第4話『前世と今』
──バサッ‼︎
俺は飛び起きた。
そうだ、俺はあのまま寝てしまったんだ。
それじゃあ、ここはどこだ…?
俺は白いベッドの上にいた。
辺りには本棚やクローゼットがある。
見たことのない部屋だ。
今思えば、身体が動くようになっている。
反動が治まったのか。
俺は立ち上がった。
──シャッ
近くの窓のカーテンを開け、外を眺めた。
2階からの景色だった。
太陽が眩しく、雲一つなかった。
木造の家が並んでいた。
道では子どもがボール遊びをしていたり、大人が立ち話をしていたりしていた。
あの狼みたいに、犬や猫も歩いていた。
──待てよ?
この場所、見たことがある気がする。
もしかして、誰もいなかった“あの村”か?
陽が出ている時間はこんなにも活気に溢れているのか。
俺は胸を撫で下ろした。
──シャッ
俺はカーテンを閉め、階段で一階に降りた。
降りるとすぐにリビングと玄関が見えた。
玄関前には、リュックに荷物を詰め込む狼がいた。
あの時、俺が助けた狼だ。
無事で何よりだ。
こちらの気配に気づいた狼はこっちを横目で見た。
「疲れはとれた?」
「お、おう。もしかしてお前が助けてくれたのか?」
「僕はここに連れてきただけだよ。」
「マジ?サンキューな‼︎」
「お礼を言うのはこっちだよ。ありがとう。」
「困ったときはお互い様だ。」
──ニヒッ
俺は歯を見せて笑った。
近くの椅子に座った。
テーブルの上は書類で積み上がっているが、綺麗に整頓されていた。
「俺は猪川日生って言うんだ。お前は?」
──ピタッ
狼は黙々とリュックに手荷物を詰め込んでいたが、手を止めた。
「…君に名乗る名前なんて──」
俺は机の上にある書類を見て、『山下士狼[やました しろう]』という名を見つけた。
「『山下士狼』か。よろしくな‼︎」
士狼は即座に振り向いた。
「ちょ、ちょっと‼︎勝手に人の机を漁らないでよ‼︎」
「すまんすまん。」
士狼は続けてリュックに手荷物を詰め込んだ。
支度が終わり、右肩にリュックをぶら下げた。
取手にぶら下げたヘルメットが揺れていた。
「…僕が帰ってくるまでには、ここから出てくれないかな?誰にも見つからないように。」
「え、まあいいけど。なんで?」
「…困るんだよ、僕が。」
「そっか。じゃあ、すぐ出て行くわ。」
「ありがとう。」
士狼は玄関ドアの手すりに手をかけるが、固まった。
「…ねぇ、君は前世で何だったの?」
「え?」
「“死人”か“罪人”、どっちだったの?」
俺は思い出した。
そうだ、この世界は“死人と罪人だけの世界”なんだった。
ということは、俺がこの世界で見た子どもも大人も動物も、そして──士狼も“死人”か“罪人”のどちらかなのだ。
本当にそうなのか?と疑ってしまう自分がいた。
「…俺はどっちでもねぇよ。ただの“冤罪”だ。」
士狼は少し振り向き、横目で俺を見た。
口を開けていて、驚いた様子だった。
「そ、そうなんだ。」
士狼はドアを開けた。
──ザッ‼︎
「ちょっと待て‼︎」
俺は勢いよく立ち上がった。
士狼は振り向いた。
1つ疑問に思った。
前世では絶対にあり得なかったことなのに、この世界に来て、こんなにも早く“こんなこと”が起こるなんて。
「──“冤罪”を、疑わないのか?」
士狼は返事に窮した。
「…別に信じてもないよ。前世なんて、この世界では“消し去るべき記憶”なんだから。」
「そ、そっか…さぞかし、お前は“善良な死人”だったんだろうな。」
士狼は家を出て、玄関ドアが閉まる間際に一言呟いた。
「…僕は“邪悪な人殺し”だったよ。」
──ガチャ
玄関ドアが閉まった。
俺は少し眉を上げた──
──玄関ドアが閉まった。
──ワーワー‼︎
──ガヤガヤ‼︎
外は活気に溢れていた。
でも、僕──士狼は俯き、少し立ち止まっていた。
──ハァ
ため息を吐いた。
僕は後悔した。
どうして助けてしまったのだろう。
いくら助けてもらったからって、他人と関わりを持たないようにしていたつもりなのに…
そんなことを思いつつ、リュックにぶら下げたヘルメットを揺らして歩いた。
他人と関わることが如何に辛いことか。
それは前世で痛いほどに感じた。
あの時、何に囚われていたのだろうか。
今考えると、まるで洗脳のようだった。
前世に前世があったなら、もし今からタイムマシンで伝えに行けたなら、僕はあの時に“犯した罪”を無くすことができただろうか。
僕はあの時の記憶を思い返していた──