13
魔法陣隊の2人が繰る飛行バイクが悠々と雲間を下っていく。
彼らを前方に収めつつ、リュカ達はゆっくりとその後を追っていた。
「本当に皆これで行き来するんだね」
サイドから声をかけられる。リュカは視線を前に向けながら、「これ?」と声だけで続きを促した。
「飛行バイク。魔法陣隊でもやっぱり魔法陣使わせてもらえないんだ」
「あぁ。そりゃそうだよ。前も言ったけど、移動魔法陣はアレサンドロだけが使える物だからね」
「それさぁ、つまりあの人に頼めば魔法陣で移動できるってことだよね」
「忙しいギルドのリーダーにそんなことわざわざ頼むものじゃないな。それに、そもそも私的利用はしてないよ」
「あ、そうなんだ」
「うん。それこそきみの店にお邪魔した時とかは一緒にこうやって飛行バイクで降りていったし」
勿論サイドカーではく、お互いがお互いの飛行バイクで、という意味だ。
そういえばあの時は緊急事態につき、アレサンドロの魔法陣で飛行艇まで帰ったんだった。陽動飛行用飛行バイクことハニーは常に隊室に控えているため、任務になんら支障は無かったが、当然お互いのプライベート用飛行バイクは地上の飛行車用ターミナルに置き去りだ。その後アレサンドロが地上に行った際に回収してきてくれたわけだが、まさかこの子も地上に取り残された挙句サイドカーを取り付けられることになるとは思いもしなかっただろう。
そう考えるとこの子にも無茶をさせてるな……とリュカは労るようにグリップを改めて握り込む。
「そんなに魔法陣使いたいの?」
「そりゃあね。だって一瞬で移動できるし」
「それはさ、暗にもっとスピード上げろって言ってない?」
「言ってない。法定速度を守ってほしいと思ってる」
「了解、仰せのままに」
さて、同行集団から大きく遅れて後から降りていくのは果たして法令順守と言えるのか。まぁこの辺りの高度じゃまだ仕事用飛行車は飛んでいないし、良しとして欲しい。
「まぁ、飛行艇に乗ってる以上この方法で行き来するしかないんだからさ。そんなに嫌なら、やっぱり辞めるしかないんじゃないかなって思うけど」
「どこからでも繋がるな……」
楠はうんざりしたような声音でため息混じりに呟く。
「辞めないし、別にもう慣れたし」
「あれ? きみ、こうやって行き来するの嫌がってなかった?」
リュカは目を丸くした。
この方法しかない? とか、不便だなぁ、とか、そういう楠のぼやきをリュカはこの耳でハッキリ聞いた。
だから魔法陣云々を気にするのも、てっきりそれが先に来ての事かと思っていたけれど。
「だから、慣れた」
さらりと楠は言ってのける。
「慣れ……は、良いのかなぁ……」
「良いでしょ」
「だってそれ根本的な解決はしてなくない?」
「まぁね。でもそれでもいいかって思ったから」
出た、謎理論。リュカの眉根が寄る。
こうなると厄介だ。全然説明もしないまま、楠本人だけが勝手に納得して終わらせてしまう。こっちは理解も納得もしていないのに。
細く息を吐き、頭を小刻みに振る。
一旦落ち着かないと。まったく、運転中にこの話題を出すべきじゃなかったか。気を張らなきゃならないのに、こうも意識を乱されたら堪らない。
軽くブレーキを入れさらに減速、体重移動をもって慎重に、安全に航路を曲げて降下していく。
リュカの集中を他所に、楠は話を続けた。
「私は辞めないし、これもまぁ乗り心地は悪くないけどさ」
「悪くないんだ? 大分狭そうだけど」
「そりゃあんたからしたら狭いでしょ」
それもそうか。楠とリュカじゃあ身長も体格も違う。
「だから私は良いけど、あんたが嫌って言うなら話は変わるよ」
……少しだけ、言われたことを飲み込むのに時間がかかった。
分かってしまえばなんてことない。リュカが嫌がるなら無理にサイドカーに乗り込む気は無いと、そういうことだ。
「足扱いされるのは嫌とか、単純に面倒とかさ」
「そんなことはないよ。頼られるのは嫌じゃないし」
それはその通り、なのだが。
楠をリュカが運転する飛行バイクで運ぶという行為自体、できれば避けたいことではあった。だっていつ楠を巻き込んでしまうか分からない。
事前に細部まで飛行バイクを点検して、万が一にも動作不良が起きないよう気を付けている。それから細心の注意を払って丁寧に丁寧に運転して、億が一にも操作を誤らないようにも。
だがそこまでやって尚リュカのどうしようもないことで不慮の事故は起こる。
その時リュカの身代わりになるのは――ギシ、と噛み締めた歯が悲鳴を上げた。
というか楠も楠だ。そんな奴が運転するサイドカーで、なにをそんなどっしり身を預けて優雅に座り込んでいるんだ。分かっているのか、きみが命を預けている相手は爆弾みたいな奴なんだぞ。
これ今後も乗り込む気だ。毎度毎度リュカの運転で地上に行くつもりなんだ。なんで。どうして。意味が分からない。
もしかして、楠はリュカの幸運のことを結局信じていないのか?
そういえば楠はまだ、リュカの幸運で他者が巻き込まれる所を見ていない。だからか。だからこんなに呑気なんだ。
納得すると同時に、ずんと胸の奥に重い塊が落ちてくる心地がした。
その正体に目を背けて、リュカは口角を吊り上げた。
「それに、きみが飛行艇を降りるまでの短い間だからね。それまでの送り迎えなんて面倒でもなんでもないよ」
視界の外でも分かる。今、絶対に、じとりとこっちを睨んでいる。
しつこいだろう。でもそう思われても仕方ないくらい、リュカの考えは変わらない。いつか決定的なことが起きてしまうなら、今そのルートを消してしまいたかった。
そこに、風にかき消されるかどうかの大きさのため息が届く。
「そこまで言うくせに行き来はしてくれるんだもんなぁ」
「ん? どういうこと?」
今度こそ本当に意味が分からず、思わず間の抜けた声が出た。
楠は今度こそハッキリと息を吐く。そして言った。
「だってあんた、私を地上に置いて帰ることだってできるじゃん」
――絶句。
まさしくその言葉通り、リュカは言葉を失った。
運転が乱れなかったのはひとえにこれまでリュカが培ってきた経験の賜物だ。それだけでこの大きな動揺を抱えながら、速度も角度も変わらず何事もなかったような運転ができているのだから、やはり経験という根拠の力は大きい。
とか言ってる場合ではなく。
「なのにそれはせずちゃんと送って、迎えてくれるんだ、って」
楠の台詞の、内容自体は理解できる。でもそれを実際の行動として頭が受け付けない。
だってそんなこと思い付きすらしなかった。
「きみはさ」
「なに?」
「結構、えげつないこと考えるよね」
「そうかな。実際にするしないはともかく、浮かびはすると思うけど」
「えぇ……?」
そうだろうか。共に任務に当たる気が無いからって相手を物理的に飛行艇から降ろして置いていくとか、そんなこと中々思い浮かばないと思うけれど。
オルテンシアやシウだってリュカと同じ反応をするんじゃないだろうか。アレサンドロは……ちょっと分からない。あいつは隊員を守るために普段から色々リュカの分からないようなことをしているから。
「でも私ならしようとするかもな」
「えぇっ!?」
危ない、顔ごと楠の方を見る所だった。身体に触れる飛行バイクの振動が運転中であることを思い出させてくれたおかげで、なんとか衝動を堪える。
それでも衝撃は中々消えない。
「考えるどころか実行するってこと?」
「私があんたの立場ならね」
リュカが何も言えないでいると、楠は「でも」と続けた。
「結局はしないね」
「……どういうことか聞いても?」
理解に苦しみながら声を絞り出す。
そんなリュカに対し楠は普段通りの声音で、
「そんなことしても、自力で飛んで帰ってくるから」
「法律違反だなぁ……」
「それでも帰ってくるよ、私は。だから地上に置いてっても結局意味がないから、しない」
そう言うと、風で舞った髪を無造作に掃った。
これを虚勢と言い切れないのが楠の怖い所だ。流石の楠とはいえ法を犯すようなことまでは……いやでもこの子何をしでかすか分からないし……うーん、と頭を捻る。
とはいえ、これだけのことを言われたのだ。どれだけ魔が差そうとも、もうこの案を実行しようとは思えなかった。そもそも一緒に地上に降りたオルテンシアとシウが異変に気付かないわけがないし、飛行艇に残した楠の荷物や退職手続き等々、問題だらけの手だ。ますますやる気にならな……いや、待てよ?
「ねぇ。今俺もしかして、牽制されてた?」
「してない。ただの世間話だよ」
「本当に? こうなるから変なこと考えるなよって言われてるのかと」
「まぁでも、あんたじゃなかったらしてたね」
「……きみが俺のことどう思ってるか、よーく分かったよ」
乾いた笑いを漏らしながら、リュカは下方を確認する。現在地上300mくらいだろうか。ひときわ高い建造物のてっぺんとすれ違った。
少しずつ緩やかに空を下って来た。もう間もなく終点、空の麓に着く。目指すは町中のぽっかり開けた空間。地域の中心メトロポリスには欠かせない、飛行車用ターミナルだ。
「良いのかな。今きみ、俺に入れ知恵したようなものなんだよ」
少しの意趣返しのつもりで投げかける。返ってきたのはため息混じりの台詞だった。
「入れた所で使わないでしょその知恵」
実際その通りなのでリュカはそれ以上何も言えない。




