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o゜包o≡ 足=  作者: 〇樽小樽
ep.2 目が眩むような
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21

「あいつあり得ない!!」


 バァンッ!

 抑えきれない感情を乗せて思い切りドアを開ければ、予想以上に大きな音が鳴ってしまった。

 それでもリュカは止まれない。ズカズカとリーダー室の中を進む。向かう先ではアレサンドロが珍しく驚いたように眉を上げてこちらを見ていた。


「おいおいどうした。荒れてるな」


 そのデスクの上に、乱雑に資料を叩きつける。


「おっと」


 拍子にバラけそうになった紙束をパッと掴み、アレサンドロが資料を整える。それから黙ったままのリュカを見上げ、首を傾げながら視線を落とした。

 アレサンドロの目が資料の上を滑る。片眉がピクリと動いた。肩が震えだす。全てに目を通し――アレサンドロは爆笑した。


「アッハハハハハ!」

「笑いどころじゃない!」

「おもしろ、アハ、面白すぎる! あいつどこまで天才なんだ!」

「天才だって!?」


 腹を抱え、椅子のスプリング限界まで仰け反り笑い転げるアレサンドロに、リュカは爪が食い込むほど強く拳を握った。短く切りそろえたはずの爪が、それでも確かに痛みを訴える。息を吸い込み、吐き捨てた。


「どこが天才なんだよ! あの子、魔法が使えないんだぞ!」


 時は半日遡る。

 前日の午後、トレーニングルームでの出来事だ。


 その日もトレーニングルームは盛況だった。筋トレをこなす隊員達の間を抜け、リュカは奥のコーナーへと歩を進める。

 透明な仕切りで区切られた複数の個室。そのいくつかは今も使用されていた。

 一番手前の部屋の中でボンッと軽い破裂音が鳴る。とぐろを巻くように風が吹き出し、天井に舞い上がった。隣の部屋ではなにやら車型のラジコンが走り回っている、と思えば突如出現した太い紐がそれを拘束した。

 そう、ここは魔法訓練を行うための専用コーナーである。

 リュカはトレーニングルームの常連だが、このコーナーに立ち入ることは滅多にない。魔法音痴のリュカにとって、魔法の訓練は当然ながら縁遠いものだった。

 しかし今回は話が違う。今からこの場所で、楠の魔法訓練を行うのだ。

 リュカは一室の扉を開け、ざっと室内を見渡す。空調システム、壁面の損傷、非常装置……諸々問題無さそうだ。

 確認も済んだところで、楠達を待つ間、リュカは軽く床を掃除し始めた。なにか訓練に必要な物を準備しておこうかとも思ったが、それは止めた。きっとオルテンシアならシウにやらせたいだろう。

 訓練の時間まではまだ少し早い。立会人及び隊長の立場として遅れるわけにはいかないけれど、それにしたって早すぎただろうか。それはそれで新人達には圧になるかもしれない。楠は……まぁ別に気にしなさそうだが、問題はシウだ。別部隊の隊長を待たせたことを気にしてしまうかも。

 ならこの掃除を終えて一度外に、と思い顔を上げると、丁度シウが向かってくるのが仕切り越しに見えた。

 リュカと目が合い、パッと顔が輝く。ブンブンと大きく腕を振る彼に、リュカもモップがけを中断し片手を上げた。


「リュカ・シモン隊長! お待たせしました!」

「いや全然。こちらこそ、勝手に部屋とっちゃったけど、ここで良かったかな」

「なーんにも問題ないっすよ! どこでも大丈夫っす!」


 シウは室内に入ってくると、肩にかけた手提げカバンを下ろした。そしてファスナーを開ける。隙間から見えた中身は、大量の魔法陣のようだった。


「すごい量だね。魔法陣隊支給のやつかな」

「そうっす! 僕こういう教える的なの初めてなんで、一旦ありとあらゆる魔法陣持ってきました」


 そう言い、シウがカバンの中に手を突っ込む。そこからバサリと複数枚の魔法陣を引っ張り出した。それから一枚ずつ、一目見ては床に仕分けて置いていく。


「これは測定用、これも、これ、はー実践用。あ、これは違うや。これはこっち、鍛錬用」


 ありとあらゆると言った通り、次から次へと様々な種類の魔法陣が出てくる。それらをウキウキと仕分けするシウの様子を見守りつつ、リュカは端までかけ終わったモップを持ち上げた。


「これ置いてくるよ」

「はーい!」

「……あ、それ」


 すれ違いざま、まさに今仕分けられた魔法陣を指す。


「今実践用に振ったやつ、鍛錬用じゃない? 実践向きの力加減じゃなさそうだけど」

「え?」


 シウはじっくり魔法陣を睨み、


「あ、本当だ!」


 正しい場所へ仕分け直した。


「すみません、ありがとうございます!」

「ううん。気付いてよかったよ」

「いやほんと、危ない所っした。ちゃんとガッツリ確認しないとっすね」


 額を腕で拭うシウに、リュカは小さく笑う。

 かなり危なかったのは事実だ。実践でいざという時想定以下のパワーしか出ない、だなんて、そんなことあってはならない。それはシウ自身が一番良く分かっているだろう。なにせ彼は魔法陣に密接に関わる部隊の隊員なのだ。

 つまり、そんなシウがこうしてミスしてしまうくらいには、彼は初めての先輩業務に浮き足立っているようだった。

 リュカはモップを支えにゆったり立った。気分が落ち着くよう、軽い調子で話しかける。


「それちょっと判別しにくいよね」

「そうなんすよ。基本的に加減が変われば魔法陣の紋様もガッツリ変わるじゃないすか。でもたまにこういう、一画くらいしか変わんない様なのがあって」

「そうそう。覚えてる? 魔法教育の筆記テストでさ、流石にもうちょっと簡単だけど、でも絶対こういう問題出るんだよ」

「うわっ、覚えてます! 僕、大学で魔法学部だったんすけど、そこの入試とかもう凄いっすよ! え、間違い探し? みたいな選択肢で出て!」

「あーそうだろうね。そっか、魔法学部だったんだ」

「そうっすそうっす。隊長みたいに魔法教育大学ってわけでは無いんすけど」


 シウはペラ、と一枚の魔法陣を振り分ける。そしてその上に片手を重ねた。


「隊長は凄いんすよ。自分から僕の面倒見てくれて、先輩たちからも慕われてて、それでちゃんと隊全体のことも見てて……」


 シウの瞳は憧憬で輝いていた。ぐっと口角に力を籠めて笑う。


「だから、僕も頑張りたいんす! リュカ・シモン隊長からしたら、自分の所の新人をこんな若造に任せられるのかーって不安かとも思うんすけど、でも頑張るんで!」


 そう高らかに宣誓し、こぶしを突き上げたシウに、リュカは目を細める。そうして少し身を屈め、コツンと自らのこぶしを彼にぶつけ合わせた。


「頼りにしてるよ、ナン・シウくん」

「はい! 任せてください!」

「そうだねぇ。俺は魔法については専門外だからさ。今回の魔法訓練は、何から何までぜーんぶきみに任せちゃおうかな」

「えぇっ!?」


 冗談めかしてリュカが言えば、シウはビクンと大きく肩を跳ねさせた。思わず吹き出す。シウはつられたように頬を緩ませ、よーしと腕まくりした。

 良かった、どうやら上手い具合に力が抜けたようだ。リュカがホッと胸を撫で下ろすと同時に、部屋の扉がガラリと開く。


「お疲れ様ー……」

「楠ゆかりさん! お疲れ様っす!」


 楠は部屋に入るなりポケットから携帯を取り出した。画面を見る。


「遅れては、ないよね」

「遅れてはないね。3分前くらい?」

「その微妙な分数がピッタリなの、寧ろ怖いな……」

「体内時計は正確な方でね」


 肩をすくめるリュカに、楠は訝し気な視線を向けた。あまり信用されてなさそうだ。


「本当だって。ほら、陽動飛行でも使うからさ」

「あぁ、何分間飛ぶみたいな。魔法陣が描き終わるまでの時間ね」

「そう。だから」


 きみも、いつかこうなるよ。

 と言いかけて、パチ、と口を手で押さえた。楠の瞳に怪しむ色が増す。あぁ、どうしよう。こういう時の誤魔化し方が分からない。


「……タイマー、みたいなものだよね」

「はぁ」

「料理の時とかのさ、キッチンタイマー。使うでしょ」

「使うけど……」

「まぁだから、そういう」

 

 何の話をしてるんだか。内心頭を抱える。

 そう思っていたのはリュカだけではないようで、楠はリュカから視線を外してため息を吐いた。


「じゃあ、そういうことで」

「面倒くさくなってない?」

「いえ別に」

「面倒になってるよね?」

「私、完全に身一つで来たけど、本当に良かった?」

「あ、無視……」


 楠は身体の向きからしてリュカを蚊帳の外に追いやり、シウに話しかけた。ぼやくリュカを押さえるように片手をかざしてくる。完全にあしらわれていた。


「問題ないっすよ! 必要な物はこっちで用意したんで!」


 そしてシウも、そんなリュカが見えているだろうに至っていつも通りといった様子で返答した。この新人組は、なんというか……まぁある意味、大物と言っていいかもしれない。

 リュカは頭を掻き、モップを手に部屋を出た。訓練が始まる前に余計なものは片づけておかなければ。


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