第2話『特別で驚異的な人間』
──ザザッ‼︎
俺は2人の男の前に立ちはだかった。
「誰だ?」
「お前“ヘッズ”…いや、“テイルズ”か?」
「混合種なんかいるのか?」
「いや、聞いたことないな。」
“ヘッズ”と“テイルズ”?
種族か?
そんなこと、今はどうでもいい。
とにかくここを退くわけにはいかない。
「もしかしてお前、ソイツを庇ってんのか?」
「だったらどうする?」
「ガチ?俺たちに逆らったら、反逆罪だぜ?」
「反逆罪?」
「あぁ、打首だ。」
1人の男が首元で親指を横にスライドさせた。
なんて世界だ。
困っている者を助けただけで打首?
イカれてやがる。
「死にたくなけりゃ、さっさと退きな。」
「…俺は退かねぇよ‼︎」
「生意気な…‼︎」
──シュッ‼︎
1人の男が俺に襲いかかってきた。
──ザザッ‼︎
間一髪避けきった。
だが、これは時間の問題だ。
何一つ持ってない俺が勝てるわけがない。
とりあえず、俺と狼で1対1に持ち込めば逃げ切れるだろう。
「狼‼︎さっさと逃げ──」
振り向いた時には遅かった。
狼のすぐ側にもう1人の男が迫っていた。
「──マズい…‼︎」
俺が狼を助けに行こうとした瞬間──
──グサッ‼︎
ぐはっ‼︎
俺の右腕に刀が突き刺さった。
「お前の相手は俺だ‼︎」
俺は跪いた。
マズいことになったぞ。
出血が止まらない。
右腕が使えなくなった今、できることは逃げることだけ──いや、狼を助けないといけない。
狼の方を振り向くと、俊足を飛ばして男から逃げ切っていた。
なんだ、逃げ切れたのかと少し安心した。
「くそっ‼︎逃げられた‼︎」
「何やってんだ、バカ野郎‼︎」
「コイツのせいだ‼︎ぶった斬ってやる‼︎」
「いや、政府に持ち帰って拷問処刑だ‼︎」
ぶった斬る?
拷問処刑?
…俺はバカなことをしたな。
なんで死にに行くようなことをしてしまったんだろう。
狼からしてみれば、俺なんか赤の他人だろ。
先ほどの勢いはどこへやら、少し後悔してしまった。
2人が迫ってくる。
どうすればいいんだ?
──ザッ
俺はその場で座り込んでしまった。
窮地に追い込まれた時、俺は“ある一言”を思い出した。
──『一つだけ忠告をしておこう。私はいつでも君の側にいる。わからなくなった時、死に際に追いやられた時、君の“キンタマ”を思い切り殴ってくれ。わかったか?』──
そうだ、“キンタマ”だ。
狼はいない。
俺1人だ。
嫌だ、怖いだなんて言ってられない。
俺が自分で思い切り殴るしかないんだ。
2人が刀を向けて迫ってきていた。
俺は咄嗟に握り拳を作った。
そして──
──キーンッ‼︎
全力で自分の“キンタマ”を殴った。
全身に今までにないほどの衝撃が走った。
蹲っても耐え切れないほどの腹痛。
涙が滝のように出てきた。
そのまま、俺は気絶してしまった──
──風がなく、程よい気温を肌に感じた。
っていうか──お腹めちゃくちゃ痛い‼︎
痛すぎるっ‼︎
俺は蹲って動けなくなった。
痛すぎてジャンプもできない。
そんな状態が何分も続いた──
──腹痛がおさまった。
目を開け、周りを見渡す。
「ここ、どこだ…?」
目の形をした2つのテレビ──砂嵐ばかりが流れている。
胃と腸の形をした冷蔵庫──上の穴には口、下の穴は蛇口がついている。
耳の形をしたスピーカー──今は何も聞こえない。
鼻の形をしたアロマディフューザー──白い煙が出ているが、匂いはない。
2つのドア──取手の1つは脳、1つは心臓の形をしている。
何と言おうか。
とにかく、非現実的でカオスな部屋。
──カンッ
ソファの向こう側から皿をぶつけたような音が聞こえた。
立ち上がり、音のした方を見る。
容姿端麗な黒髪ロングの美人がソファで足を組み、優雅にコーヒーを飲んでいた。
「お前、誰だ…?」
──カンッ
女はコーヒーカップを置いた。
「君、殴るの早すぎね。」
この声、聞いたことがある。
──もしかして…‼︎
「お前、あの“仮面の面会者”か…⁉︎」
「“お前”じゃない。私はデ…いや、アウトサイダーだ。」
「アウトサイダー?」
名前にはあえて触れないでおこう。
ってか、仮面を外したらこんなに美人だとは思わなかった。
面会の時に仮面つけてなかったら、マジで話せる自信なかったわ。
「ここはどこなんだ?」
「ここは君の心の部屋だ。今では君と私の共有ルームだな。」
「共有ルーム?」
「君の全ての情報がこの部屋に集約されている。つまり、私がここにいるということは、私が君の体の一部になっているということだ。」
え、何それ?
なんかエロくね?
しかもこんな美人と?
俺、勝ち組だわ。
知らず知らずのうちに俺は鼻の下を伸ばして、ニヤニヤしていた。
「何を想像している?」
「い、いや〜何も。」
アウトサイダーは目の形をしたテレビを見た。
テレビ画面には日生が最後に見た、2人の男に襲われている瞬間の映像が静止していた。
「とりあえず、今回は私が君を助けてあげよう。」
「助ける?どうやって?」
──ニヤッ
アウトサイダーは笑った。
「私は“特別”なんだ。これぐらいの相手なら、“存在するだけ”で勝てるよ。」
は?“存在するだけ”で勝てる?
そんなこと、漫画の主人公でもなかなかできないぞ?
俺は懐疑的な顔をした。
「──しっかりと見ておくがいい。君がこの世界にとって、私が君にとって、どれほど驚異的な人間なのかを、ね…‼︎」
アウトサイダーはコーヒーを一気に飲み干し、そのまま気絶するように眠ってしまった。
一体何が起きるのだろうか。
そう考えているうちに、止まっていた“実物の俺”の時間が動きだし、テレビの映像が動き出した。
なぜだろうか、急に身体が重くなり、目を瞑ってしまった──
──気がつくと、俺は男2人の前で腰が抜けたように尻餅をついていた。
俺は“実物の俺”の身体へと戻ったようだ。
男2人が刀をこちらに向け、切りかかってきた。
俺は避けようとするが──
「ぐっ‼︎」
何故だ?
身体が重い、というよりも金縛りのような感覚に近い気がした。
どう頑張っても動けなかった。
俺は死を覚悟した。
だが──
──ピタッ
「ぐっ‼︎」
「な、なんだ⁉︎」
何が起こっているんだ?
男2人が固まってしまった。
でも口は動くらしい。
「て、てめぇ、何をした‼︎」
「俺にもわかんねぇ。」って言おうと思ったが、口も全く動かせなかった。
3人とも動けなくなった。
──シュー
風の音が一層大きく聞こえた気がした。