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o゜包o≡ 足=  作者: 〇樽小樽
ep.1飛行バイクと飛行魔法
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 そのはずだったのに。


 「……姓は楠。名前はゆかり。今日からギルドの……えー……北支部、で、お世話に、なります」

 「あぁ、どうぞよろしく。改めて、我らギルドはきみを歓迎する」


 アレサンドロからにこやかに差し出された手を、楠は死んだ目で握り返した。

 どうして。


 「……はぁー……」

 「深いため息だなぁ。リラックスしてる?」


 目どころか顔を逸らす。しかしその先で自分の服装が見えてしまった。

 目の前の男の服装を動きやすくしたような、新品の服。

 楠は更に大きくため息を吐いた。

 

 どうしてこんなことになっているのかというと、実に簡単なことである。

 無理に勧誘されたのでも、拉致されたのでもない。楠自ら名刺の番号に連絡し、ギルドへの加入を希望したのだ。


 「あれだけ全力で拒否しておいて、よくものこのこ雇われに来たな、とか、思ってます?」

 「まさか。共に人々を守る、貴重な人材だ。感謝しかしてない」

 

 ではなにが楠の心境を変えたのかというと、それも実に簡単なことだ。

 ようは、魔獣の脅威がまだこの町から去っていなかったのである。 


 「再び来る天災のためにマニュアルを改善しました! 頭にぶち込んどいてください!」などと店長が宣うので問い詰めた所、確かな筋からの連絡があったのだと告げられた。

 前回の天災はギルドの活躍により退けられた。しかしどうやら天災の脅威は完全に消え去ったわけではないらしい。

 曰く、「また別の天災が来る可能性があるのだ」と。鼻息の荒い店長と、配られたマニュアルをのほほんと見ながら「この犬かわい~見て見てせんぱぁい」とすり寄ってくる河合。マニュアルの表紙には店長直筆のヘルメットをかぶった垂れ耳犬。

 これはだめだ、と、思ってからは早かった。こんなんじゃいつか職場がとんでもないことになる。そうなる前に早く何とかしないと。

 だが楠の力では天災もとい魔獣をなんとかすることはできない。餅は餅屋。魔獣は魔獣対策屋だ。

 だから楠は家に帰り、引き出しの奥にしまい込んでいた名刺をすぐに取り出して電話をかけた。「もしもし、アレサンドロ・レオーネさんですか。協力するからもう一度うちの町に戻ってきてください」。

 

 「嵌められた……」

 「人聞きが悪い。まぁ、思っていたより早かったとは思うけど」


 その結果が、これ。

 そもそも連絡をしてから迎えに来られるまでが早かった時点で疑問ではあった。

 ただ、基地を案内されている最中、隊員と思わしき人物が会釈と共に言ったのだ。

 「あ、リーダー。町への情報提供は粗方済みました」。

 まぁ、つまり、冷静に考えればわかることだった。天災がまた訪れるなんて情報を流せるのはギルドしかない。

 何を隠そうギルドは楠達の町から去っておらず、別に戻ってくるもなにもなかったのである。

 楠はまんまと、恐らくアレサンドロからしてみればあっさりと、掌の上で踊ってしまったのだった。


 「幼気なうちの店にあることあること吹き込んで」

 「あることしかないなら良いだろ? それに、いざとなってからじゃ遅い」


 ギルドからしてみれば当然の情報提供だっただろう。町の安全を守るためにしかるべき情報を提示し、危機意識を煽る。天災の少ない平和ボケしたあの町には適切な行動だ。

 ギルドが特別に打った手は一つだけだ。ただ、わざわざ楠が属する店にだけ、少し早く情報を渡した。それだけ。

 もしかしたら、それも楠をスカウトしに来たついでだったのかもしれない。だが結果的に、その一手が楠に効果抜群だった。それだけの話だ。


 「なんにせよ、きみがうちに所属することを決めてくれて嬉しいよ」


 楠はもう一度、わざわざ大きくため息を吐く。そして、目の前ですまし顔しているアレサンドロを真正面から見つめた。


 「……期間限定ですよ。次に来るっていう魔獣をなんとかするまでの。短期バイトですからね」

 「分かってるさ、バイトって言い方はともかくな。それにしても考えたなぁ。きみの力が必要な我々としては、その条件を飲むしかない」


 楠は店を辞めたわけではない。 

 こうしてギルドと契約したとはいえ、あの店から完全に離れる気はなかった。なにせ楠は今の生活に満足している。

 だからこれは一時的な契約だ。今後も今の平穏を続けるための、期間限定派遣バイトなのだ。

 しかしやはり落ち着かない。この新品の隊服も、目の前の男もだ。

 楠がこの条件を叩きつけた時も、アレサンドロは涼し気に笑って即座に快諾した。少しは驚いた顔を見せるかと思っていたのに。別にアレサンドロを驚かせることを目的に提案したわけではないが、それにしても複雑だ。

 考えたなぁなんて言って、実は楠の思考を読んでいたようにすら思える。この男、どうにも食えない人物だ。


 「一矢報いた気もしない……」

 「聞かなかったことにしておく。それより、早速だがきみの配属先に案内しても?」 

 「あぁ、ここが仕事場じゃないんですね」

 「僕にとってなら正しい。リーダー室とか、リーダー部屋とか、適当に呼ばれてるけど」


 そう言ってアレサンドロは背後の机を視線だけで振り返った。綺麗に整頓された机の端に、「アレサンドロ・レオーネ」の文字が彫られた名札が置かれている。その名の傍には添えるように「ギルド北支部リーダー」と記載されていた。


 「……今更ですけど」

 

 その文字を見ながら楠は呟く。


 「本当に、そんなに魔法なんて使えないです。言った以上協力はしますし、できることはしますけど、力にはなれないかもしれない」


 魔獣の脅威から世界を守る組織。ギルド。

 その一支部の長から直々に声をかけられることなんて、きっとそうそうない。ものすごく光栄に思う人だって多いはずだ。

 だが楠は、彼が何故自分に声をかけたのか、未だによく分からなかった。

 魔法使いなんて珍しくもない。楠以上に本気で魔法と向き合ってる人物は大勢いる。この町にだって、公言こそしていないものの、魔法使いと呼ばれていい人材は他にもいるだろう。楠が実際にそうだったのだから。

 

 「もっと人、探しても良かったんじゃないですか」


 アレサンドロは楠の様子をじっと見守っているようだった。視線を合わせると、ふっ、と目を細められる。


 「いいや、大丈夫だ」


 何故、この人の声はこんなに自信に満ちているのだろう。

 たった数日前に出会ったばかりの楠に、そこまで信頼を置く理由はなんだ。


 「勿論人手は多いに越したことはない。けどな、うちが探していたのはきみのような魔法使いなんだよ。楠」

 「それこの間も言ってましたけど、なんなんですか?」

 「それこそ、きみの配属先にふかぁく関係するんだよ」


 コンコンコン。見計らったかのように、部屋の扉がノックされた。

 

 「来たな。どうぞ」


 にやりと笑いアレサンドロが入室の許可を出す。掌を扉の方に向ける彼に従い、楠は振り返って入室者の顔を見た。


 ちか、と、目の奥で光が瞬いた。

 入室の礼をした際に、一房、黄金の髪が前に垂れてきていた。それをさり気なく背後に流す。彼が着ているのはギルドの隊服だ。形状は楠のものと同じ。だが彼のそれは、かなり色褪せていた。

 

 「紹介するよ、楠。といっても一度会っているけど」


 アレサンドロの言葉に続き、彼が楠にもう一度礼をする。そしていかにも無害そうな笑顔を向けた。


 「ギルド北支部、陽動飛行隊隊長です。名前はリュカ、姓はシモン。よろしくお願いします、楠さん」

 「……楠です。こっちは姓で、名前は、ゆかり。……こちらこそ」


 これが、楠とリュカの出会いである。

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