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o゜包o≡ 足=  作者: 〇樽小樽
ep.2 目が眩むような
54/66

19

「へぇー! リュカ・シモン隊長って木登りできるんすか!」


 そこに、シウの大きな声が割り入った。

 見ればシウは興味津々と言った様子でリュカを見ている。何の話か全く聞いていなかったが、木登りということはさっきのことだろう。リュカは頷く。


「まぁ、そこそこにね」

「よく登ってたんすか?」

「いや全然。でもトレーニングの一貫で色んなことしてたから、その応用かな」

「ははーなるほどなるほど」


 シウは、うんうん、と何度も頷いて見せる。その様子に楠が小首を傾げた。


「何の話?」

「さっきね、子供が木の上に風船をひっかけて困ってたから、俺が登って取りに行ったんだよ」

「この木に?」

「そうだね」


 楠は木を見上げる。リュカもつられて顔を上げた。

 首が痛くなるほど高い、と言うほどではないが、それでもてっぺんまでは建物の2階くらいの高さはある。流石にそこまで登ってはいないけれど、いざこうして見てみると、自分は結構頑張ったんじゃなかろうか。

 そう内心で自画自賛していると、斜め下から視線で射られていることに気が付いた。


「……何か言いたげですけど?」


 リュカは目を眇め、楠の顔を覗き込む。楠はちょっと嫌そうに眉を顰めた。


「子供が落ちたこの木に、ねぇ……」

「あのね、俺は大人だよ。十分気を付けられるし、それに」


 リュカは一瞬口籠る。ただまぁ、別に隠すことでもない。事実だし。


「俺なら大丈夫なんだよ」


 と、正直に言いはしたものの、内心リュカは口論を覚悟していた。このワードは、陽動飛行中に大人気なくも楠と喧嘩した時の発端になったようなものだったからだ。

 融通の利かない頑固な楠のこと。また今回もなにかしらで噛みついてくるのだろうと、そう思っていたのだが。

 ……いくら待てども、彼女から非難の声が出てくることは無く。


「はぁ、さいですか」


 などという、なんとも適当な返事が1つ飛んできた。

 そのまま再びストローを咥える楠に、リュカの方が吠えたくなる。いや、いやいやいや。なんだそれ。なんだそれ!?

 その反応ができるならあの時の出来事はなんだったんだよ!?


「あ、あのさ」


 どうしても気になって、リュカは自ら話を続けた。困惑しきった瞳で楠を見る。

 楠はごくんと喉を動かし、目線で「なに?」と続きを促してきた。


「その返事は、なに?」

「なにって?」

「なんかすごい無感情っていうか……」

「そんなつもりはないけど」

「なにも引っかかる所はないみたいな……」

「それはそうでしょ」


 楠はリュカを見上げる。その顔にはありありと不思議そうな表情が浮かんでいた。

 なぜそんなことを聞くのか、と言いたげな表情。


「あんたが自分の幸運とやらを人のために使ってるのなんて、私でも分かってることだし」


 確かに。

 リュカは、己のこの幸運で誰かを救えるのなら、と、その思いで動いている。

 だからこその陽動飛行で、だからこその木登りで、だからこそのあれで、これで、それらは全部この行動理念あってこそだ。

 それはそう、なのだけれども。

 楠がそれを分かっていたなんて思わなかった。


 だって、じゃあ、どうして――リュカ達は前回の陽動飛行であんな大喧嘩をしたんだ。


 あの時はまだ分かっていなかった? でもあれ以降別に詳しくなにか幸運にまつわる話をした覚えは無いし、そういう場面を見せてもいない。自己開示だって別にしようと思わなかった。

 アレサンドロが話した? それは無い。あいつは目的のためには手段を選ばないけれど、こんなことで達成できるものなんて無いはずだ。それに、あいつが無闇に友人の信頼を欠く行動を取るとも思えない。


 考えても分からなかった。何故リュカの理念を分かっていながら、あの時楠はあんなに反発したのか。あれほどまでに文句を言って、かと思えば今回の件は完全スルー。まったく筋が通っていない。

 分からない。分からないけれど、これは喜ばしいことでもある。

 だってつまり、楠は少なくとも、リュカの行動理念自体には否定的ではないということだ。

 それなら喧嘩の回数自体は減らせる。リュカは別に喧嘩はしたくない。

 あぁでも、空の上での大喧嘩の理由は分かっていないんだった。それが分からなければまたあの繰り返しだ。あんなのいつか絶対任務に支障が出る。やっぱりどうにか考えないと……。


 しかし、こうしてリュカがぐるぐる思考を巡らせているというのに、当の楠はすっかり話を終えてアイスコーヒーに夢中になっていた。ものすごいスピードで吸われたコーヒーは既に容器の半分近く減っている。


「よーしじゃあ準備もできたんで、改めて写真撮りますよ!」


 傍らではシウがうきうきと携帯を取り出している。それをオルテンシアがレモネード片手に眺めていた。


「あのあのあの、ほんっとーに申し訳ないんすけど、どなたか写真撮ってもらってもいいっすか?」

「構いませんよ。と、いうより、他の方を巻き込むのはやめなさい」

「えー巻き込むなんてそんなぁ! カメラアプリと構図と撮り方の指定があるだけじゃないっすか!」

「それを一から教えこむことを巻き込むと言うのです!」


 そう言いつつオルテンシアはシウから携帯を受け取った。

 シウは笑顔で芝生の向こうへと走っていく。そうして中央辺りで止まると、「ここっす!」と大きく手を振った。


「そんなにはしゃがなくても見えてますよ!」


 オルテンシアは叫び、シウの方へと歩いて行った。少し離れて止まると、なにやら慣れた手つきで携帯を構える。それから僅かに屈んだ。あれがシウ拘りの撮り方とやらなのだろうか。


「あれもずっとやってるの?」


 楠が尋ねてくる。リュカはかろうじて答えた。


「あれは知らないなぁ……」


 暫く。

 木陰でドリンクを嗜んでいれば、魔法陣隊バディが帰って来た。


「満、足! です!」


 シウはほくほくと携帯を握り締め、ようやくドリンクに口を付ける。

 リュカは8割ほど無くなったマンゴージュース片手に2人に声をかけた。


「この後どうします? シウさん、他に行きたい所とか」

「いや、僕の目当ては達成できましたよ」

「この公園で、ドリンク持って写真撮りたかったんだ」


 楠の言葉に、シウは「えーと」と呟きながら携帯を操作した。


「正確には、聖地巡礼したかったんすよね」

「聖地巡礼?」

「これこれこれ、見てくださいよ!」


 シウが見せた画面を楠と2人で覗き込む。そこにはこの公園の真ん中、丁度さきほどシウ達が写真を撮っていた辺りでポーズを決める女性の姿があった。

 シウの指が画面上を操作し、別のタブを開く。新しく映ったのは今まさに撮られたばかりのシウの写真だ。

 こうして続けて見れば、流石に分かる。シウの写真と女性の写真。場所どころか構図、ポーズ、そして手にした赤いドリンク、なにからなにまでそっくりだ。


「これと、これも」


 シウは再び女性の写真を映したタブを開く。どうやらそれはSNSアプリのようで、彼女のアカウントらしきページをスクロールすれば次々と様々な写真が現れた。

 その中でシウが示した物を見れば、見覚えのある町中が写っている。更にその次の自撮りには、これまた記憶に新しい車内の座席が写り込んでいた。

 

「シウさんが撮ってた写真と似てるね」

「そう!」


 リュカの呟きにシウはビシッと指をさした。オルテンシアから咳払いが飛ぶ。ニコッと笑い、シウは指をおさめた。


「僕、推しが行った所に聖地巡礼して、再現写真を撮るのが生き甲斐なんすよ」


 心底嬉しそうにシウはそう言った。

 つまり、彼にとってはこの公園だけが目的地というわけではなく、ここまでのケーブルカーでの道のりも含めて全てがお目当てだったということだ。ははぁ、とリュカは膝を打つ。


「この人がシウさんの推し?」

「そうっす! 超すごいアイドルなんすよ!」

「アイドルかぁ……」


 曖昧なリュカの反応にシウは目を見開いた。唇がわなわなと震えている。


「ま、まさか知らんすか!?」

「あー……ごめん。あんまりテレビとか見なくて」

「そ、そうすかぁ……まぁそういう人もいますよね! まぁ推しもあまりテレビ出るタイプじゃないすし」


 シウは一度肩を落としたが、すぐに顔を上げ何度も頷いていた。

 なんだか申し訳ない。リュカはちら、とすぐ下の楠に囁いた。


「きみは?」

「テレビはそんなだけど、この人は知ってるよ」

「ほんとすか!」


 シウが飛びつく。楠はその勢いを気にせず、マイペースにアイスコーヒーを吸いつくし、


「河合……あの、後輩が好きで。その子にライブ映像とか曲とか聞かせてもらった」

「えーまじすか! いやぁありがとうございます!」

「なんでシウさんが感謝を……?」


 首を傾げる楠になぜかもう一度軽く頭を下げ、シウは携帯をしまった。


「とにかく、僕はもう大丈夫なんで! 皆さん行きたいとことか無いんすか?」

「行きたい所かぁ……この辺りの観光地とかだとなんだろう」


 リュカが考えていると、


「例えば、橋から見える海辺の景色は有名ですよ。あとはご飯ですとシーフードでしょうか」

「……コンティさん、詳しいですね」

「け、経験ですよ今までの!」


 楠にツッコまれオルテンシアは頬を染める。

 この会をセッティングしたのはオルテンシアだ。勿論一番の目的は新人達の顔合わせで、それ自体は間違いない。けれどそこに、4人で地上を楽しみたいという意図が無かったわけではないのだろう。

 そして、それはリュカもまた同じだ。


「いいですねシーフード。レストランだけじゃなくて、食材とかでも売ってますかね」

「売ってると思いますよ。シモンさん、シーフードお好きなんですか?」

「丁度食材を買い足したかったので。ご飯食べて、美味しかったやつ買って帰ろうかな」

「でしたらいくつかメニューを頼んで、4人で取り分けるというのはどうでしょう。色々試せますし……嫌でなければ、ですが」

「俺は良いですよ。2人は?」


 尋ねると、シウは「僕も良いっすよ!」と答えた。続いて楠も軽く頷く。


「じゃあそれで、順番どうしましょう。買い物するなら先に橋の方、見に行きます?」

「そうですね……そうしましょうか。道中で他にも気になる物があるかもしれませんし」

「オーケー。行き方は、またケーブルカーで?」

「はい。先程とは別の路線に乗ります」

「なるほど。あー、オルテンシアさんについて行っても?」

「ついて行くも何も、一緒に行動しているのですから当然じゃありませんか」

「いや、路線くらい調べるようにって言われるかと思いまして」

「……バディ揃って私にどんなイメージを持っているんですか」


 オルテンシアは額を押さえた。そしてため息。リュカはにんまりと口角を上げる。それを見て、オルテンシアは更に深く嘆息した。


「それじゃあ行きましょうか。あ、ドリンク飲んじゃいますか?」

「いえ、私は持って行きます。ナン・シウ、あなたは?」

「あっ、えっ、あ、僕も全然飲み歩きますよ!」

「だそうです」


 そうして連れ立って歩きだす。少し進んで、リュカは何故だか木陰に留まったままの新人2人を振り返った。


「おーい、行くよー」


 2人はなにか物言いたげな表情で顔を見合わせる。それからのんびりとその足を動かした。

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