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第5話『士狼の過去』

【回想】


──ザーッ‼︎


 手に持つ黒い傘を突き破るような重たい雨が降り続けていた。

 僕は部屋着で最寄り駅の前に立っていた──

 6浪して国公立大学医学部に入学。

 卒業時、医師免許の国家試験に落ち、31歳になる今年に医師免許を取得した。

 最近、初めて彼女ができた。

 名前は赤城守子[あかぎ もりこ]──あだ名はもっちゃん。

 彼女は可愛く、こんな彼女ができるのは最初で最後な気がしていた。

 だから僕は、大事に優しく接してきた。

 愛してきた。

 ──そして今日、そんな彼女からガラケーにこんなメールが届いた。

 『ヤバい‼︎ストーカーにつけられてんだけど‼︎士狼の最寄り駅行くから迎えに来てくれない?お願い‼︎』

 断れるわけがないだろ。

 僕は急いで家を出て、ここ──最寄り駅前にいるわけだ。


──ガタンガタン


 黄色い光が闇を照らす。

 電車が着いたようだ。


──カツンッカツンッ‼︎


 ヒールで走る音が聞こえた。

 彼女だ。

 スーツ姿で、傘も刺さずに走ってきた。

 その勢いのまま、僕に抱きついてきた。


「怖かった…」


「怖かったね。」


 彼女の声は震えていた。


──ギュッ


 僕は強く抱きしめた。

 雨で濡れているはずなのに、身体は温かかった。

 相当焦っていたのだろう。


「ストーカーのこと、今まで黙っててごめんね。もし士狼の身に何かあったらと思うと怖くて…」


「いいんだよ、もっちゃん。もう、大丈夫だから。」


「ありがとう…」


 駅の改札から40代ぐらいのふくよかな男が雨に打たれながら歩み寄ってきた。

 背中にはリュックを背負っていた。


「もっちゃん…ソイツも、彼氏なのか…?」


 彼女の震えは大きくなった。


「あ、あの‼︎ストーカー、やめてもらっていいですか‼︎」


「ストーカー…?何を言ってんだよ。」


「警察に通報しますよ?」


「…警察には後で自首するつもりだ。」


「え?」


 男はリュックから何かを取り出した。

 街灯に反射する光でナイフだとわかった。


「な、何をする気だ‼︎」

 

「…もっちゃんを殺すんだよ‼︎」


「…‼︎」


 僕は無意識に彼女を守るように後ろに促した。

足を揺らしながらも、体幹に力を入れて仁王立ちした。


「お前のために殺してやるんだ…さっさと退け‼︎」


「僕のため?」


「そうだよ‼︎お前は騙されてるんだ‼︎もっちゃんの彼氏は僕とお前だけじゃない‼︎何人もいるんだ‼︎」


「は?何を言ってるんだ?」


 僕はこの時、薄々と感じていた。

 彼女を誘った時はいつも『ごめーん、今忙しいかもー。また連絡するね♡』とだけ返信して、遊ぶ時はほとんど彼女の提案だった。

 『お金を貸してー』と言われることも常日頃あった。

 でも、どうしてだろうか。

 “もっちゃんはこういう人間だから”と、自分の理性を誰かが引き出しの中に詰め込んでいるかのようだった。

 だから僕は、疑うことはなかった。


「もっちゃんは何人もの男を翻弄して、騙して、金をむしり取っているカマキリなんだよ‼︎」

 

 僕は後ろで泣いている彼女を見た。

 彼女は顔を隠していた。

 何も言い返さなかった。

 泣いているからだと、また勝手に自分の中で言い訳を作って、彼女を庇っていた。


「もう…もういい‼︎怪我しても知らねぇからな‼︎」


──ダダダッ‼︎


 男は巨体を揺らしながら、鋭利なナイフを突きつけてきた。


──ズズッ‼︎


 僕は男の腕を掴み、勢いを弱めた。

 だが、雨に濡れた男の腕に滑ってしまい、そのナイフはそのまま僕の脇腹へと突き刺さった。


「ぐっ…‼︎」


 僕の白い部屋着が深紅色に染まっていた。

 脇腹付近を両手で押さえた。

 その光景を見た男は、震え出してしまった。


「ち、違うんだ…僕はもっちゃんを殺すつもりだったんだ…」


 男はナイフを手から放した。

 その時、僕の身体が勝手に突き刺さったナイフを抜き取り、深紅色のナイフを男に向けた。

 これが防衛本能というものだろうか。

 そしてそのまま、最後の力を振り絞って──


「あぁぁぁぁ‼︎」


──グサッ‼︎


 ──僕は男を刺してしまった。

 手には生温かい血が流れ、そのまま雨となって落ちた。

 男はそのまま跪き、倒れてしまった。


──ハァハァ


 僕は息が荒くなった。

 震える両手を見た。

 間違いなく男の血だった。

 振り向いて彼女を見た。

 彼女は泣いていなかった。

 

「もっちゃん…」

 

 僕が彼女に近づこうとすると──


「きゃぁぁ‼︎来ないで‼︎人殺し‼︎」


 彼女はそう叫んで、どこかへ走って行ってしまった。

 この時、僕は気づいてしまった。

 僕は愛されていなかったんだと。

 助けても助けてもらえない、こんな関係を恋人とは呼べない。

 僕はずっと騙されてたんだ…

 僕はずっと1人だったんだ…


──遠くから、赤く光る何かが近づいて来た。

 パトカーだろうか。

 全く音が聞こえなかった。

 雨の音も全く聞こえなかった。

 口を開けたまま、頭が真っ白になっていた。

 僕はずっと1人で雨に打たれ、立ち尽くしていた──



 ──僕は裁判所で有罪判決を受けた。

 その時、教えてもらった。

 彼女──赤城守子は何人もの男と嘘の恋愛関係を持ち、お金を騙し取る大罪人であった。

 そして、すでに誰かによって殺されたのだと。

 僕はそれを聞いた時、何故か心が痛くなってしまった──


【回想終わり】

 

 ──目の前に急に現れた見知らぬ人間が真実を話し、ずっと側にいた彼女が偽りを装っていた…

 もう僕は、誰を信じていいのかわからなくなってしまった。

 アイツ──猪川日生だってそうだ。

 僕を助けてくれた。

 善良な人かもしれない。

 でも結局はいつか、僕を騙すのだろう。

 だから交友関係なんて持ちたくないんだ。

 僕はもう、他人なんて信じない。

 誰を信じたって、結局1人なのだから。

 1人で生きていくんだ。

 一匹狼のように──


──ザッザッ

 

 砂を踏み潰す音が聞こえた。

 僕はかなり歩いていた。

 知らぬ間に村を出ていたようだ。

 もうすぐ、洞窟に着くだろう──


──ドカッ‼︎

 

「痛っ‼︎」


 僕は尻餅をついて、倒れ込んでしまった。

 咄嗟に謝ろり、前を向いた時──

 

「す、すみません‼︎よそ見して──」


 目の前に物凄く大きい男がいた。

 僕は口を開けて見上げた。

 影でわかりにくかったが、髪が白色だった。


「よぉ、山下。ちょうどお前に話があってな。」


 声でわかった。

 その男が誰であるかを──


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― 新着の感想 ―
シロと日生さんがこういうところで共通点というか、対比になっているのが胸熱ですね。 キンタマぶん殴りもこの作品を取っつきやすくしている部分ですが、同様に人間ドラマを丁寧に描く姿勢に、今後も目を離せません…
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