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不規則に前後する脚々の間をスラロームで縫って潜り抜けていく。それを繰り返しつつタイミングを計る。今!
「下から行く」
一言無線を入れ、アクセルを開けた。エンジンが回り加速する。一気に前足の隙間から飛び出し、魔獣の眼前へ。そのまま魔獣を先導するように走り出した。
少しずつ進路を曲げていく。背後をちらと一瞬振り返れば、魔獣は確かにリュカの進んだ後を付いてきていた。マントがひらめく。
もう一段ギアを上げる。煽るように僅かに蛇行して、時折大きくバイクを噴かせて、魔獣の意識を引っ張り続ける。
段々と道は逸れ、ハイウェイを避けて平野のど真ん中に差し掛かって来た。魔獣の一歩はとにかく大きい。走る速度も速く、どんどん開始地点から離れてきてしまっていた。あまり離れすぎてもまずい、陽動飛行隊はこの後魔法陣の元まで魔獣を連れて行かなければならないのだ。
リュカは口を開きかけて、一度唾を飲んだ。いいや、躊躇ってもいられない。
「シュガー、変われる?」
声が震えたかもしれない。しかし、そんなことどうだっていいと言うような、はっきりした返事が無線から流れてくる。
「お安い御用」
リュカは、ぐっ、とハンドルを強く握りしめた。
「行くよ」
カウントする。
「3、2、1」
0、の瞬間、リュカは急ハンドルで左に逸れた。同タイミング、魔獣の右側面から急加速した楠が割って入る。流れるように楠がリュカのポジションに取って代わり、魔獣を先導して飛び始めた。
ギアペダルを押し下げる。そうしてギアを下げながら、リュカはひっそり胸を撫で下ろした。
ここ最近で一番心臓が速く脈打った。
本当に、本当に緊張した。暫く忘れていた恐怖心のようなものが顔を覗かせすらしたと思う。でも大丈夫だ、成功した。指示通り、上手く連携できた、はず。
3分。
リュカは高度を上げ、楠の様子を窺った。
楠は魔獣に追いつかれないように、しかし視界から外れない程度の距離を保って飛び続けていた。間が縮まりそうになれば一度ぐっ、と膝を曲げ、空を蹴る。たちまち彼女の身体はゴムが弾けるように射出された。あの一瞬の間に、魔力を筋肉に作用させて爆発力を得ているらしい。理屈は分かっても、リュカには全く分からない感覚だった。
しかし――あの子、また速くなってないか? ただでさえ飛行バイクについて行けるくらいの速度を出していたのに、そのスピードがまた上がっている気がする。一体いつの間に。もうとっくに100キロくらい出ていそう……と、そうじゃなくて。
軽く頭を振る。このままこうして高速鬼ごっこをし続けても仕方がない。一度終わらせなければ。
リュカは魔獣の背を見下ろしながら、楠の進行ルート前方まで先回りして行った。大きく回って楠達と顔を正面から付き合わせる形に向きを調整する。高度も少し下げ、魔獣の額の辺りに位置するように停止した。
豆粒の様だった楠がどんどん大きくなってくる。
「合図で一気に上昇して」
「分かった」
ぐんぐん距離が縮まる。猛スピードで飛んでくる楠が、魔獣を引き連れ突っ込んでくる。引きつけて、引き付けて、4分、引き付けて、
「今!」
途端、楠がパッと視界から消えた。ノータイムでほぼ直角に上昇したのだ。魔獣が駆け込んでくる。
そこに飛行バイクのヘッドライトが点灯した。
ピカッ、と強い光が瞬いた。怯んだ魔獣が身体を硬直させる。その足が止まったのを確認し、リュカはライトを点けたまま魔獣の11時の方角へと舵を切った。
これで一旦ストップだ。ここからは魔法陣の方角へ向かわなければならない。そのためにも、今度こそ魔獣には、リュカ達の誘導通りに走り出してもらわないと。
「シュガー、俺のこと見える?」
「光ってるし見やすいよ」
「こっちの方角に誘導したい。魔獣正面から9時……いや、8時で良い。8時から7時の辺りで飛んでみて」
「オーケー」
8の字走行で魔獣の横顔付近を飛びながら、時折振られる角を体重移動で曲がって避ける。一度脚の根元まで下がったところから見上げると、楠は魔獣の首元に近づいては離れて、を繰り返していた。
びゅん、びゅんと角が大きく振り回される。そろそろ良いだろう。これだけ気を引けば、こっちを追ってくれるはず。
リュカは楠の居る方向へと飛び上がった。背後では魔獣の頭がつられたようにこちらを向いている。
「そっち合流するよ。そろそろ魔法陣の方に」
向かいたい、と続けようとした、その時。
視界の端で、魔獣が頭を下げたのが見えた。
「シュガー!」
「え?」
魔獣は軽快なステップで跳ぶように方向を変える。
その太く、鋭い角の先が、まっすぐリュカ達を捉えていた。
「突進だ!」
大気がビリビリと震えた。
全て破壊しつくすような衝撃波と共に魔獣が思い切り駆け出す。あまりにも重い一歩一歩に、荒野の大地が悲鳴をあげていた。
リュカは限界まで飛行バイクを傾け回避行動を取った。魔獣が直進するルートを逸れながら急速に空の坂を下る。巻き起こる砂埃がテールライトの光をゆらりとぼやかしていった。
「無事!? シュガー!」
叫び、周囲を見渡す。
突然の出来事に、事象そのものしか報告できなかった。本当なら隊長として「何が起こるから」「どう行動するか」までを指示するべきだったのに。
今更悔やんでも遅い。魔獣は既に大規模な突進攻撃を行った。どうなった、楠は、どこに。
「こっち、下」
「下……」
無線からの声に地面付近を見下ろせば、
「あんたのそれ、本当に見やすくて便利だね」
リュカのほぼ真下、地面スレスレを平行移動する楠が居た。
すい、と移動し、楠が指をさす。その先で、飛行バイクのテールライトが仄かに光っていた。
上向きにつく角を持つ魔獣の対処をするには、その角の射程から離れることが大切だ。経験と学びに基づいた、論理的な行動である。長年陽動飛行をしてきたリュカなら、それを判断できる。
しかし、経験の浅い楠は、まだまだ緊急時の判断材料が殆ど無い状態だ。だからこそリュカが教えてやるべきだったのに、それも無かった。
そんな放り出されたような状況下で、楠は自分で考え、リュカの明かりを頼りに危機を乗り越えてみせた。
楠が少しずつ高度を上げ、リュカの隣に付く。その横顔に、じり、と、身体の奥深いどこかが焼けるような心地がした。
さて、その間にも魔獣は突進の勢いそのままに、リュカ達から離れていってしまっていた。本来誘導しようとした方向からはズレているが、まだ問題ない。また先回りして、そこから……
「あ」
楠が一言呟く。同時にリュカは目を見開いた。
ようやく立ち止まった魔獣が、再度逃走を図るべく方向を変えたのだ。
そして、その方角は――ハイウェイ!
「まっずい……!」
ギアチェンジ。アクセルも全開。持てる全てで速度を上げる。その直後、耳元で電子音が鳴った。
「魔法陣隊! 鎮圧用魔法陣の設置、完了しました!」
「了解。陽動飛行隊、対象を誘導します」
こんな時でも返事は染みついている。飛行バイクを挟む太腿に力を籠めながら、とにかく先を急いだ。
障害物の少ない荒野が今は災いした。魔獣側ものびのび走って止まらない。このままでは間違いなく真っ直ぐハイウェイまで突っ込むだろう。
なんとしてでも、絶対に早く前に出ないと。
ハイウェイを踏ませるわけにはいかない。方向転換、いや、その前に、またもや足を止めさせる必要がある。しかし先程と違って今度は余裕が無い。リュカは正面を向くためのターン分、より前に行かなければならないのだ。魔獣の斜め後方という現在位置も好ましくなかった。
間に合うか。全速力で飛ばせばハイウェイに着く前に追いつきはする、けど、それじゃあ駄目だ。そこから大きく回ってる間に魔獣の蹄がハイウェイを割ってしまう。どうだ、自分にあと何ができる。大きな音は出そう。それからマントの留め具を1つ外す。マントのひらめき方が大きくなれば魔獣も反応しやすいはず。あとは、あとは……もう無い。リュカの中に、根拠を持った策はもう無かった。あとは走って、なんとか、
「リュカ!」
「……あっ」
その時。
思考を貫くように1つ、名前を呼ぶ声がする。
ハッとした。目の前が晴れる心地。そうだ、シュガー。
「どうする!」
何も言わずに飛び出したというのに、楠はピッタリとリュカの後方に付いていた。いつでも出られるような位置取りで、リュカの指示を待っている。
奥歯を噛み締める。
しっかりしろ、リュカ・シモン。俺は陽動飛行隊の隊長。今はただ、人を、町を守る事だけを考えろ!
「あのまま魔獣を進ませたらまずい。あの先にはハイウェイがある」
「また進路を誘導するってことだね」
「そう。……ねぇ、シュガー」
「なに?」
リュカの脳内には、前回の魔獣鎮圧の光景が過ぎっていた。
楠と喧嘩をしながら魔法陣に突っ込む。そこからさらに進んで大きくカーブして戻ってみれば、既に楠は止まって魔法陣隊の様子を見ていた。
「ブレーキに自信はある?」
即答。
「ある」




