15
のんびりと町並みが流れるのに合わせ、チリン、と陽気なベルの音が鳴る。
リュカは片手に掴んだ棒に頭を預け、隣の楠に尋ねた。
「初めてのケーブルカーはどう?」
「新鮮。結構楽しい」
「それは良かった」
楠は、立ち乗り用の棒に腕を巻き付けるようにしがみついている。その目がいつもより輝いているように見えて、リュカの口元も自然と綻んだ。
ケーブルカーの車内を見れば、外向きの座席に魔法陣隊の2人が並んで座っている。シウが掲げた携帯から小さなシャッター音が鳴った。写真を撮りたいから座っていいか、との申し出に偽りは無かったらしい。
リュカはすぐに動けるように外側の立ち乗りで確定として、ケーブルカー初乗車の楠が「剥き出しの乗り物に立って乗る機会なんてそうそう無い」という理由でリュカに続いた。残ったオルテンシアがバディと共に席に座る。そうして4人、ケーブルカーの端でボックス状に固まり、ゴトゴトと町中を進んでいた。
「楠さんの住んでらした地域にもありませんでした?」
オルテンシアが正面の楠を見上げる。すらりと背筋を伸ばした綺麗な座り姿だ。
「あったかもしれないですけど、私は乗ったことないですね」
そもそもあの町から出たことないですし、と呟き、楠はぐるりと町の景色を見渡した。
「なので、町1つ取ってもすごく新鮮です。うちの町とは町並みから違う気がして」
「それはそうでしょうね。あの辺りとここじゃあ、魔獣の出現頻度が全然違いますから」
「魔獣の出現頻度?」
首を傾げる楠に、オルテンシアは頷く。
「勿論、そもそもの文化の違いもありますが。この辺りは魔獣の出現頻度が高い地域なので、魔獣対策が施されている建物ばかりなんですよ」
「へぇ……」
「あまりピンと来ていなさそうですね?」
「まぁ、はい。建築のこととか詳しくないので」
「そ、それはその、私も語れるほどの知識はありませんが。でも、ほら」
オルテンシアが、すらりと伸ばした人差し指で楠の背後を指した。つられて楠と共にリュカも振り向く。往来を歩く人々の波間に、町の景観が見える。
「ほとんどの建物に魔獣被害用のシャッターが付いているでしょう」
他にも窓や出入り口にひさしが付いていなかったり、そもそも建材や構造自体に工夫がされていたり、そんないくつかの魔獣対策がこの町並みを作り上げていた。
「そんなにこの辺りって魔獣が出るんだ……」
そう楠が零すと、オルテンシアは不審そうに口角を下げた。
「魔獣出現マップは見ていませんか? 配布されているタブレットに入っているはずですが」
楠が顔を逸らす。呆れたように眉を下げたオルテンシアの視線が、隣のリュカの方に突き刺さった。へらりと笑う。
「まぁ、配布と言っても個人単位じゃありませんし。基本俺がタブレット持ってますから」
「だとして、新人にはまず知識として見てもらうべきものですよ」
「いやぁごもっともで……」
座るオルテンシアの前で2人揃って縮こまる。……いや、楠はそんなに縮こまっていなかった。しれっとした顔で安定した体勢を探している。確かにリュカの過失とはいえ、そんな他人事みたいな顔はするなよと言いたい所だけれども、まぁいい。
しかし、そういえばそうだ。今のリュカはいわば、新人に対する教育係のようなポジションなのだ。長いギルド隊員歴の中でもそれだけは一度も無かったことなので、何をすべきかだなんて考えたこともなかった。
他にも抜けていることがあるかもしれない。こういったことに関しては、バディとしても隊長としても、オルテンシアの方が経験豊富だ。楠のためにも、あとで色々教えを乞うておかなければ。
「要するに、魔獣出現分布からある程度離れた位置に中心都市がある地域は、昔から魔獣の出現頻度が高い地域なんです」
「その分布を見て、被害が少なく済む場所に都市を作ったってことですか」
「そう考えて良いと思います」
などと考えている間に2人の話は進んでいた。
楠は顎を指で撫でる。顔を反らし、過ぎ行く町並みを一瞥した。
「その上で、なお魔獣を警戒した町づくりをしている、と」
「そうですね」
オルテンシアは首肯する。
「あの、もう1つ聞いていいですか?」
「勿論です」
「シャッターとか、そういう建築上の対策はよく分かったんですけど。そうじゃなくて、個人でできる魔獣対策ってなったら、どんなのがありますかね」
「個人、ですか?」
「はい」
個人、というか、各家単位、というか。とにかく建物は既に建っている上で、住民が個人的にできる対策はどんなものがあるか、というのが楠の問いらしい。
楠の店のことだろう。恐らく。
あの店には既に魔獣被害用のシャッターが取り付けられていた。この町の建物にはよく見られるが、楠の町ではこれが中々付いていない。それだけあの地域には魔獣が出現しにくいという証拠だ。だからこそあの店にシャッターがあったことに感心したわけだが――もしかしたら、それも楠の助言なのかもしれない。
楠は、本当にあの店が好きなようだから。だから、今後いつ現れるか分からない魔獣に対して自分の居場所を守るため、できることを聞いておきたいのだと思う。
オルテンシアは斜め下を見て僅かに考えると、
「そういうことなら、彼に聞いてみてください」
と、隣で携帯に向き合っているバディを手で示した。
「ナン・シウ!」
「わっわっ、はい!」
反応の薄いシウにピシャッ、とオルテンシアの叱咤が飛ぶ。シウは驚きに取り落としそうになった携帯を、わたわたとキャッチした。
3人分の視線を浴び、シウは誤魔化すように笑う。
「えーへへ……で、えーっと、なんすか?」
コホン、とオルテンシアが咳払いを1つ。
「あなたの故郷は確か、魔獣出現頻度が低い地域でしたよね?」
「そっすね」
シウの返事を受け、オルテンシアは楠へアイコンタクトを送った。楠が続きを引き継ぐ。
「魔獣対策ってなにやってました?」
「えー家でってことっすよね? そうだなぁ」
シウはむむむ、と悩んだかと思うと、すぐさまキリッと眉を吊り上げた。
「まぁやっぱり初動っすよね」
「初動」
「そう! 情報をいち早く手に入れて、すぐ動く!」
果たしてシウの回答は参考になったようで、楠は熱心に話を聞いては質問し、シウも快くそれに答えていた。
はじめは心配そうに見守っていたオルテンシアだが、2人の様子に段々肩の力が抜けていったようだった。微笑まし気に目を細め、髪を耳にかける。
そんな彼らの様子に、リュカの気分も高揚していった。身を乗り出し、進行方向を見やる。
ケーブルカーがベルの音と共に坂を下っていく。1つに括ったリュカの髪が風に靡き、軌跡を描いていく。
ここを下り切れば、停留所はすぐそこだ。




