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「ところで、きみ達ここで何してたの? わざわざ木の上で遊ぶのは危ないんじゃない?」
話が途切れたタイミングで、リュカは気になっていたことを問うた。
たまたまリュカ達が見つけて、オルテンシアの魔法が間に合ったから良かったものの、一歩間違えれば大怪我じゃ済まなかったかもしれない。一体なぜ木に登るなんて危ないことをしていたのか。いや、そもそも親はどこに。
すると、子供たちはハッとした様子で動きを止めた。
「あっそうだ、風船!」
「風船?」
そこでリュカは木を見上げた。そうだ、そもそもこうして確認しておけば――と思うリュカの目に、ぷかりと浮かぶ水色の風船が映る。
「2人で買ったのに飛ばしちゃったの」
「早く取らないと怒られちゃう!」
「そしたら滑っちゃった……」
「だから、遊んでたわけじゃないよ! 分かった?」
不満気に頬を膨らませる子供に「分かった、ごめんね」と頷き、リュカは木の幹に手を付けた。
風船があるのは木の中腹。広がった枝葉の先に紐が巻き付いていた。子供の背丈なら、枝の方まで足を踏み入れなければ届かなそうな位置。
リュカなら枝の根本から十分手が届きそうだ。
「俺が取ってくるよ」
「えっ!?」
大声をあげたのはオルテンシアだった。
喜んで手を上げる子供たちをいなして立ち上がる。魔法陣の紙の端を握る指先に力が籠り、くしゃりと皺が寄っていた。いつの間にか光が消えている。
「なに言ってるんですか! 今ご自分で危ないと言ったばかりなのに!」
「子供たちはの話ですよ。俺なら大丈夫。大人だし、体格も良いし」
「だからって」
「それに俺ですし」
オルテンシアが息を呑んだ。迷うように瞳が揺れ、子供たちの期待に満ちた顔と、高い所で揺れる風船と、リュカの顔とを順番に見て、ため息を吐く。
「……分かりました。お願いします」
「もちろん」
「これは出しておきますから」
と言いつつエアークッションを指差すオルテンシアに、リュカは笑顔で返した。
オルテンシアはリュカが言いたいことを理解してくれたようだ。この柔軟性も、隊長として現場指揮をとる彼女の良い所だろう。
楠にもこれくらいの柔軟性があれば……と、この場に居ない問題児にぼやき、リュカは木上へと登り始めた。
「離れててくださいね!」
下へと声をかけ、頭上の枝を掴む。すいすいと長身を運ぶリュカに、子供たちが感心の声をあげた。
しかし大人の男を支え切れるくらいには丈夫な木で助かった。リュカなら何が起きようと問題ないとはいえ、何事も無いに越したことは無い。子供を怖がらせるのも本意ではないし。
よいしょと身体を持ち上げ、太い枝に足を落ち着かせる。風船はもう目の前だ。
しっかり片手で木につかまり、風船へと手を伸ばした。ふわ、と丸い風船が揺れる。一瞬近付いた紐を、逃さず捕まえた。よし!
そのままほぼ枝上に寝そべるような形で紐を辿り、絡んだ部分を慎重に解く。ぷかぷか浮く風船が絶妙に邪魔をする中、持ち手の厚紙を回して、引き抜き、あれ寧ろ絡まった。なら逆にして……
「解けた」
ほっ、と息を吐く。枷を失った風船がぷかりと枝先に飛びそうになるのを押さえ、風船の根本で紐をまとめて掴んだ。
あとは下りるだけだ。じりじりと身体を起こし、幹にしがみつく。登りと違って片手が使えないが、3点で上手くバランスを取りながら安全に下へ、下へ。
そうして地面に足をつければ、途端にわぁっと歓声が上がった。
「すごい! すごいすごい! ありがとー!」
「お兄さん木登りできるんだぁ!」
「ねぇ、ありがとうって言わないとだよ!」
「あっ、ありがとう! ございます!」
「どういたしまして。はい風船」
しゅるりと紐を伸ばし持ち手を差し出すと、子供たちは我先にと風船に飛びついた。一足先にリュカの手から厚紙を取った子供が風船を持つ手を振る。もう1人がそれを奪わんと周囲をくるくる回っていた。
リュカは苦笑いで頬をかく。きっと以前もこうして風船を飛ばしたのだろう。光景が目に浮かぶ。
「気を付けて、もう飛ばさないようにね」
「はーい!」「わかったー!」
リュカの言葉に元気よく返事をし、子供たちはパタパタと駆けて行こうとした。その背にオルテンシアが慌てて声をかける。
「ねぇ! 親御さんは近くに居るの!?」
「家にいるー!」
「そう。じゃあ家まで真っ直ぐ、ちゃんと帰ってね」
「うん!」
「ばいばーい!」
「ありがとー! じゃあねー!」
子供たちは今度こそ走っていった。水色の風船がその後をついていく。時折振り返って手を振る2人に、リュカは大きく手を振り返した。オルテンシアも、リュカほどではないが胸元で軽く手を振っている。
その姿が公園を出て行くまでを目で追った所で、視界に見知ったシルエットが映った。
子供たちとすれ違うように楠達がこちらに向かってくる。2人共ドリンクで両手が埋まっていた。
「お待たせしました~!」
シウがオルテンシアにドリンクを差し出す。黄色の液体の上に薄切りのまるいレモンが乗っている。
「どうぞ! こちらレモネードっす!」
「ありがとうございます」
「いやぁ、手振り返せなくてすみませんね。手塞がってて」
「……あなたにじゃありませんよ」
呆れつつ、若干の申し訳なさを滲ませた声音でオルテンシアが呟いた。シウはきょとんと目を丸くする。
「え、こっちに移動したよーって合図じゃなかったんすか?」
「違います」
「こんなに座り心地よさそうなクッションまで用意して場所取りしてるのに!?」
「違います!」
ピシャリと言い放つと同時に、エアークッションがパッと姿を消した。ため息を吐きながらオルテンシアがしゃがみ、地面の上に落ちている魔法陣の紙を拾い上げる。
「これは人助けです」
「人助けっすか?」
「木から落ちそうな子供が居たので、その子を受け止めたまでです」
「おぉーなるほど! 流石!」
やいやいしている魔法陣隊バディを微笑ましく見ていると、
「はい」
という短い言葉と共に、ストローが視界の下から生えてきた。楠だ。
「あぁ、ありがとう」
受け取ったドリンクはオレンジ色をしていた。とろりとした液体がプラスチックの容器の中で波打つ。
「マンゴージュースだけど、良い?」
「勿論。美味しいよね」
「なら良かった」
答えると、楠は自身のストローに口を付けた。茶色いドリンクがストローを伝って上っていく。炭酸特有の泡は見えない。
「きみはなににしたの? それ」
「アイスコーヒー」
「……へぇ」
「なんか言いたげですけど」
じとりと見上げられてバツが悪い。リュカは誤魔化すように目線を逸らした。
「いや、フルーツ系のドリンクスタンドじゃないんだなーって、思って」
「メインはそうっぽかったけどね」
「あぁやっぱり?」
「あったから、コーヒーも。別に良いでしょ好きなんだから」
確かに好きな物の話で一番最初に出てきていたけども。でも同時に「うちの店の」とも言っていたから、てっきりこだわりがあるのかと思っていた。この様子だと、シンプルにコーヒーという飲み物自体が好きなようだ。




