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o゜包o≡ 足=  作者: 〇樽小樽
ep.2 目が眩むような
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25

 バチン、と頬を挟まれる。無理矢理、顔を上げさせられた。意図せぬ動きに首筋が引き攣る。痛みを感じて咄嗟に瞑った目を、開けた。

 楠ゆかり。


「辞めない、辞めない、辞めない。私、何回も言ったよね」


 楠の声は、普段はどこか坦々としている。抑揚が少なく、感情も籠りにくい、平坦な声音だ。

 それがどうだ。彼女の声は今、確実に苛立っている。


「確かに、私はまだあんたの幸運とやらをろくに見てないよ。どんなもんか、見ないと分かんない」

「じゃあ」

「でも、実際に見て分かったとして、それでも絶対に辞めない」


 なんでそう言い切れるんだ。何も知らないのに。リュカが今まで、どれだけのものを犠牲にしてきたか、知らないくせに。

 そう脳内の自分が喚く。でも、それより強く、楠の声が響く。


「こっち見て。無視しないで」


 先程より近くに楠の目が見える。照明を背負ったその瞳に、光りが映るはずもない。そのはずなのに、彼女の目の奥に、見えた。

 眩く、激しく燃える、星のような光。


「そんな妄想の中の偽物より、目の前の本物を信じて」


 ぐしゃり、リュカの顔が歪む。


(眩しい。眩しいな)


 トン、と軽く楠の腕を叩いた。疑わし気に、ゆっくりとした動作で両手がリュカの頬から離れていく。

 リュカは飛行バイクに手を付き、それを支えに立ち上がった。振り返る。

 楠は一歩下がり、こちらを見上げた。いつも通りの、なんてことないような表情だ。


「分かった?」


 そんな楠を、リュカは無表情で見下ろす。


「1つだけ聞かせて」

「なに」

「きみはなんでここで任に就いてるの」


 楠は即答した。


「守りたいものがあるから」

「……それ、お店とか、河合さんのこと?」

「まぁ、そうだね」


 相変わらず、意味が分からなかった。

 楠があの店や河合のことを大切に思っていることは、これまでの関わりで十分わかった。だからこそリュカには理解できない。

 大切な物から離れるなんてありえない。自分にとって大事な居場所なら、そこに居続けたいはずなのに。

 今はなにか、勘違いしているだけだ。我に帰ったらすぐあの店に、河合の元に帰りたくなるに決まっている。そうして離れていくのなら、それはできるだけ早い方が良い。その方が寂しさは少なく済むはず。リュカが楠を遠ざけたのは、そういった意図もあったのだ。

 これじゃあどうにも納得できない。微妙な顔をするリュカに、楠は小さく微笑んだ。


「だから、前も言ったでしょ。これが最善なんだって」

「それ、本当に意味分かんないよ。大切なものから離れるのが最善ってなに?」

「私が陽動飛行隊にいた方が、大切なものを守れるの」


 そう言って楠は腕を組む。両肘を両手で抱えたその腕の組み方を見る度に、リュカはこう思っていた。

 腕の中から何かを取りこぼさないようにしているみたいだな、と。


「だから最善。離れても、そばに居られなくても、これが最善」


 リュカは腰に手を当てる。そして、細く、長く、息を吐いた。


「本当に、意味が分かんない」

「いいよそれで。分かんなくていい。そうなんだ、って思ってくれれば、それで」

「……うん、そっか。了解」


 1つ、2つと頷いて、それからリュカは顔を上げる。

 そして、


「いったん、今は、目の前のきみを信じるよ」


 と告げれば、楠は不満げに眉根を寄せた。

 

「いったん? 今は?」

「いったん。今は」

「……へぇー」

「誤解しないで欲しいんだけど、これはこの場を誤魔化すために吐いた嘘とかじゃないよ」

「それは分かる」

「あぁ、そう……」

 

 リュカは頬を掻く。また話が逸れた。咳払い。


「人の気持ちとか感情って、簡単に変わるものだからね。だから、今の俺はきみを信じるよ」

「……まぁ、そういうことにしておく」


 楠は、ため息と共にそう呟いた。


 これは、どうだろう。リュカが一つ線を引いたこと、見透かされただろうか。いつ楠の気持ちが変わって、陽動飛行隊を辞めたがっても良いように。

 でも仕方がないじゃないか。この思考回路の焦げつきは、長い年月をかけてすっかりリュカの中にこびり付いた。どれだけ強い光に焼かれても、そう簡単に溶けやしない。

 だからリュカはこう言うしかない。


 ごめんね、と心の中で謝る。あそこまで言わせたのに、リュカは結局変われていない。

 自分はきっと、予防線を張るのが癖になってしまったのだろう。


 でも今の言葉は決して嘘じゃない。

 今この瞬間のリュカは、確かに目の前の楠を信じた。それだけは本当なのだ。

 そして――もしかしたら、それすらも楠には伝わっていたのかもしれない。


「今はそれで十分」 


 彼女はそう言い目を細めた。

 ふっ、とリュカは小さく息を落とす。その瞬間、タイミングよく耳元の無線機からピピ、と電子音が鳴った。アレサンドロだ。


「ポイントに着いた。対象を確認。陽動飛行隊、出れるか」


 隣を見れば、楠はシャッターの方を向き、ゴーグルを下ろしていた。こちらを見上げ、頷く。リュカはそれに頷き返し、飛行バイクに跨った。


「いつでも行けるよ」


 報告の声に呼応してシャッターが少しずつ上がっていく。

 天気が良くない。一面煙の様に曇りかかっていた。


「そうだ」

「え?」


 ふと、駆動音と激しい風の音に混ざり、楠の声が聞こえた。リュカは彼女の方を見やる。

 

「言いそびれてたことがあった」

「まだなにかあるの……?」

「あんた、これからずっと私のこと、きみ、って呼ぶつもり?」

「……あー」


 まぁ、言われるか。流石に。

 

「あんたがそうしたいなら別にそれでいいけどさ」

「……逆に、きみは」


 一瞬、楠の視線が突き刺さる。へらり、とリュカは曖昧に笑った。


「きみは、なんて呼ばれたいの?」

「それ、本当に最初の段階で聞くことだなぁ」


 ……至極その通りだ。正論である。組んで早々、楠を押し切って愛称を付けたのはリュカだ。今思えば浮かれていたにも程がある。

 というか、そういえばあの時の楠は結構嫌がっていたような。じゃあこの遅すぎる質問の答えは決まっている。


(姓か、名のどっちか……)

「まぁシュガーでいいよ」

「えぇ?」


 つい飛び出た素っ頓狂な声が、風に揉まれていった。

 言いたいことは色々ある。意味も分からず、納得できないことも、それはもう沢山。

 しかし魔獣は待ってくれない。こんな乱れた心模様を任務に持ち込むわけにもいかなかった。

 だから、


「……そうなんだ」


 の言葉で全部受け入れた。

 いいや、別に。なにも分からないけど、彼女が望むなら、それで。


「じゃあ、シュガー」

「うん」

「そろそろ行くよ」

「了解」

 

 トン。楠が1つジャンプする。

 リュカは自身の飛行バイクをそっと撫でた。


「どうかよろしく、ハニー」


 囁き、アクセルを開ける。元気よくハニーのエンジンが唸りを上げた。


「陽動飛行隊、出ます」


 さぁ発進だ。リュカを乗せた飛行バイクが走り出す。加速しながら開けたシャッターの方へ。

 その隣をトップスピードの楠が飛び出していった。

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