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これが楠とリュカの出会いである。
とはいえ確かに2人は一度会っている。楠の中で、リュカと名乗ったこの人物と、あの日看板に潰されようとしていた男性が一致した。
つまりはこいつが。
「密告した人だ……」
「もしかしてもう好感度低い?」
じとりとした楠の視線に、リュカは苦笑して首を傾げた。助けを求めるようにリュカがアレサンドロを見ると、当のリーダーは肩をすくめる。
「今の好感度が天井だろうが底辺だろうが、これからどうだってなる。なにせ、2人はバディになるんだからな」
えっ。なにそれまったく聞いてない。
初めて聞いた事実に、楠はアレサンドロとリュカを交互に見やる。
「聞いてませんけど、どういうことですか」
「これから話すところだったんだよ。なにせギルドの仕事には危険が伴う。楠も言ってただろ、命の危険があるのかって」
アレサンドロは話しながらリュカに近寄る。
「だからギルドは基本ツーマンセル。これは現場に出る部隊ならどこも同じだ」
ドン、と鈍い音を立ててリュカの背中がアレサンドロに押される。思ったより強い力に見えたが、リュカは小さく一歩前に出した足でバランスを取ってみせた。
「で、これから楠が所属するのは、こいつが隊長を務める陽動飛行隊」
「ようどうひこう、隊」
「そう。そこで2人はバディを組んで、共に任務に当たってもらう」
突然ドンドンと話が進む。
バディとか、そんな急に言われても。リュカだって困惑している、と思ったのに、当の本人はにこやかに笑っているだけだった。この場では楠が圧倒的にアウェーである。
「というかバイトなのに、隊長さんとバディとか言われても」
「そこは大丈夫。陽動飛行隊はこいつ1人の部隊だから」
「それ隊って言います? さっきツーマンセルって言ってませんでした? 10秒で矛盾してませんか?」
あれよあれよという間に流れるように誘導され、楠とリュカは横並びに立つ。それをアレサンドロは満足気に眺め、うん、と勝手に頷いていた。
「待って、待ってください。そもそも陽動飛行ってまずなにすれば」
「詳しいことは相方に聞くといい。リュカはこう見えても大ベテランだからな。それに、これも交流ということで」
おまえもなにか言ってくれ、と僅かな望みをかけて横の長身を見上げる。視線に気が付いたのか、さらりと髪を揺らしながらリュカが楠を見た。相も変わらず、笑顔。
「まぁ、そういうことです。こう見えて、この任に就いて長いから。説明に関しては心配しないでください。ね」
そうじゃない。
言いたいことが山ほどある。何から言えばいいのかと口角を震わすが、口を挟む間もなくアレサンドロは片手をひらりと挙げた。
「じゃあ、シモン隊長。後は頼んだ。僕は解析隊の様子を見てくる」
「いってらっしゃい」
気が付けばアレサンドロは部屋を出て、楠はリュカと2人取り残された。扉が無情にも閉まる。伸ばした手が空を切る。
にこやかに、リュカはリーダーの後ろ姿に手を振っていた。扉が閉まり、改めて彼は楠に向き合う。その視線を感じ、楠はゆっくりと行き場を失った手を下ろした。
「えーっと、楠さん。改めて、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします……」
「まず改めて、この間のお礼を言わせてください」
リュカはそう言うと、綺麗な姿勢で頭を下げた。リュカの動きに合わせて彼の髪が落ちる。
「助けていただき、ありがとうございました」
楠は少しだけ顔を顰めた。
この人、一部隊の隊長というではないか。あまり分かっていないけれどきっと凄い人だ。そんな人に頭を下げられているのがどうにも落ち着かない。
「あの、大丈夫なので。頭を上げてください」
楠の言葉にリュカは顔をあげた。そしてへらりと口元を緩める。
「いやぁ、本当に助かったんですよ。一歩間違ったらどうなっていたことか」
「それはまぁ……」
「折角ここまで伸ばしたのに、また短髪になってしまうところでした」
「え?」
一瞬聞き間違いかと思う。だがリュカはなにも変なことなど言っていないというように笑っていた。
「髪が長い方が落ち着くんです。あんなので引き千切られていたら毛先だって荒れるし……エクステにするにしても大変でした」
なんだこの人。
率直な感想が出てしまった。仮にも隊長、しかもこれからお世話になる部隊の隊長、更に言えばよく知らないがバディとやらになる相手に思うことではなかったかもしれない。いや、でも、これは。
看板に潰されそうになっておきながら出る言葉が、髪の心配?
ヤバイ奴だ。そうとしか見えなくなってしまう。まだこの人のこともギルドのことも何も知らないのに。楠はゆっくりと首を振り、第一印象を頭の隅に追いやった。
「ではとりあえず、陽動飛行隊の説明からかな。移動しながらでも話しましょうか」
そうこうしている内に話は進んでいた。リュカは扉を開け、片手を楠に差し出す。慣れたエスコートに、楠は会釈だけで返した。
リュカは気にした様子もなく楠に続いて部屋を出る。音もなく閉まる扉に、ふと楠は呟いた。
「部屋の鍵、いいんでしょうか」
「あぁ、オートロックですよ」
なるほどハイテクだ。まぁそのぐらいは搭載されていて当然かもしれない。
なにせこちらは空飛ぶ巨大艇。人類の英知を詰め込んだ、空を移動する船なのだから。