31
テーブルに皿が置かれた。次にグラス。そうしてガタン、と正面の椅子が引かれる。
楠はそこに腰掛けると、まずグラスの飲み物に口を付けた。アイスコーヒーがストローを通って流れていく。
「あんたさ」
呼びかけに、リュカはフォークを持つ手を止めた。ちら、と視線で向かいを見る。
「なに?」
「その量、自分で作ってるの?」
「そりゃあね。こんなに頼めないよ」
答えてフォークで巻いたパスタを口に運ぶ。盛りに盛られたシーフードパスタ。麺と具材でできた山を少しずつ崩していく。我ながら良い出来だ。これなら途中で味を変えずとも飽きずに食べられる。
リュカの返答に楠は「へぇ」とだけ零した。自分で聞いた割にはあまり興味が無さそうだ。小さな皿に乗せられたホットサンドを両手で掴む。
「シュガーは?」
アサリを飲み込み尋ねる。
「そのサンドイッチ自分で作った?」
「今日は注文した」
「今日は、ねぇ……」
フォークを回しながら意味ありげに呟くと、楠は眉を顰めてこちらを見た。リュカは片眉をひょい、と上げる。
「あの後ちゃんと河合さんに料理の写真送ったんだよね」
「あんた、よく覚えてるね」
「そりゃあその場しのぎに協力した身だからさ」
「言っておくけど、桃のやつも喜んでたよ」
「……なら良かった」
結局楠がどういう文言であの桃を切る写真を送ったのかは分からない。だが彼女が嘘を吐いているとも思えないし、河合が喜んでいたというのは本当なのだろう。リュカは胸のつかえがとれたような心地で息を吐いた。
「ちゃんと作ったごはんの写真も送ったし」
「あ、そうなんだ」
「うん。まぁ注文する事の方が多いけど、たまにはね。河合に会う時に作れなくなってたら困る」
「それは」
どうして? と言う前に、
「あ、楠さん!」
かけられた声に2人で振り向くと、研究部隊データ解析班の隊員が立っていた。リュカの方を見てぺこり、と頭を下げる。そして改めて楠に向き直った。
「この間はありがとうございました」
「この間……」
首を捻る楠に、隊員は指で天井を指す。
「ほら、この間ここで会った時に電球が切れてて。すぐ変えてくださったじゃないですか」
「……あー、やりましたね。そういえば」
「おかげで遅刻せずに済みましたよ。ありがとうございます」
リュカはパスタを食べ進めながら、そのやり取りを眺めていた。
和やかな雰囲気だ。遠巻きにされているような雰囲気は感じない。
隊員は再度リュカにも挨拶し、その場を去っていった。食事を再開する楠にリュカは声をかける。
「シュガーはさ、自己犠牲が趣味なの?」
途端、楠はものすごく嫌そうに顔を歪めた。
ため息混じりにぼやく。
「あんたの発言って意味分かんないこと多いけど、その中でも格別に意味分かんないな」
「そう?」
「そうだよ」
楠はホットサンドに齧りつく。卵とベーコン、緑の葉っぱはレタスだろうか。咀嚼し飲み込むと、今度ははっきりとしたため息。
「今のこと言ってるなら、別に誰でもすることでしょ。電球変えただけだよ」
「うーん……」
「自室とかですらない公共スペースだし」
「まぁ、それはそうだけど」
リュカの煮え切らない返事に楠は肩をすくめた。そのまま半分ほどまで減ったホットサンドに取り掛かっていく。これ以上話を広げる気は無いらしい。
リュカのパスタはもう殆ど無い。残り数口。1口分を巻き取っていく。
「ちなみにね、俺の趣味はハニーの手入れ」
「あぁ、想像つく」
「あと料理」
楠がちら、とこちらを見る。
「……それは意外」
「だからこれだけ作るんだよ。食欲解消と娯楽を兼ねてね」
楠の瞳が興味深げに開かれる。それを真っ直ぐ見据えてリュカは微笑んだ。
リュカの脳内に、リーダー室でのアレサンドロとの会話が蘇る。
「おまえの見解はどうだ? おまえから見て、あいつは陽動飛行隊隊員足り得る存在か?」
この問いに、リュカはこう答えた。
「俺は、そうであってほしいと思ってる」
「へえ? 随分素直になったな」
アレサンドロはデスクに肘をつき、手を組む。そこに顎を乗せ微笑んだ。
「いつの間にか呼び方も戻ってるし」
「それも気付いてたんだ……」
「そりゃあそうだろ。リーダーだからな」
隊員の変化は見逃さない、ということか。その上でずっと触れなかった辺りにアレサンドロからの気遣いを感じた。ゆっくり身体から力を抜く。
「そもそも、俺はシュガーのことをずっと認めてるよ。ギルドにとって必要な人材だってことも、その力が陽動飛行に向いてるってこともさ」
なのにずっと楠を拒絶していた理由はたった1つ。
怖かったからだ。楠を害し、嫌われ、去られ、その結果自分が傷つくことが怖かった。
でも、その楠がもし本当にアレサンドロの言う通り、理論に基づいて行動しているのだとしたら。
彼女が理論的に考えた末に、リュカと飛び続けようと思ってくれているのだとしたら――
「今の俺は、シュガーのことを信じたいから」
ぽつり、と自信なく落とされた呟きを、アレサンドロはきちんと拾ったようだった。彼は目を細めてリュカを見上げる。その眼差しに耐え切れず、リュカは咳払いをした。
「でも! それはそれとして、やっぱりあの自己犠牲精神は駄目だ。いただけない」
「あれ、今終わる感じじゃなかったか?」
「終わらないよ。まだ何にも終わってない」
アレサンドロは「あー、ね?」と体勢を崩し、頬杖に切り替える。なんとも乗り気じゃなさそうだ。リュカはそれをねめつける。
「確かに、看板に向かって飛んだこと自体は理論があったかもしれない。でもライトに魔獣がつられたことに関してはやっぱり運が良かっただけだ」
「まぁ正確には、あいつの中じゃあ絶対上手く行く想定だったって話だろうけどな」
「なら尚更。知識も経験も足らない中で今後もずっとあんなことさせられない」
「じゃあどうするんだ?」
ぐっ、と言葉に詰まる。呆れたようにアレサンドロが息を吐いた。
「どう……すればいいかな」
「何も考えてないのに心配だけで口火を切ったその心意気は買うよ」
リュカは喉奥で唸りながら額を押さえた。アレサンドロの吐息まじりの笑い声が聞こえる。
何も言い返せないながら、なんとか思いを口にした。
「アレサンドロもさ、分かるでしょ? あんな感じじゃあ絶対あの子いつか痛い目に遭うよ」
アレサンドロはさらりと言う。
「そうならないように見てやるのが、相方の仕事なんじゃないか」
「……そうなのかなぁ」
「そうだよ。今そこで苦しんでるリュカくんは知らなかっただろうけど」
回想を終え、カフェテリア。目の前の楠を見る。
楠は指で顎をするりと撫でながら呟いた。
「今度なにか食べさせてもらっても良い?」
「構わないけど、珍しいね。そんな申し出されるとは思わなかった」
「レシピを盗みたくて」
「だとしたら堂々としすぎだな。別に気に入ったものがあれば教えるよ」
「本当?」
ぱっと楠が目を光らせる。これも珍しい反応だ。
リュカが頷くと、彼女は胸を撫で下ろした。
「河合に会った時、色々料理作ってあげたいから。新しいレシピ覚えて行ったらあの子も喜ぶ」
「あぁ、なるほど」
楠が料理を忘れることを気にしていたのはこれが理由か。随分と納得がいった。
「じゃあ河合さんが好きそうなのにしようか。あ、でもそういうのはもうシュガーが作れるかな」
「どうだろう。あの子、私が作るのならなんでも好きだからな」
「本当にすごい自信だなぁ……」
話しながら、リュカはひっそりと願う。
どうか彼女の腕がリュカの方へは伸ばされませんように。
リュカのことなんて守らなくていい。リュカなら大丈夫だ。
少しでも彼女と飛び続けることこそが、リュカの望みなのだから。
楠ゆかりは危うい。
楠ゆかり。ギルド北支部陽動飛行隊の新人隊員。類稀なる飛行魔法の技術を持つ。ギルドが待ち望んだ有望な人材。
そんな彼女はリュカにとってなんとも危険極まりない存在だ。
楠ゆかりは、リュカの相方である。
ep.2 目が眩むような 完
ここまでのご愛読ありがとうございました。
またep.3でお会いできると嬉しいです。




