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陽動飛行隊。
任務内容はその名の通り、魔獣を陽動するために飛行すること。
このギルド北支部飛行艇からその身を空に投げ出して、魔獣と追いかけっこをするのである。
「魔獣は通常の動物より、かなりサイズが大きいんです。その身を蝕む魔力の影響だと言われてるんですけど」
「言われてる」
「まだまだ、魔獣について分からないことの方が多いので」
日々の研究が大切なのだ、とリュカは続ける。その横を歩きながら、楠は丸く切り取られた窓の外を見た。
ただひたすらに青い空だ。飛行バスの運行ルートよりもさらに高い。居心地が悪い気持ちになり、楠はそっと窓から目を逸らした。
「ただでさえ暴走しているのに、身体も大きい。そんな彼らが人々の暮らす場所に行ってしまったら大変です。そうならないよう引き付けること、それが陽動飛行隊の第一の任務です」
道中すれ違う隊員たちは皆忙しない。魔獣への対処に追われているのだろうか。一部隊の隊長らしいリュカへの挨拶も疎かに、バタバタと駆けていく。少し遠くから「廊下を走らない!」と叱る声が聞こえた。
「ようは囮ってことですか」
「あぁ言っちゃうんだ。じゃあ遠慮なく言いますけど、そういうことですね」
思わず大きなため息が出そうになるのを気合で押し込めた。
最悪だ。考え得る限り恐らく一番危険な任務に就かされようとしている。任期以外なにも確認しなかった自分も悪いけれど、もっとこう、一言あったんじゃないのか。というかこういうのって誓約書とか必要なんじゃ。
(あぁ、書いたかも)
そういえばリーダー室に通されてすぐに署名した。紙と電子の2パターン。
「一番近くで魔獣のこと見れるんで、なんかそういう動物園とかだと思えばいいかもしれませんよ」
「檻が必要なんですよね、そういう施設って」
「あるじゃないですか、乗り物に乗って自然の中行く感じの……」
「魔獣と一定の距離を保てるならそうなんですけどね」
「ふれあい系だと思って。ね」
「命のやり取りのこと、ふれあいって言うタイプですか?」
「まぁ、自分たちは直接魔獣に何か仕掛けたりすることはないんで、どちらかと言うと、ふれあわれる側、ですけどね」
ははは! と笑い飛ばすリュカを、楠は冷たく横目で見た。
なんだか愉快に言ってはいるが、その内容は物騒極まりない。
長い間危険に晒され続けると、すっかり感覚が麻痺してしまうのだろうか。楠はそうはなりたくない。
「で、私たちがすることって、魔獣を町から遠ざけることだけでいいんですか」
「いいえ。寧ろ、ここからが大切です。……あぁいや、町を守ることが大切じゃないってわけではないですけど」
「分かりますよ」
肩をすくめて続きを促す。リュカは咳払いして、人差し指を立てた。
「魔獣をそのままにしておくわけにはいきませんよね。だから、彼らのことを無力化するんですよ」
ぐるり、と、彼の人差し指が空中に円を描いた。
「うちでは魔法陣を使います」
「魔法陣……」
「専門の部隊があるんです。彼らが魔法陣を描いて、発動させて、魔獣を鎮静化させます」
「今時魔法陣を毎回描くんですか?」
想像するだけで途方もない労力だ。思わず眉間にしわが寄る。
一昔前なら分かる。昔の人々はありものを使って、その時必要な魔法陣をいちいち描いていたらしい。そんな面倒なことやってられねぇ、ということで、今となっては汎用魔法陣が束で売られている。
「いやぁ、魔獣が入る魔法陣となると、どうしてもね」
苦い表情の楠にリュカは苦笑して答えた。
楠は魔獣を直接見たことがない。だからそう言われてもあまりピンとこず、ただただ「魔法陣描くの、ダルそうだな」としか思えなかった。
だが彼のこの言い方からすると、魔獣はよほど大きいらしい。既存の大型魔法陣では足りないくらいに。
「で、魔法陣を使うとなると、魔法陣の上に魔獣を誘導する必要がありますよね」
「そうですね……」
「それをうちがやります」
「……え?」
そんなことを考えていたから、一瞬何か聞き逃したのかと思った。
「まとめると」
なんだか。
本当に、とんでもないことをやらされそうになっている気がする。
「魔法陣隊が魔法陣を描いている間は、魔獣を上手いこと陽動する」
人民や町の方に魔獣が行かないように。そして、魔法陣隊の方にも行かないように。
「魔法陣が完成したら、魔獣が魔法陣の上に乗るようにこれまた上手いこと誘導する」
リュカは曇りのない笑顔で楠を見下ろした。
「これが陽動飛行隊の一連の任務内容です」
ね、簡単でしょう?
そう言わんばかりに微笑むリュカに、楠は口角を下げざるを得なかった。