
俺はまたベッドで寝ていた。
「おっはよーさーん、猪川日生くーん。」
急に俺の目の前に目の細いライオンが笑って現れた。
関西弁の発音だった。
「うわっ‼︎痛た…」
俺は驚いて急に身体を動かした。
傷口が少し開いてしまった。
「あれ、ビックリしちゃったかな〜?ごめんな〜。」
俺はライオンを見て、つい嫌そうな顔をしてしまった。
目覚めとしては最悪だろう。
どうせならアウトサイダーのような美人が看病してくれたらよかったぜ。
周りを見渡すと、ライオンの隣に士狼が座っていた。
「おぉ、士狼‼︎ 怪我はなかったのか?」
「うん、おかげさまでね。ありがとう。」
「そうかそうか。…あっ、あの大男は? 死んでないよな?」
俺は士狼に確認した。
あれだけ暴れといて信じにくいと思うが、俺は殺すつもりはなかった。
この世界で手を汚したくなかったからだ。
──前世でも汚してないがな。
「え?」
士狼は驚いた顔をした。
「…え?」
俺も驚いた顔をした。
暴れすぎたのだろうか。
俺の知っている急所は外していたはずなのに…
──ニコッ
「嘘だよ。君のことだから『助けろ』って言いそうだったし、ちゃんと僕が治療しておいたよ。」
士狼は笑って答えた。
俺も安心な気持ちとともに、士狼につられて笑ってしまった。
「なんだよ〜‼︎ お前、そんなキャラだったのか?」
「ごめんごめん‼︎ ほらっ‼︎」
士狼は下を指差した。
大男が包帯グルグルで、地べたに寝ていた。
「おいっ、せめてベッドにっ…‼︎──いや、俺のせいか。」
俺たちはまた笑った。
なんかいいな、こういう関係。
やっぱ友達といると、心がホッとするや。
「あの〜、話してるところすまんけど、ええかな〜?」
「あっ‼︎ す、すみません、村長さん‼︎」
村長?
このライオンが?
確かに強そうではあるが…
目を細めて笑ってると、なんかサイコパスチックなんだよな。
「下で話そか〜。猪川くんは歩けるかい?」
「たぶん。」
そう言って下に降り、テーブルでライオンと向かい合って座った。
隣には士狼が座っている。
「まず、君にお礼を言っておこうと思ってな〜。ありがとさん。」
「お、おう…え、何のお礼?」
「彼は村民の管理者でさ〜。結構厳しいって有名やってん。だから決められた時間以外は外に出れんかったんよ〜。」
「あ、だから士狼は俺と初めて会った時、あんなにビビってたのか。」
「うん。殺されるんじゃないかって思っちゃった。」
「まあ、こんな開放的になれるのも束の間やと思うんやけどな〜。」
「なんで?」
「政府の耳に入るのも時間の問題やろ〜。手下もいるしな〜。」
政府?
この世界にも、ちゃんと統括する組織があるのか。
あの山から見えた都市部にいるのかもな。
「じゃあ、俺を見つけに来る可能性もあるのか。」
「そうやろな〜。でも、当分の間は俺たちが匿ったるで〜‼︎」
「マジ?」
「え、村長さん。猪川くんは白髪なのに、みんなそれで承諾してるのですか?」
「ん〜?知らんわ〜、そんなん。後で聞いてみるわ〜。」
「まだ聞いてねぇのかよ‼︎」
思わず、ツッコんでしまった。
どうも頼りにならないな、この村長は。
「──やっぱアイツらが原因で白髪が嫌われたのか。」
「それも一理あるし〜、他にも原因はあるんやけどね〜。」
「他の原因って?」
「黒髪が都市部に入れんこととか〜、黒髪税を払わさるとか〜、その他諸々や〜。」
なるほど、黒髪は白髪によって散々な目に遭っているようだ。
道理で以前は、士狼が俺に『村民にバレないように家を出ろ』と言った訳だ。
見つかったら士狼が白髪と手を組んでることにされて、何をされるかわからないからな。
だとすると、なおさら俺はこの村にいれないような気もするけど…?
「君もここに来たばっかやし、何か聞きたいことでもあるんやないか〜?」
聞きたいことか…
ん〜、山ほどあるな。
まあ、無難にこの世界について知っておくべきなのは、“これ”だろうな。
「…“ヘッズ”と“テイルズ”はただ単に“白髪”と“黒髪”なのか?」
「そうやな〜。この世界で、白髪が公に生きられる立場やから、表の人種“ヘッズ”、黒髪が端っこで隠れて生きるような立場やから、裏の人種“テイルズ”って言われるようになったんや〜。」
村長の顔が少し暗くなった。
「過去にいろいろとあったんや。前世やなくて、この世界で、な。俺にはよくわからんけど。」
この世界の過去…?
大事件でもあったのだろうか?
村長はまた目を細めて笑った。
「まあ、俺たちにとって過去は関係ないんやけどね〜。」
「そ、そうか…過去って言えば、村長も前世は“罪人”だったのか?」
村長の口元から笑みが消えた。
相変わらず、目は細く笑っていた。
「それを聞いてどうすんや?」
「この世界について知りたいな、と思って…」
村長はジッと俺を見つめた。
目を逸らしたら負けな気がして、俺もずっと見つめた。
しばらくして、村長はまた笑った。
「そうかそうか〜‼︎好奇心があることはいいことやで〜‼︎俺の会ったことのある黒髪とか動物は、みんな“罪人”やで〜。もちろん俺もな〜。君もそうなんやろ〜?」
「まあ、はい…冤罪ですけど。」
「冤罪でも、黒髪でここに来れば同じ罪人や〜。」
やっぱりそうなんだ。
黒髪とか動物はみんな罪人なんだ。
士狼もそうだった。
俺と同じように刑務所から連れて来られたのだろうな。
士狼は笑って村長に話しかけた。
「村長さんって、前世で“連続殺人犯”だったって言ってませんでしたっけ?」
「そやで〜‼︎俺、結構ブイブイ言わせてた──」
──ザッ‼︎
俺は咄嗟に立ち上がった。
傷がまた開いてしまった。
だが、痛みは感じなかった。
身体が震え出した。
俺の聞き間違いだろうか。
いや、絶対に言った──“連続殺人犯”だって…‼︎
「急に立ち上がってどうしたんや〜、猪川くん。トイレやったら全然行ってもらってかまわんで〜?」
「トイレの場所わかる?あのドアの──」
「…村長は“連続殺人犯”だったのか?」
「え、まあそやけど〜?」
怒りが込み上げてきた。
こんなにも早くに、前世で連続殺人犯だった人間に出会えるなんて思ってなかった。
でも、どうしてだろうか。
俺はどうしたらいいのかわからず、また座り込んでしまった。
ここでコイツを殺して何になる?
常和は一生帰って来ない。
やり返して、俺の人生は終わりなのだろうか?
自分の考えがまとまらなくなってしまった。
「戦ってばっかやったから疲れとるんちゃうか〜?」
「そ、そうかもしれないですね。猪川くん、上で休んどこ?」
「……」
“連続殺人犯”を目の前にして、俺は動けなかった。
常和、すまない…
「村民には俺から伝えとくわ〜。たぶん明日には猪川くんも外出れるようになると思うで〜‼︎」
「はい、よろしくお願いします‼︎」
村長は手を振って、家を出てしまった。
それを確認して、士狼は俺を連れて上がった。
俺は思考停止したまま、ベッドで寝た──




